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プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 1 耳鼻咽喉科 日常検査リファレンスブック

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 1 耳鼻咽喉科 日常検査リファレンスブック published on

ENTONI No.300(2024年8月号)「Book Review」より

評者:村上信五(名古屋市立大学名誉教授)

この度,中山書店から新シリーズ《プラクティス耳鼻咽喉科の臨床》の第1巻として『耳鼻咽喉科 日常検査リファレンスブック』が発刊されました.リファレンスブックとは「参考図書」のことで,資料や事柄等,何かを調べるための本,つまり,その一部を読むだけで利用者の目的が達成できるように編集された書です.耳鼻咽喉科頭頸部外科領域において検査に特化した書籍の発刊は近年になく,本書は耳鼻咽喉科医のみならず臨床検査技師や言語聴覚士にとっても理解しやすい,最も頼れる一冊と言えます.

本書の特徴は,聴覚やめまい,平衡,顔面神経麻痺,音声言語,嚥下障害などにおける生理検査だけでなく,耳鼻咽喉科頭頸部外科疾患の画像診断や頭頸部腫瘍関連検査,感染症関連検査など,すべての検査を網羅していることです.そして第11章では「症候から考える検査バッテリー」として,めまいや難聴,顔面痛・頭痛,嚥下障害,頸部腫脹,呼吸困難など日常診療で頻回に遭遇する症候を取り上げ,診断のポイントとプロセス,必要な検査と鑑別をフローチャート形式で分かりやすく解説しています.最後のAppendix(付録)には,検査の正常値(基準値)と正常画像が掲載されており,各疾患における検査の値異常や重症度が一目瞭然に理解できるようになっています.検査を基本から学びたい方は各章をじっくり精読し,ある程度理解している方は迷った時に,そして,外来診療においては傍らに置いてAppendixを参照いただくのが本書の上手な活用と考えます.

平成16年に新医師研修制度が発足し,研修医の多くが大学病院や医育機関を離れ,市中の研 修指定病院で初期研修を行い,病院に留まるケースが多くなっています.そして,耳鼻咽喉科専攻医が諸検査を臨床検査技師や言語聴覚士に丸投げし,自ら実施する機会が少なくなっています.その結果,検査ができない医師や技師の検査の誤りを指摘できない医師が増えています.検査は治療の選択や予後の判断に重要で,正しく実施され,解釈されなければ患者に多大な不利益をもたらし信用をなくします.患者に正しい医療を行い,看護師や検査技師に信頼され尊敬されるためにも検査の正しい理解と実施は必須です.

『耳鼻咽喉科 日常検査リファレンスブック』は,一冊で医師,臨床検査技師,言語聴覚士が共に学べる最適の検査書として推奨できます.

メニエール病-ストレス病を解き明かす

メニエール病-ストレス病を解き明かす published on

評者:内藤 泰(神戸市立医療センター中央市民病院 耳鼻咽喉科・総合聴覚センター長)

メニエール病は代表的なめまい疾患であるが、原因は不明とされ、その治療は基本的に対症療法にとどまっている。本書の著者である高橋正紘先生(元山口大学、東海大学教授、元日本めまい平衡医学会理事長)は大学教授を退職された後、自身のめまいクリニックを開設、膨大な数の臨床例の長期観察と治療経験から、メニエール病の本質をストレス病と位置づけ、その治療法として日常的な有酸素運動の有効性を示された。本書では、メニエール病の本質をストレス病とするに至った背景、その根拠となる臨床データ、有酸素運動の効果、ストレスがメニエール病発症につながるメカニズムに関する論考がまとめられているが、いわゆる学術書ではなく一般向けの科学書の体裁になっており、著者のメニエール病に対する思いや考えがストレートに述べられている。

