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臨床麻酔科学書

臨床麻酔科学書 published on
麻酔 Vol.71 No.9(2022年9月号)「書評」より

評者:武田純三(慶應義塾大学名誉教授)

現在わが国で行われている全身麻酔は,1950年に開催された日米連合医学教育者協議会での,Dr. Meyer Sakladの麻酔科学の講演が出発点となっている。それまでドイツ医学を踏襲してきた日本では,痛みを取ることが麻酔と考えており,現在あたりまえとなっている“麻酔は全身管理である”との概念はなかった。したがって,Dr. Sakladの講演で初めて耳にした全身管理の概念や米国での麻酔科医の教育システムは,日本の外科医たちにとってはたいへんな驚きであった。第51回日本外科学会の前田和三郎会長は,“麻酔学の教育及び研究は緊急事である”と会長講演で述べている。これがきっかけとなって,1954年に日本麻酔学会(現:公益社団法人日本麻酔科学会)が設立され,全国の大学に麻酔学教室が設立されていった。

Dr. Sakladの講演から70年余が経過し,この間の麻酔科学の発展は目を見張るものがある。麻酔科学の進歩は,医療技術・医学の進歩,電子機器の発展,薬剤の開発により支えられてきた。どれかが飛び出すことで,ほかが牽引されて伸びることを繰り返してきた。麻酔科学の高度化と同時に,集中治療・救急医療,ペインクリニック・緩和医療,小児周産期麻酔,心臓血管麻酔などへの分化も進んできた。高度化と分化は麻酔領域の専門性を高めてきたが,同時に注意を払うべき事案の増加,リスクの増加を伴い,知っておくべき知識の厖大化を招いてきた。

また,進化し続ける医学は,常に麻酔科医に新知識を追いかけることを強いてきた。医師国家試験は一度取得すると更新はないが,医師としての質の担保のために,初期研修医制度,専門医認定,サブスペシャリティでの専門医資格取得など,医師国家試験の上に存在する資格・認可の仕組みが構築され,研修や評価・再評価が行われている。日本麻酔科学会は他学会に先がけて専門医制度を構築してきたことは,周知のところである。

高度化,分化の進行は自分の専門外となる領域を増やし続けてきた。すべての臓器は網目のように絡んで機能しており,自分の専門分野の知識さえあれば安全な麻酔を施行できるものではない。安全な麻酔のためには,すべての麻酔関連知識を習得している必要がある。さらに外科系技術の進歩への知識の習得も必須である。少なくとも麻酔科医に必要とされる常識的麻酔関連知識の習得が求められる。これは,領域と専門性について“どこまで知っているべきか”の命題を生んできた。

このたび「臨床麻酔学書」が出版された。本書が目指しているのは,“日々進化する麻酔科学の知識,技術を常に学び続けるために,すべての麻酔科医が一読すべき臨床麻酔科学の教科書”とある。本書は,現在のすべての麻酔科医に要求される領域とレベルがそろえられており,“どこまで知っているべきか”の命題に答えようとしている。すべての麻酔科医の座右の書となるべき一冊といえる。

NOGA血流維持型汎用血管内視鏡ガイドブック

NOGA血流維持型汎用血管内視鏡ガイドブック published on
評者:平田健一(神戸大学大学院医学研究科循環器内科学分野教授)

今回、「血流維持型汎用血管内視鏡(NOGA)」の解説書が出版されました。本書は、わが国における冠動脈疾患治療の黎明期から臨床の現場で活躍され、血管内視鏡の開発に貢献された児玉和久先生が監修されました。血管内視鏡は、1980年代に開発が進み始めましたが、最初は、血流を完全に遮断する必要があり、危険性がありました。しかし、様々な技術改良によって血流維持下で血管内腔を観察できる「血流維持型汎用血管内視鏡(NOGA)」が開発され、安全に多くの情報を得ることが可能となりました。現在CT,MRI,OCTや超音波などの画像診断技術は目覚ましい発展を遂げていますが、血管内視鏡は血管内腔の動脈硬化性プラークなどの血管病変を直接観察できます。「百聞は一見にしかず」という言葉の通り、優れた空間分解能に加えて、血管病変を直接観察できることは、その病態の観察だけでなく、動脈硬化の発症、進展のメカニズムを解明する上でも重要な所見を得ることができます。

本書は、「I 総論、II 画像、III 手技」からなり、それぞれ「冠動脈、大動脈、共通」の項目に対してQ&Aの形でたいへんわかりやすく記載されています。得られた画像をどのように解釈するか、実際の手技の手順や注意点から、トラブルシューティングについてまで、多くの写真や動画を駆使して具体的に記載されており、非常に有用な内容になっています。

