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皮膚科臨床アセット 9 エキスパートに学ぶ 皮膚病理診断学

皮膚科臨床アセット 9 エキスパートに学ぶ 皮膚病理診断学 published on

若者はとにかく一気に読んでみようか

Derma No.196(2012年9月号) BookReviewより

評者:荒瀬誠治(健康保険鳴門病院院長/徳島大学名誉教授)

今が旬の皮膚病理専門家56人が書き上げた568ページ,圧巻の教本である.編者は「誰もが無理をせず皮膚病理学世界に入るための道標になってほしい」と謙虚に述べているが,読み進むうちに皮膚病理学の虜になるような仕掛けがなされている.内容は疾患別というより病理所見別の101項目に分かれており,その項目の選択,並べ方,分担執筆者の選出に,編者の皮膚病理への強い思いがみえる.新しい切り口はそれだけにとどまらない.「皮膚病診断学」ではなく「皮膚病理診断学」である本書の主役は,あくまで選びぬかれた病理標本/所見で,臨床写真は1/100~1/2倍のマクロ病理像として扱われる.「この病理学的変化が起こると皮膚はこのように変化する(であろう)」との考えを証明するために提示されているようにみえる.一部では臨床写真が省かれているが,組織像とその説明だけで臨床像がイメージできるほどである.
皮膚科の先人達は臨床情報と病理学的情報を徹底的にすりあわせ,皮膚の病態を考えぬき,診断にたどりつく努力をしてきた.ただし病理組織情報を引き出す力が弱まると,この過程は「臨床像と病理像の絵合わせ」になりがちで,絵が合致しない場合はすべてが専門家まかせの丸投げとなる.思考の丸投げは皮膚科力を高めない.近年,両者の隙間を埋めるべく,ダーモスコピーという新しい皮膚情報収集装置が開発され,診断への有用性が注目されているが,それとて最終診断は病理所見に立脚している.診断機器や検査法は変われども,スライドグラス上の小切片から得られる情報の質と量は昔も今も全く変わらない.
本書では,まず組織標本の病理学的変化を的確に表現することが徹底される.続けてその変化が起こったわけ,病態を考えるうえで必要な手がかりとなる病理情報の詳細,最終的な診断にいたる決定情報などが惜しみなく述べられる.病理専門家の自信だろうか,説明内容はストレートで迷いがない.執筆者の文章には特徴があり,同じリズムで101項目を読み通すことはできないが,その引っかかり部分こそが皮膚病理学者の肉声と思う.皮膚科専門医を目指す若者には必読の書となるだろうが,瞬発力のあるうちに一気に読み通すことをすすめたい.持続力をもつ人は執筆者らの顔や言動を思い浮かべ,にんまりしながら1項目ずつ読み進めばよい.患者を前に最終診断/結論を下さなければならない現場の皮膚科医にとって,本書を通読した前後では,結論に対する責任と自信は違ったものとなろう.

皮膚科臨床アセット 8 変貌するざ瘡マネージメント

皮膚科臨床アセット 8 変貌するざ瘡マネージメント published on

セミナーで語られるような新しさ

皮膚科の臨床 Vol.54 No.8(2012年8月号) 書評より

評者:村上早織(村上皮フ科クリニック)