メニエール病の診療経験のある医師であれば、その患者プロフィールとして細部まで間違えないように仕事に取り組む緻密さや、時に自身の体調を犠牲にしてでも物事をやり遂げる完璧への志向など、特有の性格的傾向を感じることが多いであろう。最新の「メニエール病・遅発性内リンパ水腫診療ガイドライン 2020年版」(日本めまい平衡医学会、金原出版、2020年)においても疫学の項でメニエール病患者の几帳面な性格的特徴が述べられ、生活指導としてライフスタイルの改善や有酸素運動の効果について言及されているが、その分量はガイドライン本文の1%にも満たない。米国耳鼻咽喉科学会のメニエール病診療ガイドライン(Clinical Practice Guideline: Ménière’s Disease, American Academy of Otolaryngology-Head and Neck Surgery, 2020年)の中でも、「歴史的に見ると食餌の塩分やカフェイン、アルコールの制限、ストレスの軽減が長らく提唱されてきたが、ランダム化対照臨床試験が乏しく、これらの予防策に関する真のコンセンサス合意はない」とされ、「ストレス」は片隅に追いやられている。このような現在の潮流に鑑みると、本書はユニークで、いわば「孤高の書」と言える。

評者は、以前勤務していた大学病院で難治性メニエール病のめまい発作制御に内リンパ嚢開放術や前庭神経切断術などの外科的治療を積極的に行っていたが、市中病院に着任してメニエール病の発症を防ぐことに力点を移し、その病因としての患者の日常的ストレスについて詳しく尋ね、運動習慣をもつように勧め、著効例も経験するようになった。評者の編著書「めまいを見分ける・治療する」(ENT臨床フロンティア、中山書店、2012年)でも高橋先生にメニエール病患者のライフスタイル改善と有酸素運動治療についてご執筆頂いている。このような経験から、本書で繰り返し引用されているWilliam Oslerの「患者がどんな病気に罹っているかよりも、患者がどんな人間かを観察することが重要」という言葉には評者も深くうなずくところである。

メニエール病診療においてめまい発作や難聴の悪化を制御改善する薬物療法や外科的治療は患者の病状に応じて必要な場面があり、個々の患者でストレス源が分かっていても解決できない状況もあり得るので、すべての患者でライフスタイルの改善と有酸素運動だけで問題が解決するとは言えないであろう。また、著者が論考しているストレスからメニエール病に至る病的機序の仮説についてはさらに科学的検証を要する点もあると思われる。しかし、本書で提言されている、「なぜ人がメニエール病になるのかを考える」という、疾患の原点に立ち戻る姿勢は重要であり、この点において本書は医療者だけでなく患者諸氏が読まれても役立つものと考える。

最後に、本書とシェークスピアの戯曲との関連について述べる。本書は20章からなるが、各章の冒頭にシェークスピアからの引用がある。まずこれを読み、その章の読了後、もう一度この台詞を読むことをお勧めする。シェークスピアからの引用の中に本文内容を詩的に凝縮したような、時に辛辣な含意が感じられ、味わい深い。そして、あらためて全ての章のタイトル部分を眺めると、おそらくシェークスピアで最も有名なハムレットの台詞「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」(河合祥一郎訳、2003年)が引用されていないことに気づく。この台詞には他にも「生か、死か、それが疑問だ」(福田恒存訳、1955年)など幾多の名訳があるが、メニエール病について考え方の転換を迫る本書には、ハムレットの内心を率直に表した1972年の小田島雄志訳がふさわしい気がするので、これを引用して本稿のまとめとしたい。「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」。本書の読者はどちらを選ぶであろうか。

15レクチャーシリーズ 作業療法テキスト 作業療法概論

15レクチャーシリーズ 作業療法テキスト 作業療法概論 published on
作業療法ジャーナル Vol.58 No.4(2024年4月号)「書評」より

評者:小林正義(信州大学,作業療法士)

日本初の作業療法士養成校が1963年に東京の清瀬に開設され60年が経過した.1974年には身体障害者作業療法,精神科作業療法,精神科デイケアの診療報酬が開始され,その後,高齢人口の増加により2000年に介護保険法が始まり,医療では急性期リハビリテーションと早期退院,地域移行が求められるようになった.こうした社会情勢を背景に,作業療法の有資絡者は右肩上がりに増加し,2023年には10万8,872名を数え,養成校数(193校)とともに米国に次いで世界第2位を占めている.

