若者はとにかく一気に読んでみようか

Derma No.196(2012年9月号) BookReviewより

評者:荒瀬誠治(健康保険鳴門病院院長/徳島大学名誉教授)

今が旬の皮膚病理専門家56人が書き上げた568ページ,圧巻の教本である.編者は「誰もが無理をせず皮膚病理学世界に入るための道標になってほしい」と謙虚に述べているが,読み進むうちに皮膚病理学の虜になるような仕掛けがなされている.内容は疾患別というより病理所見別の101項目に分かれており,その項目の選択,並べ方,分担執筆者の選出に,編者の皮膚病理への強い思いがみえる.新しい切り口はそれだけにとどまらない.「皮膚病診断学」ではなく「皮膚病理診断学」である本書の主役は,あくまで選びぬかれた病理標本/所見で,臨床写真は1/100~1/2倍のマクロ病理像として扱われる.「この病理学的変化が起こると皮膚はこのように変化する(であろう)」との考えを証明するために提示されているようにみえる.一部では臨床写真が省かれているが,組織像とその説明だけで臨床像がイメージできるほどである.
皮膚科の先人達は臨床情報と病理学的情報を徹底的にすりあわせ,皮膚の病態を考えぬき,診断にたどりつく努力をしてきた.ただし病理組織情報を引き出す力が弱まると,この過程は「臨床像と病理像の絵合わせ」になりがちで,絵が合致しない場合はすべてが専門家まかせの丸投げとなる.思考の丸投げは皮膚科力を高めない.近年,両者の隙間を埋めるべく,ダーモスコピーという新しい皮膚情報収集装置が開発され,診断への有用性が注目されているが,それとて最終診断は病理所見に立脚している.診断機器や検査法は変われども,スライドグラス上の小切片から得られる情報の質と量は昔も今も全く変わらない.
本書では,まず組織標本の病理学的変化を的確に表現することが徹底される.続けてその変化が起こったわけ,病態を考えるうえで必要な手がかりとなる病理情報の詳細,最終的な診断にいたる決定情報などが惜しみなく述べられる.病理専門家の自信だろうか,説明内容はストレートで迷いがない.執筆者の文章には特徴があり,同じリズムで101項目を読み通すことはできないが,その引っかかり部分こそが皮膚病理学者の肉声と思う.皮膚科専門医を目指す若者には必読の書となるだろうが,瞬発力のあるうちに一気に読み通すことをすすめたい.持続力をもつ人は執筆者らの顔や言動を思い浮かべ,にんまりしながら1項目ずつ読み進めばよい.患者を前に最終診断/結論を下さなければならない現場の皮膚科医にとって,本書を通読した前後では,結論に対する責任と自信は違ったものとなろう.