2011年に皮膚科臨床アセットシリーズが刊行され,その第8号として『変貌するざ瘡マネージメント』が出版された。ちょうどざ瘡治療についての講演依頼を受けていて,疫学的なデーターや,最近の治療法についてまとまっているものがどこかにないかなと思っていた私のもとに,とても良いタイミングで,配達されてきた。
ざ瘡治療は,ご存じのように,2008年秋に保険適応となったアダパレンの出現で,それまでとは大きく変貌することとなり,それに伴い皮膚科医のざ瘡治療に対する関心も少し高くなったように思われる。新しい薬を使いこなす必要があるし,ざ瘡に関しても,もう一度勉強しなおす必要が出て来たからである。この本は,こういう時期に、本当にみんなが待ち望んでいたものが出て来たという形で出現したといえるのではないだろうか。以前に刊行された,何冊かのざ瘡関連の本を読んで,正直,実際の治療現場に即さないような記載が多いという感じを受けていたが,この本は違う。まずとても,新しいという感じを受ける。そして,普段知りたいと思ったことが探せばどこかに書いているという感じがするのは,実際現場でざ瘡に向かい合っている先生方が著者となっているからなのだろう。例えば,「アクネ桿菌の菌量測定,薬剤耐性の評価方法と値の読み方」とか,「ニキビ患者のバリア機能や皮脂量の評価法」とか,「コメドジェニック試験の方法」など,詳しく写真入りで掲載されている。こんな風に測定されているのだと思うと,その臨床的な意義も,具体的なイメージとして自分の中に定着する。また,アダパレンや,抗生物質内服外用という治療だけでなく,保険外治療の,PDT,色素レーザーによる治療,ケミカルピーリング,経口避妊薬による治療,そして,スピロノラクトン内服による男性ホルモン抑制療法についてまでも詳しく,実際に行えるレベルまでの具体性を持って書かれている。瘢痕冶療に関しては,現在,私たちが一生懸命やっている,フラクショナルレーザーによる治療についても書かれているがまさに,現時点での最新レベルの記載がされており,今読む本としてまさにセミナーで語られるような新しさである。
ざ瘡治療に関しては,治療だけではなく,スキンケアの指導もとても大切な要因となるが,本書では,ざ瘡患者の皮膚の状態がきちんとしたデータとして示されている。ざ瘡患者たちは,体質的な問題だけではなく,その化粧行動により,肌表面の状態が悪くなっているように感じているが,「ざ瘡患者のスキンケア」の項では,実際のざ瘡患者の化粧品の選び方や使い方の問題点も,筆者のコラムとしてまとめられている。外来診療で患者さんの問診から日々感じていたことと同じようなことを書かれてあって力強い味方ができたようなうれしさを覚えた。
また,本書の特徴の一つにBOX,Advice,Topicsという囲み記事があり,筆者がコラム的に強調したいことや,説明しておきたいことなどが書かれている。その分野において専門的に力を入れて治療をされている先生方のちょっとしたコツや,プロの技のようなものが,いろいろなところにちりばめられていて,「ああ,今度こうしてみよう」と思うようなものも多い。読み物としても楽しいが,何と言っても,発症メカニズム,日本の治療法,海外の治療法,治療と研究の最先端についてエビデンスに基づいた解説がなされていて,最新の発症メカニズムの研究などの知識も含めて,現時点でのざ瘡治療のすべてを網羅できたのではないかという,専門編集をされた林伸和先生の言葉通りの力強い診療の相棒となる最新ざ瘡本である。

※ 原文では,ざ瘡の「ざ」は「やまいだれに坐」

皮膚科臨床アセット 7 皮膚科 膠原病診療のすべて

皮膚科臨床アセット 7 皮膚科 膠原病診療のすべて published on

まさに膠原病診療のすべてが凝縮された一冊

Derma No.190(2012年4月増刊号) 書評より

評者:五十嵐敦之(NTT東関東病院皮膚科)

「手のひらを見ただけで皮膚科医はSLEと診断できる」と医学部最終学年時の皮膚科入局説明会で当時の医局長が語られた一言は今も鮮明に覚えている.この言葉を聞いたときは甚だ懐疑的であったが,皮膚科を専攻し膠原病診療に少なからず携わってきた半生を振り返ってみて,この言葉は正しいと断言できる.皮診は膠原病とは切り離せない関係にあり,早期診断のきっかけとなるだけでなく予後をも占うことのできる重要な臨床所見である.皮膚観察のプロである我々皮膚科医は膠原病診療で一歩アドバンテージを持っているわけだから,この立場を生かさない手はない.しかし,診断・評価だけに留まらず治療に深く介入していくためには,責任編集の佐藤伸一教授が「序」でも述べておられるとおり皮診のアセスメントだけでは不十分で,内臓病変など膠原病全体について実践的な知識を持っておかなければならない.診療に窮した場面に遭遇したとき,実地診療に即した判断が求められるが,一般的な教科書では情報量が不十分であり,何を紐解けばよいのか悩むことが多い.こういったときに大いに活用できる書として本書はお勧めできよう.

本書の特色はまず,膠原病の基礎的事項から診断・治療まで見やすく,コンパクトに網羅されている点である.特に重要なポイントはAdviceやTopics,Boxなどのコラムを用いて目にとまるように簡潔に記載され,また比較的新しい用語についてもKeywordとして解説されており,読み手を疲れさせない工夫がなされている.時間のある時に学習書として用いるのもよいだろうし,索引も充実していることから日常診療での必要時に調べたいときにも重宝しそうである.また,病因論等では最新の知見も紹介され,さらに最終章では膠原病の新規治療についても言及しており,第一線の情報に触れることができる.こうして改めて目を通してみると,私が医師になった四半世紀前と比べて頭に入れておくべき新しい知識がいかに増えているかに驚かされる.