作業療法教育の黎明期には主に米国のテキストが翻訳され,日本の作業療法士によるテキスト(日本作業療法士協会監「作業療法学全書」シリーズ)は1990年に初版,1999年~改訂第2版,2008年~改訂第3版が刊行された.その後,制度改定による作業療法業務の拡大や専門分化に伴い,現在では多くの出版社からさまざまに工夫された作業療法テキストが出版されている.

本書は,中山書店が15レクチャーシリーズの1冊として刊行した作業療法テキスト「作業療法概論」である.この15レクチャーシリーズは,シラバス(学習主題,学習目標,学習項目)に沿って半期15回の講義内容を提示しているのが最大の特徴である.15回の学習主題は,第1回 リハビリテーションとは,第2回 人の生活と作業,第3回 作業療法に関連する医療・介護保険制度,第4回 社会構造と作業療法,第5回 障害者の生活と自立,第6回 作業療法の基本的な枠組み,第7回 作業療法の対象領域と疾患,第8回 作業療法の歴史と理論,第9回 作業療法の実際(1)一急性期・回復期,第10回 作業療法の実際(2)一維持期・在宅,第11回 作業療法の実際(3)一福祉施設,第12回 作業療法の実際(4)一介護予防,第13回 作業療法における評価の意義(1)ーからだ編,第14回 作業療法における評価の意義(2)一こころ編,第15回 求められる作業療法士とは,としている.巻末にはシラバスに沿った「試験・課題」が設定され,さらに各章の最後に「Step up」として,さまざまな領域(①日本作業療法士協会〈JAOT〉,②日本災害リハビリテーション支援協会〈JRAT〉,③行政〈市役所〉,④特定非営利活動〈NPO〉法人,⑤就労支援事業所,⑥急性期リハビリテーション病棟,⑦矯正局〈少年院〉,⑧国際協力機構〈JICA〉,⑨回復期リハビリテーション病棟,⑩在宅,⑪多世代交流デイサービス施設,⑫福祉用具展示場,⑬自動車運転支援,⑭企業と連携し自助具や治療機器の開発,⑮上肢切断者の義手支援)で活躍する作業療法士の実践が紹介され,作業療法士を目指した理由と学生へのメッセージが提供されている.

年々多様化,専門分化している現代の作業療法業務の専門性,時代背景や制度,理念と独自性を,「作業療法概論」として高校卒業直後の初学者に網羅的・包括的に教授することはそれほど簡単なことではない.本書は,こうした幅広い現代の作業療法を15回に分けて具体的に解説している.本文に登場する専門用語は「MEMO」欄に解説され,「調べてみよう」という課題や,「ここがポイン卜!」,「覚えよう!」,「試してみよう」などのコラムが随所に提示されており,学生の学習意欲と自己学習を促進させる.見出しゃ図表,多くの写真がフルカラーで提示され,これらも学生の理解を助ける.本書は,現代の作業療法の全体像を学ぶために,学生はもとより,教員にとっても役立つ最適のテキス卜といえる.

臨床麻酔薬理学書

臨床麻酔薬理学書 published on
麻酔 Vol.73 No.3(2024年3月号) 「書評」より

評者:内田寛治(東京大学大学院医学系研究科生体管理医学講座麻酔科学)

今回紹介する「臨床麻酔薬理学書」は日本麻酔科医会連合出版部が事業活動の一つとして出版部を設けて発刊する書籍の第一号である。本書の編集委員によって先に発刊された「臨床麻酔科学書」の内容をさらに掘り下げた内容となっている。

意識がある患者を,薬剤を利用して,意図的かつ一時的に手術実施が可能な状態に陥らせ,その間の全身状態を精緻に管理することを日常的に実践する医師,すなわち麻酔科医師が,正確な薬物動態学,薬力学の知識と実践経験を持って患者に向かうことは,麻酔科医のアイデンティティそのものである。