本書のサブタイトルには「あらゆる臓器の動脈硬化の概念が変わる!」とありますが、NOGAの画像からは、単に臨床上の画像情報のみならず、動脈硬化の成因に関する研究の発展につながる所見が得られる可能性があります。過去の多くの研究成果により、動脈硬化の発症、進展のメカニズムについては、血管の慢性炎症と変性コレステロールの蓄積によるプラークの形成が重要だと考えられています。また、冠動脈病変に関してはプラークの不安定化とその破綻による血栓形成が、急性冠症候群の発症メカニズムであると考えられています。しかし、実際のヒトにおいて、動脈硬化の初期病変から不安定プラークの破綻までを直接観察することは、血管内視鏡でのみ可能なのです。

本書は、NOGAを使用する入門書であると同時に、冠動脈や大動脈などの動脈硬化の成因や病態を考察する上での新しい現象を体験でき、動脈硬化への興味と理解が深まるお勧めの一冊です。

講座 スポーツ整形外科学 1 整形外科医のためのスポーツ医学概論

講座 スポーツ整形外科学 1 整形外科医のためのスポーツ医学概論 published on
臨床スポーツ医学 Vol.39 No.1(2022年1月号)「書評」より

評者:丸毛啓史(学校法人慈恵大学理事)

「整形外科医のためのスポーツ医学概論」は,全4巻で構成される〈講座 スポーツ整形外科学〉シリーズの第1巻で,スポーツ整形外科診療をサポートする実践書として,スポーツ整形外科学の基礎と臨床のすべての内容が体系化されている.
スポーツ医学は,内科,整形外科などの臨床医学をはじめ,体育学,運動生理学,薬理学,栄養学,心理学などの基礎医学や予防医学,さらにはフィールドの最適化やスポーツ器具の開発,改善などのマテリアル研究をも含めた幅広い領域にわたる学問である.このため,自らの専門分野に留まらず,他分野に関する知識や理解が必須である.本書では,こうした広い裾野を持つスポーツ医学の基本となる考え方や基礎知識について解説し,さらにはスポーツ医学の研究手法についても紹介している.また,スポーツ外傷・障害の予防,治療原則,スポーツ整形外科医が知っておくべき他領域の疾患・外傷,スポーツ種目別運動器外傷・障害の特徴について詳説し,実践に役立つ知識が習得できるように工夫している.
スポーツ医学は,近代オリンピック開催を契機として,オリンピックとともに大きく発展してきた.東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会が2021年夏に開催され,アスリートの躍動感が脳裏に残るこの時期に,スポーツ整形外科学のテキストシリーズの第1巻である「整形外科医のためのスポーツ医学概論」が上梓されたことは,まさに時宜を得ている.本書は,スポーツ医学の研究や臨床において優れた業績を持っておられる多くの先生が執筆しており,スポーツ医学,スポーツ整形外科に携わる方々の座右の書となることを確信している.

講座 スポーツ整形外科学 3 下肢のスポーツ外傷・障害[大腿・膝関節・下腿・足関節・足部]

講座 スポーツ整形外科学 3 下肢のスポーツ外傷・障害[大腿・膝関節・下腿・足関節・足部] published on

スポーツ整形外科診療に携わる方々の手元に常に置いておきたい実践書

臨床スポーツ医学 Vol.38 No.12(2021年12月号)「書評」より

評者:小川宗宏(奈良県立医科大学スポーツ医学講座)