大病院であっても膠原病内科が存在しないことは未だ珍しくない.内科等と連携して治療を進めていく際に皮膚科の存在感をアピールできるよい機会であるが,この好機に膠原病診療における重要ポイントが凝縮された本書が活用されることを望みたい.さらには,皮膚科医にとどまらず研修医から一般医に至るまで膠原病に接する機会のある先生方にとっても,疾患への理解を深める上でお勧めできる一冊である.

皮膚科臨床アセット 6 脱毛症治療の新戦略

皮膚科臨床アセット 6 脱毛症治療の新戦略 published on

脱毛症治療のバイブル出現!

Visual Dermatology Vol.11, No.3(2012年3月号) Book Reviewより

評者:幸野健(日本医科大学千葉北総病院皮膚科)

旧約聖書の「サムソンとデリラ」の伝説において,怪力無双の英雄サムソンは,愛人にだまされ眠っている間に,神の恩寵のしるしである髪を切られてしまう.サムソンは力を失い,あわれ敵に囚われることになる.また,剃髪していたらしいブッダは,仏像ではまげを結った姿になっているし,短髪であったであろうイエスも絵画では長髪になっている.ことほど左様に人は髪に対して強い憧れを抱き,立派で美しい髪に自己同一性を投射するものである.それだけに,思いがけなくも脱毛症が発覚したとなると,人は慌て戦き,憂愁の淵にうずくまってしまう.

脱毛症患者の悲嘆は尋常ではない.それにもかかわらず,これまでの日本の皮膚科学界は患者たちに対して,あまりにも無力で頼りなかったと言わざるを得ないであろう.効果不定の育毛剤と適当な内服薬を出して「きっと生えるから頑張りなさい.ストレスを避けるようにね」くらいを言って,「どこか他の皮膚科に行ってくれないかなあ」などと思っていたのが本音ではないだろうか(私もそうであった).脱毛症に対し,皮膚科医は,さしずめ「髪を剃られたサムソン」状態であったといえよう.

このような現状を打破すべく,東京医科大学の坪井良治教授の下に,多くの勇士が結集し,本書が上梓されたのはまことに喜ばしい.これまでも脱毛に関する図書はあったが,経験論に基づくものが多く,本書のように確実なエビデンスに則って網羅的に編集されたものは皆無であった.まさに脱毛症治療のバイブル,いや日常診療での脱毛症治療への救世主降臨とでも言うべきであろうか.

日本皮膚科学会の脱毛症診療ガイドラインの作成委員である脱毛症治療のエキスパートたちが読者の側に座って,ガイドラインの内容を図表を豊富に駆使し,経験もまじえて懇切丁寧にわかりやすく説明し直してくれる……そのような気にさせてくれる本である.そして,だれしもが苦手としていた脱毛症治療に関し,本書一読後には,「こんな方法があったのか.自分もやってみよう!」という気になるであろう一書となっている.

また毛の生物学的基礎,遺伝子解析の最新知見,トリコスコピーなどの最新診断技術,各疾患のメカニズムも詳細かつきわめてわかりやすく記載されており,患者への説明の際のバックボーンを与えてくれる仕組みになっている(このバックボーンの体得が患者への納得感に大きくつながるのである).さらに,百戦錬磨の脱毛症のエキスパートたちによるものだけに,患者の心のケアに関するコメントも忘れられていないのはさすがである.

また,ヘアケアの実際,かつらの選択法,レーザー脱毛,染毛剤,パーマネント・ウェーブ剤,シャンプー,コンディショナー,フケ用香粧品に関する章から髪にまつわる迷信のコーナーまであり,まさに「痒い所に手が届く」心憎い編集になっている.300ページほどもある大著ながら,筆者はその面白さからあっという間に読破してしまった.

本書の魅力のために長々と書いてしまったが,本書の最大の意義は,「脱毛症という難治性疾患治療に関し,皮膚科医の一般臨床能力を非常に底上げする力の源泉となれる書」ということに尽きると思う.少なくとも皮膚科を標榜する医師は,すべからく本書を一読して頂きたいものと考える.