1950年,日米医学教育者協議会の来日講演で,近代医学が日本にもたらされたが,その一員として,筋弛緩薬を使用した全身麻酔を紹介したDr.Sakladは,“麻酔は臨床生理であり,臨床薬理である”と言い,麻酔は単なる手技であるとの考えであった当時の外科医を驚かせたという。第1章の冒頭にある “臨床麻酔とは「臨床薬理学/臨床麻酔薬理学を実践する臨床医学」である”との記述はまさにこの精神を受け継いだ正統な書籍であることを裏付ける。

本書では,第一部を薬理学総論として,薬物動態学・薬力学に関する考え方を,実際に臨床で使用する薬剤やモニタリングを例に挙げつつ,わかりやすく記述している。また,第二部では各論として,麻酔科医師が手術麻酔・集中治療・ペイン・緩和領域で実際に使用する薬物,すなわち全身麻酔の三要素に影響する薬剤(吸入・静脈麻酔薬,オピオイド,その他の鎮痛薬,筋弛緩薬,局所麻酔薬)に加えて,循環作動薬,抗不整脈薬,利尿薬,抗凝固薬,ステロイド,制吐薬,産科麻酔領域で子宮収縮・弛緩に使用する薬剤,マグネシウム製剤,消毒薬を取り上げ,それぞれについて総論で基本的な薬理メカニズムの解説,各論で個別の薬剤について述べている。現在の臨床麻酔に関わる薬剤をここまで網羅している成書は本書をおいてほかにない。編集主幹の森田潔先生,編集委員の川真田樹人先生,齋藤繁先生,佐和貞治先生,廣田和美先生,溝渕知司先生の慧眼に深く敬服する。

本文ではエビデンスを意識した記述が徹底されており,文献も最新のものが取り入れられている。薬物の添付文書では得てしてわかりにくい薬効薬理を,本書では図などを用いてわかりやすく記述することが意識されている。

本書の内容は,麻酔科専門研修以上の医師であれば読みやすく,通読して麻酔薬理学の知識を整理することに適しているが,索引も充実しており,使用頻度の低い薬物を使用するときに参照して,効果メカニズムを理解する際に大変重宝する構成である。

麻酔科専門医を目指す若い麻酔科医師だけでなく,ベテランの麻酔科医にとってもハンディに手にとれる場所に常備しておくことをお勧めしたい。

ポジショニング学 体位管理の基礎と実践 改訂第2版

ポジショニング学 体位管理の基礎と実践 改訂第2版 published on
Journal of Clinical Rehabilitation Vol.33 No.3(2024年3月号) 「書評」より

評者:日髙正巳(兵庫医科大学リハビリテーション学部,第26 回日本褥瘡学会学術集会大会長)

適切な「ポジショニング」は褥瘡予防の観点から極めて重要なテーマである.ポジショニングの第一人者である田中氏が初版を発刊されてから10年が経過し,その間,ポジショニングについての研究と議論が重ねられ,種々の変化を感じていたところである.そのようなとき,第2 版として改訂されることを知った.本書を手に取ったとき,前作に比べて厚みが増したことを感じ,この10 年間での「ポジショニング学」の定着と発展の成果を感じた.書籍を開くと,ポジショニングのパラダイム転換として,スモールチェンジ・間接法の追加,さらには,呼吸や食事援助時のポジショニングという実践方法の追加が目に飛び込んできた.この目次をみたとき,褥瘡ケアが治療から予防へ,さらには,生活へという視点の広がりとも大いに関連し,ポジショニング学が進化していることを実感した.

ポジショニングと聞くと,臥床時のケアをイメージしやすいが,座位でのポジショニング(シーティング)も重要なポイントである.第2版では,理学療法士の前重氏が編集にも加わり,理学療法士の視点が随所に盛り込まれていることを感じる.特に,座位のポジショニングとして,車椅子に座って生活するためのポジションについて充実が図られたことは,大きな特徴といえよう.また,姿勢の変化が胸郭運動に及ぼす影響等に関する研究成果が盛り込まれる等,最新の研究に基づいた説明の追加がみられる.さらに,安全な移乗動作として「起き上がり,移動のさせ方」等のコラムも大いに参考になる.