本書「下肢のスポーツ外傷・障害」は,松本秀男氏が総編集者を務める〈講座 スポーツ整形外科学〉シリーズの1冊として発刊されたものである.松本氏の“シリーズ刊行にあたって”にも述べられているように,スポーツ整形外科は,スポーツ活動での高いパフォーマンスの維持,スポーツ復帰や継続を常に見据えた予防・治療が求められ,運動器の外傷や障害の予防・治療方針決定において,一般の整形外科とは異なる特徴を持ち,アスリートの特殊性,競技種目の特徴,整形外科以外の幅広い知識も要求される.本シリーズでは,スポーツ外傷・障害の予防のためのトレーニングなどを含めて紹介し,さらに治療については単に日常生活に復帰するばかりではなく,スポーツ復帰を念頭に置いて解説するように企画されており,本書もスポーツ整形外科に特徴的な実践書として,各スポーツ外傷・障害の予防と治療の実際を視覚的にもわかりやすく解説している.
本書編者の近藤英司氏も述べているように,下肢はスポーツ外傷・障害が最も発生しやすい部位である.アスリートはもとより子供から高齢者まで広くスポーツが行われるようになり,スポーツ外傷・障害も多様化し,それぞれが求めるレベルへの復帰を支援するためにスポーツ医学領域の最先端医療技術に基づいて適切な治療を行わなくてはならない.本書の特徴は,実際のスポーツ現場における診断の進め方,競技特性を考慮した予防的アプローチ,スポーツ復帰を目指した治療の進め方,競技復帰に向けてのポイントなどに重点を置いて解説されていることであり,スポーツ医学を専門としている整形外科の先生方のみならず,スポーツ整形外科を志す学生,専攻医,スポーツ現場で活躍されているメディカルスタッフにとっての必読書としてお薦めの一冊である.
本書はスポーツ整形外科の臨床特有のアプローチにフォーカスし,写真・イラストを多用したビジュアルな構成になっており,スポーツ外傷・障害の予防と治療・競技復帰に向けたスポーツ整形外科診療に携わる方々の手元に常に置いておきたい実践書であると思われる.

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のための周術期の診療ガイドライン活用術

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のための周術期の診療ガイドライン活用術 published on
麻酔 Vol.70 No.1(2021年1月号)「書評」より

評者:山田芳嗣(国際医療福祉大学三田病院病院長)

今回紹介する「麻酔科医のための周術期の診療ガイドライン活用術」は《新戦略に基づく麻酔・周術期医学》シリーズ10冊目にあたる。シリーズ第1冊目「麻酔科医のための循環管理の実際」の刊行から7年を経て,本書の刊行をもって全10冊がそろいシリーズが完結した。本シリーズは“新戦略に基づく”というネーミングが表すように,コンセプトがたいへん斬新であり,今までにない構成の麻酔科学の教科書になっている。第1冊目の刊行から7年間の間に医学・医療は麻酔科領域も含めて凄まじい進歩と変容を遂げてきたが,当初計画された“新戦略”のアプローチは現在においても非常によくマッチしていると再認識できる。監修の森田 潔先生ならびに編集の川真田樹人先生,廣田和美先生,横山正尚先生の達見に深く敬服するものである。
本書の構成として,第1章は診療ガイドラインの総論であり,すでに学会やセミナーなどで何度も聞いた内容であるが,系統的な記述を理解して正確に把握することが診療ガイドラインを実臨床で適切に活用するために必要なことである。ガイドラインの限界と課題についても詳しく解説しているので確認していただきたい。第2章以降は“症例で学ぶ診療ガイドラインの実践”として,第2章は術前管理,第3章は術中管理,第4章は術後管理という単純明快な構成になっている。第2章の術前管理では,気道・呼吸評価,循環評価,薬剤(抗血栓療法,降圧薬),周術期禁煙,術前の絶飲絶食,重症患者の栄養療法になっている。第3章の項目は,血液製剤の使い方,神経ブロック,危機的出血,気道トラブル,麻酔薬,循環作動薬,予防的抗菌薬,医療安全対策,術中モニターとほぼ麻酔中の管理を網羅している。輸液療法・輸液管理は各所に分けられて記述されており,術中に独立の項目がないのは残念だが,ガイドラインのみで全体を包含して解説するのが難しいためかもしれない。第4章の術後管理では,術後痛管理,術後せん妄,日帰り麻酔への対応,敗血症への対応,早期リハビリテーションと特色のあるものになっている。どの項目の解説もガイドラインの焼き写しではなく,症例の具体的な提示になっており,ガイドラインを基盤として条件,状況,病態を考慮して診療する過程が解説されている。症例はどれも臨床で遭遇するなじみのある事例ばかりであり,自分であったらどのように対応するかが即座に想起されるものであり,自分のプランとガイドラインとの適合性を振り返るという形で自然にガイドラインの活用法を習得できる。第5章には研究倫理および終末期医療に関する指針がまとめられ,概説されているのもとても有益である。
今日の診療は麻酔においてもガイドラインに適合した診療を行わなければならない。一方で,ガイドラインの数は多く改訂も行われるので,常にキャッチアップしていくのは容易ではない。麻酔・周術期医学に関連する主要なガイドラインを網羅してその活用を実践的に解説した本書は,まさに麻酔・周術期医療にかかわる医療者の“新戦略”のアプローチとして日々の臨床で繰り返し参照する価値のある貴重な書籍である。

心臓血管外科手術エクセレンス 冠動脈疾患の手術

心臓血管外科手術エクセレンス 冠動脈疾患の手術 published on
胸部外科 Vol.73 No.8(2020年8月号)「書評」より

評者:北村惣一郎(循環器病研究振興財団理事長/国立循環器病研究センタ一名誉総長)