皮膚科臨床アセット 5 皮膚の血管炎・血行障害

皮膚科臨床アセット 5 皮膚の血管炎・血行障害 published on

この領域に造詣の深い気鋭の皮膚科医の叡智が結集された力作

Derma No.198(2012年11月号) BookReviewより

評者:衛藤光(聖路加国際病院皮膚科部長)

皮膚の血管炎と血行障害は混沌とした領域である.1994年のChapel Hill 分類により,全身性血管炎に関してはある程度整理された感があるが,皮膚の血管炎に関しては「皮膚白血球破砕性血管炎」として包括され,その詳細は皮膚科医自身の手にゆだねられている.この分野の研究の歴史は古く,ドイツ学派を主流とする欧州の皮膚科学と米国の新しい皮膚科学の二大潮流があり,用語の解釈から疾患概念まで大きく異なる.さらに欧州においてもドイツとフランスでは,分類や考え方が異なる.現代の日本の皮膚科学はこれらの潮流の合流点にあり,両者の考えを理解したうえで新たな解釈と考え方を発信していく最適な立ち位置にある.
シリーズ第5巻の『皮膚の血管炎・血行障害』は,日本皮膚科学会の血管炎の診療ガイドラインを作成したメンバーを中心に,この領域に造詣の深い気鋭の皮膚科医の叡智が結集された力作である.血管炎を正しく理解するためには臨床像と病理像を緊密に対応させて考える必要があるが,優れた臨床医かつ皮膚病理学者が多い本邦皮膚科学の特徴が,随所に発揮されている.本書はこの一見難しい領域を明快に理解するための,至宝の一冊といえよう.
内容でとくに注目されるのは,血管炎・血行障害を理解するのに不可欠な「livedo(網状皮斑)」などのキーワードに多くのページがさかれている点である.また,欧米では既に歴史的概念となりつつある「皮膚アレルギー性血管炎(Ruiter)」についてもしっかりと記載があり,臨床上重要なHenoch-Schönlein紫斑病との鑑別に一章をさいている点は臨床家にとって有り難い.日進月歩の「抗リン脂質抗体症候群」の最新の知識に至るまで網羅されている点も実地臨床に有用である.
本書は外来や病棟に常備してマニュアルブックとして使うことも可能だが,できれば通読することをお薦めする.なぜなら,それにより皮膚血管炎と血行障害の全貌が見えてくるからである.本書は専門医を目指す初心者はもとより,皮膚科専門医や教育職につく者にも役立つ内容が満載されている.血管に興味のある皮膚科臨床医すべてにお薦めしたい一冊である.

皮膚科外来診療スーパーガイド

皮膚科外来診療スーパーガイド published on

皮膚科外来診療に役立ててほしい座右の書

日本医事新報 No.4598(2012年6月9日) BOOK REVIEWより

評者:本田光芳(日本医科大学名誉教授(皮膚科))

本書は,上田由紀子,畑 三恵子両先生を中心に,2人を心からサポートする14名の著者たちによる,全30章からなる“皮膚科外来診療”のための,文字通りの“スーパーガイド”である.
上田,畑両先生は,常日頃,真摯に各自の診療所で,得意分野を活かした皮膚科診療に従事する傍ら,皮膚科学会,美容皮膚科学会,皮膚アレルギー・接触皮膚炎学会など多くの学会で大変華やかに活躍されている.
本書は,自らも謳っているように,まさに“教科書にない実践ヒント集!”である.「Part 1 皮膚科医にお勧めできる治療のヒント」では,多様なかぶれの症例を呈示,貼布試験により原因を確定・除去し,その後に使用すべきシャンプー・石鹸,化粧品,外用薬などを一般商品名で記載,販売価格,製造会社,問い合わせ電話番号,メールアドレスまで付記している.さらに肌着,靴下,イオントフォレーゼ,ピーリング,レーザー脱毛,化粧品指導(アトピー性皮膚炎,ざ瘡,光老化予防と改善)など,こまやかな指導方法が懇切丁寧に述べられ,“痒い所に手が届く”配慮が心憎い.
「Part 2 皮膚科治療に役立つ知識」では,栄養の知識から始まり,頸のシワ,足のタコ,外反母趾,便秘,若返りなどのためのトレーニングとエクササイズ,肌によい温泉,ヘアスタイル,顔色を引き立てるカラーコーディネート,禁煙によるよい変化と,多岐多彩で,真にユニークである.禁酒によるよい変化が欠落しているのは,上田,畑両先生のアルコールに対する寛容さを暗示するところであろうか.
いま,まさに脂の乗りきったお2人,と言えば女性に失礼なので,換言すれば,カサブランカのごとく薫り高い上田,畑両先生が,情熱を傾けて完成した本書は,諸先生方の座右の書として大いに役立つものと確信し,心から推薦する次第である.