本書全体は,初版のコンセプトを踏襲し,多くの連続写真を用い,段階的なケア方法の解説と根拠が示されている.そのため,実践での使用として,本書をそのままポジショニング実施時のマニュアルとして使用することもできる構成となっている.多くの臨床家の方が,本書を手に取り,日々のポジショニングの実践に活かしていただけることで,褥瘡予防のみならず,介護を必要とされる方々が,無理な力が加わらず自然な姿勢で,安全で快適な生活を送られることを期待して止まない.

自閉スペクトラム症の臨床

自閉スペクトラム症の臨床 published on
小児の精神と神経 63巻4号(2024年1月号)「書評」より

評者:原 仁(小児療育相談センター)

本書は栗田広先生の遺作である.栗田先生は一般書を多く執筆される,高名な「専門家」ではなかった.学研肌で,主たる研究論文はほぼすべて英文,依頼される講演も,学会でのそれもあまり好まれなかった.名前は知っていても先生の業績はあまり知らないという方々も多いかもしれない.

タイトルを見ればお分かりのように,自閉スペクトラム症(以下,Autism Spectrum Disorder;ASDと略),その中でも乳幼児期のASDの臨床が栗田先生の専門である.最初にして最後,ASDに向き合う,多くの後輩臨床家に伝えたいと栗田先生が願って執筆された包括的なASD臨床の解説書を紹介する.

「はじめに」で明記されているが,栗田先生は本書を,ASDは実質的に広汎性発達障害(以下,Pervasive Developmental Disorder;PDDと略)と同じ,という考えに基づいて執筆されている.評者は栗田先生の診断学へのこだわり,精密でかつ隅々まで気配る診断例を多く知っている.その立場からすると意外に思う.DSM-5-TR(2022)を一読すればお分かりのように,米国精神医学会が新たに提案したASDの診断基準は,それまでのPDDの考え方よりもかなり厳密にASDを定義しているのだ.確かに診断基準は明確になり,診断しやすくなった.しかし,評者の第一印象は,このASDの診断基準が主流になれば,Asperger症候群やその他のPDDと診断していた事例はASDから除外されるぞ,という危惧だった.異論がないわけではないが,少なくとも移行期の現在は栗田先生の理解に賛同しておこう.

長らくASDの臨床,それも乳幼児期の診断に心血を注いでこられた栗田先生の真骨頂は,第1章から第4章までの,歴史的診断概念の推移を踏まえ,かつご自身の研究成果に基づいての解説にある.小児自閉症,アスペルガー症候群,特定不能の広汎性発達障害/非定型自閉症をどのように診断分類するのか,その具体的な道筋が示されている.第4章では小児期崩壊性障害にも言及されている.栗田先生はこの障害の専門家として世界に知られた方であるが,障害の独立性の否定も止むなし,PDDの一部と見なす,という時代の流れを淡々と受け入れているように思う.

第5章以降は,病因・病態,療育,行動障害,併発する精神神経学的疾患,医学的検査,障害福祉サービス,福祉・医療的対応に関わる手当に関する診断書など,経過と予後,と続く.これらの記述はどうしても時代的制約は免れない.今読む方々,それも療育機関で働かれている,あるいは働きたいと思っている専門職にとっては現状を理解するには役立つだろう.特に療育センターで働き始めたばかりの若い医師に一読を勧めたい.

書評だけでは言い尽くせぬ部分も多い.栗田先生が創設者の一人であり,長らく理事長を務められた日本乳幼児医学・心理学会の機関紙に栗田広先生の追悼記念号(第32巻1号)が企画され刊行される予定となっている.栗田先生の業績や人となりに,興味を持たれた方々は,学会ホームページから情報を得ることができるので,併せてこの追悼記念号を入手されてお読みいただければ幸いである.

講座 精神疾患の臨床 4 身体的苦痛症群 解離症群 心身症 食行動症または摂食症群

講座 精神疾患の臨床 4 身体的苦痛症群 解離症群 心身症 食行動症または摂食症群 published on
精神医学 66巻1号(2024年1月号)「書評」より

評者:根本隆洋(東邦大学医学部精神神経医学講座・社会実装精神医学講座)

高機能デバイスに関し,私はいつも周回遅れである。携帯電話も「ガラケー」で頑張ってきたが,2~3年前にいよいよサービス終了とのことで,仕方なく「スマホ」にした。設定がよくわからず,ほぼ電話機能のみの使用であったが,最近ようやくアプリがダウンロードできるようになり「スマートフォン」になった。パソコンでも,Windows11への更新を「あとで」と先延ばししてきた。すると,ある朝,勝手に更新されていた。遅くなったり不便になったりした点も複数あるが,仕方がない。研究室のWindows8.1のデスクトップパソコンは,期日までにLANケーブルを抜くよう大学から通達があった。そして,ただの箱になった。

精神科における操作的診断基準の変遷に関わる個人的体験は,これらに似ている。格別不自由さはないのに変わっていく。新しいほうの粗を探し,用語の不慣れに眉をひそめ,拒むわけではないが古いままでもと,得心を試みる。しかし,携帯電話やパソコンのように,新しさを受け入れ馴染むしかないのである。DSM-IVがDSM-5になり,そしてICD-10がICD-11になった。DSM-5は大きく変わったが,従前的なICD-1Oの存在が現状維持の許容感を醸し出していた。しかし, DSM-5と連動するかたちでICD-11も激烈な変化を遂げた。危急反応“fight or flight”。闘争か逃走か,逃げ道が塞がれたからには,向き合い学ぶしかない。

中山書店から刊行中の「講座 精神疾患の臨床」は,ICD-11に準拠した,最新かつ現状においては唯一の精神医学大全であろう。1巻「気分症群」,2巻「統合失調症」,続いて3巻「不安または恐怖関連症群 強迫症 ストレス関連症群 パーソナリティ症」,そして4巻「身体的苦痛症群 解離症群 心身症 食行動症または摂食症群」が発刊された。

かつての「神経症圏」は,DSM-5に続きICD-11においても,疾患概念とそれに基づく診断区分に最も大きな変化がもたらされた領域である。3巻と4巻が同領域を扱うが,他になかったのかとさえ思える書名に,変化が端的に表されている。かつて「心因性」で括られていた疾患は,生物学的,疫学的研究成果などを踏まえて異種並列となり,当事者も含めた議論の中で新たな名称がつけられた。まだ頭に馴染まないかもしれないが,日本語名称の決定には,長期にわたり多くの関係者によって慎重な検討が重ねられた。その過程は本書にも記載され,改めてその尽力に敬意を表さずにはいられない。

ICD-11の簡易な一覧が各巻頭に掲載されているとなお良いと思うが,全体を通し「大全」ぶらない比較的平易な記載と豊富な図表で,TopicsやColumnも挿入される,概論とは毛色の異なる記事の面白さ。頭の「セット」を切り替え,ICD-11を受け入れそれに基づきながら,従来を捉えなおし最新の精神医学・医療を学ぶのに,中でも劇的な変化をみせる本領域を学ぶのに,頭記の2巻は絶好の書である。誰も「周回遅れ」にはさせないであろう。

講座 精神疾患の臨床 3 不安または恐怖関連症群 強迫症 ストレス関連症群 パーソナリティ症

講座 精神疾患の臨床 3 不安または恐怖関連症群 強迫症 ストレス関連症群 パーソナリティ症 published on
精神医学 66巻1号(2024年1月号)「書評」より

評者:根本隆洋(東邦大学医学部精神神経医学講座・社会実装精神医学講座)