鼻の先から尻尾まで 神経内科医の生物学

鼻の先から尻尾まで 神経内科医の生物学 published on

浮世絵の「見返り美人図」はどうみえるのかなど、興味深い内容

KOKUTAI 2013年9月号 informationより

「頭のてっぺんから足の裏まで」ではなく、感覚神経の分布的には「鼻の先から尻尾まで」をみる神経内科医である著者が、神経内科と同様に興味をもつ生物学全般について神経症候学的見地から考察しています。ヒトが進化史上どのような位置にあるかという観点では、浮世絵の「見返り美人図」はどうみえるのかなど、興味深い内容です。


医療現場発「観察と洞察」の面白さ

毎日新聞 2013年6月9日朝刊 書評より

評者:中村桂子

神経内科は、全身の神経系を対象とするので、「頭の天辺(てっぺん)から足の裏まで診察する科」と思ってきた岩田先生、近年その間違いに気づく。脊椎(せきつい)動物の先端は鼻、最後尾は尻尾(しっぽ)なのだ。四つん這(ば)いになってみると実感できる。先生の診療の基本は問診と診察、体に刺激を与えての反応の観察である。
観察は日常にも及び、洗髪後鏡を見ながら(なけなしの髪とあるが、それはどうでもよい)片目をふさぐと反対側の瞳孔が拡(ひろ)がることに気づく。瞳孔の大きさは明るさにより変化することはよく知られているが、そこでは両目に入る光量の和が効いているのだ。片目を閉じれば当然入力は減る。体験を生かす医師の教育をと願って、これを授業で用いると学生は驚いて体に関心を示すとのことだ。
これは「目玉の不思議」であり、このような観察と洞察が30話並んでいる。どれも専門知識と日常の眼が合体した面白さがある。「片頭痛は脳の病気?」には、突然の頭痛にこれで頭を縛るようにとデスデモナにハンカチを渡されるオセロが登場する。片頭痛は、拡張した動脈が三叉(さんさ)神経を引っ張って起こるので、縛って血流を減らすのがよいと説明できる。最近、動脈拡張の原因は三叉神経が炎症誘起物質を放出するためとわかり、原因遺伝子も見出(みいだ)された。ショパンも片頭痛に苦しんだ一人で、ピアノ・ソナタ第2番は第1楽章で予兆、次が恐怖、第3楽章の葬送行進曲は痛みに耐えるしかない諦め、第4楽章は脱力感と混迷だというのが岩田説だ。そう思って聴いてみよう。
「“むせ”れば安全」も紹介したい。人体で最もスリルに富んだところは「咽頭(いんとう)」だとのこと。気道と食物道が交差する咽頭が、人間では言葉を話す能力と引き換えに誤嚥(ごえん)を起こす構造になり、窒息の危険を抱え込んだ。これを避けるのが“むせ”である。高齢者の死因として多い肺炎は、唾液が気道に入っても、むせて咳(せき)で追い出せなくなり、唾液中の細菌が肺に入って起こる。高齢になって咳ばらいができなくなったら要注意である。医師でも肺炎の原因は食物の誤嚥とし、経口摂取を止(や)めればよいとする人がまだ多いが、それは違うとの指摘になるほどと思う。
患者の観察、解剖学で得た知識、生物進化への興味、芸術への関心などがみごとに混じり合った医師像が見えてくる。近年医学が科学技術化し、最先端科学と医療機器こそ最良の医療への道とされるが、現場でありがたいのはこういう医師の存在ではなかろうか。科学的知識は重要だが、診察し、判断し、治療するのは人間であることはいつの時代も変わらない。
ところで岩田医師が「神様の失敗」とする人体部分が四つある。頸椎(けいつい)、鼠径(そけい)輪、肛門の周りの静脈叢(じょうみゃくそう)、腰椎である。頸椎症、鼠径ヘルニア、痔核(じかく)、腰椎症に悩む人は確かに多い。頸(くび)は重い頭に耐えかね、腹筋の裾が閉じていないので内臓がはみ出し、イキむと肛門の周囲に血液が集まり、腰も体重を支えかねている。人間が立ち上がったために起きた問題である。頸椎も腰椎も動くようにと椎間板が入っているが、年と共につぶれて弾力を失ないちょっとしたことで椎骨からはみ出す。椎間板の耐用年数は40年とのこと。それなのに私たちはテニスで腰をひねり、車をバックさせようと頸をまわし、椎間板をこき使う。ここで岩田先生敢然と反スポーツキャンペーンを張る。「担ぐな、ひねるな、反るな、屈(かが)むな」と。オリンピック招致キャンペーンとどちらに分があるか国民投票も面白いかもしれない。