高機能デバイスに関し,私はいつも周回遅れである。携帯電話も「ガラケー」で頑張ってきたが,2~3年前にいよいよサービス終了とのことで,仕方なく「スマホ」にした。設定がよくわからず,ほぼ電話機能のみの使用であったが,最近ようやくアプリがダウンロードできるようになり「スマートフォン」になった。パソコンでも,Windows11への更新を「あとで」と先延ばししてきた。すると,ある朝,勝手に更新されていた。遅くなったり不便になったりした点も複数あるが,仕方がない。研究室のWindows8.1のデスクトップパソコンは,期日までにLANケーブルを抜くよう大学から通達があった。そして,ただの箱になった。

精神科における操作的診断基準の変遷に関わる個人的体験は,これらに似ている。格別不自由さはないのに変わっていく。新しいほうの粗を探し,用語の不慣れに眉をひそめ,拒むわけではないが古いままでもと,得心を試みる。しかし,携帯電話やパソコンのように,新しさを受け入れ馴染むしかないのである。DSM-IVがDSM-5になり,そしてICD-10がICD-11になった。DSM-5は大きく変わったが,従前的なICD-1Oの存在が現状維持の許容感を醸し出していた。しかし, DSM-5と連動するかたちでICD-11も激烈な変化を遂げた。危急反応“fight or flight”。闘争か逃走か,逃げ道が塞がれたからには,向き合い学ぶしかない。

中山書店から刊行中の「講座 精神疾患の臨床」は,ICD-11に準拠した,最新かつ現状においては唯一の精神医学大全であろう。1巻「気分症群」,2巻「統合失調症」,続いて3巻「不安または恐怖関連症群 強迫症 ストレス関連症群 パーソナリティ症」,そして4巻「身体的苦痛症群 解離症群 心身症 食行動症または摂食症群」が発刊された。

かつての「神経症圏」は,DSM-5に続きICD-11においても,疾患概念とそれに基づく診断区分に最も大きな変化がもたらされた領域である。3巻と4巻が同領域を扱うが,他になかったのかとさえ思える書名に,変化が端的に表されている。かつて「心因性」で括られていた疾患は,生物学的,疫学的研究成果などを踏まえて異種並列となり,当事者も含めた議論の中で新たな名称がつけられた。まだ頭に馴染まないかもしれないが,日本語名称の決定には,長期にわたり多くの関係者によって慎重な検討が重ねられた。その過程は本書にも記載され,改めてその尽力に敬意を表さずにはいられない。

ICD-11の簡易な一覧が各巻頭に掲載されているとなお良いと思うが,全体を通し「大全」ぶらない比較的平易な記載と豊富な図表で,TopicsやColumnも挿入される,概論とは毛色の異なる記事の面白さ。頭の「セット」を切り替え,ICD-11を受け入れそれに基づきながら,従来を捉えなおし最新の精神医学・医療を学ぶのに,中でも劇的な変化をみせる本領域を学ぶのに,頭記の2巻は絶好の書である。誰も「周回遅れ」にはさせないであろう。

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 5 難聴・耳鳴診療ハンドブック

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 5 難聴・耳鳴診療ハンドブック published on
ENTONI Vol.292(2024年1月号)「Book Review」より

評者:原 晃(筑波大学副学長・理事・附属病院長)

この度,《プラクティス耳鼻咽喉科の臨床》シリーズ(総編集:大森孝一先生)第5巻『難聴・耳鳴ハンドブック』(専門編集:佐藤宏昭先生)が刊行されました.

本書は難聴・耳鳴の領域を広くカバーし,実に73名の各領域のトップランナーが充実した内容を執筆されています.ざっと表題を追ってみても,先天性難聴,内耳・中耳奇形,先天性感染,後天性難聴,中枢性難聴の診断・検査の進め方,伝音難聴,急性感音難聴,外傷性難聴,慢性感音難聴,聴覚リハビリテーション,聴覚求心路障害,後迷路性難聴,耳鳴の診断と治療などが掲げられています.また,それぞれの疾患への診断・治療のエビデンスレベルも記載されており,ガイドラインとしても十分耐えうる内容と思料されます.さらには,adviceとして鼓膜の再生療法,迷路振盪症,身体障害者認定交付意見書作成に関する注意点および保険医療で扱われる範囲,難聴と認知症が解説されており,希少疾患・患者ながらも普段の診療で迷う事柄についても精緻に理解できるような構成になっており,まさに手元に置いておくことで極めて有用性が高いものと思われます.巻末にはAppendixとして急性感音難聴の診断基準と耳鳴の問診票と質問票が付されており,これも普段の診療において役立つこと請け合いです.

一方,Topicsとして,iPS細胞創薬の現状,ワイドバンドティンパノグラム,新しい埋め込み型骨導補聴器,内耳上皮細胞を標的としたバイオ医薬品の開発,反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)療法が掲載されております.これらは,これから聴覚基礎研究を志す若手の耳鼻咽喉科医にとってはまさに研究の糸口,入口を示唆されるのではないでしょうか.佐藤宏昭先生ならではの若手の基礎研究者へのencourageになっているのではないでしょうか.そういう意味からも,本書はできるだけ若手の耳鼻咽喉科医が読まれることを強く推奨します.また,検査や手術手技に関する動画もみることができるようになっており,若手臨床家のオリエンテーション資材としても誠に優れた構成になっているものと思料します.

耳鼻咽喉科医,殊に若手の耳鼻咽喉科医はぜひともご一読を! そして,常に眼科に比して10年遅れているといわれる基礎研究者が一人でも多く出てこられることを衷心より願っております.

最新美容皮膚科学大系 2 しみの治療

最新美容皮膚科学大系 2 しみの治療 published on
PEPARS No.204(2023年12月号)「Book Review」より

評者:山下理絵(湘南藤沢形成外科クリニックR総院長)

しみは美容皮膚科での診療が多く,形成外科を受診する患者は少ないと思われるが,形成外科医にとっては無関心でいられない.出向や外勤先で美容外科を標榜,あるいはレーザー機器があれば,しみの治療も行わなければならない状況になる.顔面には加齢とともに多様なしみが生じるため,まず診断をつけ,疾患ごとに治療を考えることが重要である.筆者が大学病院で診察していた35年前と比較すると,治療も内服,外用,レーザー,光など選択肢も増え,特に機器の発展はめざましく,治療を提供するのに迷うことも多くなってきた.さらにしみの治療は,思ったとおりの結果が出ないこともあり,また合併症が起こった時の説明やトラブル対処に苦労することもある.

一方,ほくろの治療は形成外科でも非常に多いと思われる.ほくろはしみ以上に診断が重要であり,視診のみでなくダーモスコピーを使用し,悪性腫瘍との鑑別を行ったうえで治療方法を選択する.診断により,保険診療で外科的手術治療か組織生検をするのか,また自費診療でレーザーをはじめ美容的な切除になるかなど診断および患者の希望により決定する.いずれの場合もほくろ切除を行えば必ず何らかの形で瘢痕ができるので,その瘢痕をどのようにするか,形成外科医であれば,整容を第一に考え,目立たない瘢痕にするベストな方法を選択することが必要である.刺青も,形成外科で治療することが多く,外科的切除やレーザー治療などがあるが,特にレーザー治療に関しては,ピコ秒レーザーが出てから治療成績は格段に向上している.われわれ形成外科医も美容皮膚科という学問をしっかりと学ぶ必要があるのではないだろうか.専門的な知識をいかに得るべきであろうか.

本書は,最新美容皮膚科学大系全5巻のうちの2巻目,形成外科でも診療することがある,しみ,ほくろおよび刺青の各論である.美容皮膚科のエビデンスを重視し,病態,診断から治療まで,基礎から実際の臨床まで網羅されている.カラー写真も多く,診療時の患者説明にも有用である.多数の形成外科医が執筆陣に加わっている本書は,美容皮膚科の知識を得るには最適な書籍であると言えよう.