脳卒中データバンク2015

脳卒中データバンク2015 published on

日本の脳卒中の現状を浮き彫りに

メディカル朝日 2015年6月号 p.85 BOOKS PICKUPより

世界でトップクラスの登録者数による急性期脳卒中患者のデータを詳細に解析して臨床の現状を映し出す、貴重で多角的な情報集。本版では、1999年から2012年までの大規模な登録データによって年次推移も追えるようになり、超高齢化による心原性脳塞栓症の増加や、脳ドックなどでの予防手術によるくも膜下出血の減少傾向、t-PA承認後のデータなども解析した。
朝日新聞出版より転載承諾済み(承諾番号24-1461)
朝日新聞出版に無断で転載することを禁止します


日本における脳卒中の現状を浮き彫りにする好評書

Medical Tribune 2015年4月23日 本の広場より

2003年の初版発刊以来,脳卒中データバンクでは着実に参加施設や登録例数が増え続け,海外にも知られるようになった。本書は,2009年版から倍以上に増えた10万例を超える急性期脳卒中患者の登録データを集計・解析した全面改訂版。大規模データならではの多角的な解析で,日本における脳卒中の現状を浮き彫りにする好評書。登録開始から13年以上を経て年次推移も追えるようになった上,超高齢社会の問題点や脳ドックの脳卒中発症予防効果,新薬の治療効果などに関してもグラフや図表で解説している。

西園精神療法ゼミナール 1 精神療法入門

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芳醇の極み 静かな境地に至った長老が語る入門書

こころの科学 No.154/11-2011 ほんとの対話より

評者:神田橋條治(伊敷病院)

入門書は長老によって書かれるべきだ」が読後の感想である。多くの入門書は、ベテランあるいはベテランと自覚する人々、弟子を育てている最中の人によって書かれる。資料とされるのは、みずからの成長の経緯の記憶と、育成中の弟子の観察である。それに比して、長老の資料には、ベテランの域に成長した弟子たちの成り行きと現状観察が大きく加わる。前者は親が書いた育児書であり、長老によるそれは祖父が語る育児の知恵である。

半世紀ほど前、僕らが師事していらい今日まで、先生は一貫して治療者であり教育者である。八〇歳を超えたいまも、クリニックで主治医として診断をなさっており、往診をされることもあると聞く。加えて、併設する「心理社会的精神医学研究所」で毎水曜日夜「精神療法講座」を開かれ、すでに一一年目を迎えている。講師陣は、広義の精神療法や関連する諸分野の錚々たるメンバーが連なっている。そのなかの西園先生ご自身の担当分が、四冊組で出版されることとなり、幕開けが本書である。

「皆さんはDSMやICDなどの操作的診断をすることになると思いますが、臨床的診断をするうえで症状の把握のために、それぞれいろいろな『型』をおもちだと思います。ここでは私の『型』をお話しします。これは、私が長年の患者さんとの経験によりつくったもので『こうしなくてはいけない』というものではありませんが参考にして下さい」。この文章に続けて、①睡眠障害、②食欲、③不安の有無、④抑うつ感情と自殺念慮の有無、⑤対人関係上の苦痛、⑥精神病的考え、⑦記憶力・計算力障害の有無の項目が語られ、⑦については「身体の質問から始めて、『気持ち』『対人関係』という患者さんの主観の世界にだんだん入っていって、コミュニケーションがついた後に初めて、こうした欠陥に関することを訊ねるという配慮が必要です」と、関係づくりをなにより大切にされる先生の姿勢が説かれる。

関係が生じると臨床観察のデータが汚染されるという妄念に対抗し「関与しながらの観察」とのスローガンが言い立てられて久しい。本書を診断技術の入門書とみなし「関与あってこそ、得られる臨床観察のデータは有用であり」「援助者としての関与が生みだすデータこそ、客観的であり、真理に迫る」と、その技術を散りばめながら縦横に論じている書と読むこともできる。「援助者としての関わりの場」を極力排除したデータに基づく診断習慣、が生み出している悲惨への怒りが伝わってくる。

「私の『型』」という文章が本書の実態を示している。精神療法を手立ての一つとして、援助者としての歴史を刻んできた長老の体現しているものが「型」である。最終の拠りどころである。現在である。そこからすべては眺められる。先生は主に精神分析の世界を歩いてこられたので、記述の内容は、精神分析の歴史上の症例や理論が多くを占める。しかしいまや、それらは「到達した現在」の視点から眺められ参照される、さまざまな小話であり、長老が後進に伝えようとする意味や考えを運ぶ荷車である。意味や考えの拠りどころとはなっていない。文章の言い回しの味わいの中に、祖父の特質である「自身に拠る」爽やかさが読み取れ心地よい。

静かな境地に至った長老にとっては「精神療法の効果はプラセボ反応か」「精神療法の効果は自然治癒より高いか」「作用機序からみた精神療法の種類」「治療者に求められるもの」など初学者からベテランまでが抱くラディカルな問いについても、自己正当化の構えなく、聞き手の成長に役立つようにとの配慮のもと、丁寧に説くことが可能である。

本論である精神療法の技術の細部については、初学者ならわかりやすさに感激し、ベテランならこまやかさと深さに打ちのめされる助言が溢れている。切り取って引用すると味と芳香とを損ないかねず、憚られる。

芳醇の極みとはいえ、本書は一三五頁の小品である。あと三冊続くのだから、この値段はあんまりだ。ひとりでも多くの人に買って・読んでほしいから、中山書店さんオネガイシマスよ。

内科学書 改訂第7版

内科学書 改訂第7版 published on

完成度の高い内科学のテキスト 医学生にも研修医にも臨床医にも活用していただきたい1冊

レジデントノート Vol.12 No.3(5月号) BOOK REVIEWより

評者:野村英樹(金沢大学附属病院総合診療部)

多くの臨床医の学習はアメーバのようなものである.次々と新しい疾患概念が提唱され,診断法が発達し,治療法が開発されていくなかで,とりあえず必要とされる方向に知識を伸ばしていく.使われた知識は定着するが,使われない知識は退縮する.いつの間にか,縮んではいけないところまで縮んでいるのではないかとも思う.臨床医の知識には本来,もっとしっかりした骨格が必要なのだ.

医学知識の骨格は,EBM全盛の時代にあってもなお,病態生理である.どういうメカニズムで疾患が生じているのか,なぜその疾患ではそのような所見を認めるのか,なぜその疾患にはこの薬剤が効くのか.しっかりとした病態生理の骨格の上に肉付けされた知識は,本当に必要なときに活かされる.およそ医学のテキストというものには,このような知識の骨格を作る力が何よりも求められているのではないだろうか.

本書は,その意味で非常に完成度の高い内科学のテキストである.もともと内科学のスタンダードテキストとしてその読みやすさや内容のムラのなさに定評があった同書であるが,今回の改定から参加された塩澤昌英氏の「編集協力」の力も大きかったのではないかと私は推察している.国家試験を控えた医学生でこの方のお世話になっていない人はいないと思われるが,実は塩澤先生は,「Dr.一茶」として知られるカリスマ国試予備校講師である.筆者は米国Wisconsin大学でラットの腎不全感受性遺伝子の研究をなさっておられた頃に塩澤先生と知り合ったが,当時から太平洋をまたにかけて国試予備校講師の仕事も引き受けておられた.先生が研究にかけておられた情熱と同じように,教育にも熱い想いを語っておられたことをよく覚えている.実は,医学の学習における病態生理の重要性は,そのときに塩澤先生から教わったのである.

医学生の皆さんには,ぜひ本書を活用して,まずは脊椎動物のようなしっかりした内科学の骨格を身につけてほしい.また研修医の皆さんには,臨床現場で新たな経験をするたびに本書を見直し,国家試験までに作り上げた基本骨格を,現場で求められるさまざまな動きに対応できるしなやかな骨格へと成長させていただきたい.そしてもちろん,私を含めた臨床医も,筋力(エビデンス)だけに頼っていたらいつの間にか筋肉を支える骨格が多発骨折をきたしていたなどということのないよう,本書を活用して骨粗鬆症を予防していきたいと願っている.