中山書店から上梓されている「心臓血管外科手術エクセレンス」シリーズ(全5巻)の第3巻『冠動脈疾患の手術』が先日発刊された.本領域屈指の外科医である夜久均・高梨秀一郎両氏を編者に,また手術画を長田信洋氏が担当され,45名に及ぶ熟達の外科医からなる執筆陣を迎えて編輯されている圧巻の書である.
心臓外科領域のみで全5巻から成る書はおそらくはじめてと思われる.中山書店といえば筆者らの世代では「新外科学大系」があった.これは『心臓の外科1~3(第19巻A,B,C)』の3巻からなり,本シリーズと同様の硬表紙の大作である.当時,「新外科学大系」の執筆者に選ばれることは誇りに思えたものである.「新外科学大系」では冠状動脈の外科は2巻目に1章4項があるのみであった.今回,冠状動脈手術に限って1冊の成書となったことは,この間に多岐にわたる大いなる発展があったことで,まさに冠状動脈バイパス術(CABG)が「不滅の手術」となったことを示すものではなかろうか.
本書の特徴は手術書であるが,世界的なエビデンスを可能な限り示し,かつビデオムービークリップを挿入し,何よりも豊富な図示による手術図鑑としているところである.図鑑としても十分楽しめる書となっている.外国では手術所見の記録はdictation形式のため図を描くことは少ない.一方,わが国の術者は図を加えることが多く,大いに伝承されるべきよき習慣と思うし,その図の描き方の参考書としても役立つ気がする.また,本書内にあるQRコードから登録するとビデオムービーをみることができる.鮮明な手術動画がみられ,図と照らし合わせ術者の言行の一致を確かめるのも楽しい.
各章の構成をみてみると,ロボット支援CABGや虚血性心筋症に対する人工左室補助装置(LVAD)まで広く取り入れられ,まさに最新書といえるものであるが,多種の新器具が活用されて心拍動下CABG(OPCAB)などの成績が向上しているので,願わくば各種デバイスを一覧する項があってもよかったかと感じる.
筆者らの世代では若い外科医は先輩の手術にできるだけ多く参加して,手技を盗めといわれてきたが,最近ではoff-the-job trainingなどの教育プログラムも充実してきており,本書の執筆陣の方々はこの面でも指導者である.若い次世代の外科医にはぜひ,本書とトレーニング実習で研鑽したうえで手術に臨んでもらいたい.本書の改訂版が次世代の外科医によって成されるころには5G-VR(バーチャルリアリティ)を用いた手術シミュレータなどが登場し,新たな項が付け加えられるであろう.
多くの患者を対象として築かれた臨床研究エビデンスを,今目の前にいる一人ひとりの患者に的確,適正に届けるには,十分な医学知識に加えて誤りの少ない手術手技の獲得が必須である.若い外科医は先輩,恩師より上手な術者になろうと努力してほしい.それは十分な基本操作の修練と基本理論の理解があれば必ず実現できるものであり,本書はその夢を叶える一助となりうると思う.

整形外科手術イラストレイテッド 下腿・足の手術

整形外科手術イラストレイテッド 下腿・足の手術 published on
Orthopaedics Vol.33 No.5(2020年5月号)「Book Review」より

評者:山本晴康(愛媛大学名誉教授/千葉・柏リハビリテーション病院院長)

現代は高齢化が進み,加齢による変形,変性,筋力低下,老化を予防するためのスポーツ活動,代謝障害などにより下腿・足関節・足部の外傷・障害が増えている.立位・歩行・走行が損なわれ,日常生活に支障をきたす方が増加し,整形外科の外来を受診して,手術に至ることが多い.
手術を受ける患者さんは,手術が合併症なく成功し,手術後早期に元の生活,元のスポーツに復帰することを強く希望している.そのため手術に携わる者には安全,確実な手術が要求される.
これらを目的の一つとして日本足の外科学会は2008年より「日本足の外科学会教育研修会」,2010年より「足の外科普及プロジェクト」,2013年より「機能解剖セミナー」を毎年開催し,足の外科に興味がある方々のレベルアップを図っている.
本書の専門編集の木下光雄先生は日本足の外科学会の前理事長で,在任中は前述の企画を強力に推進された.その流れから先生は整形外科の先生方の下腿,足関節,足部の手術の更なるレベルアップを図るために本書を上梓されたのではないかと推察する.
本書の構成は,Ⅰ 進入法,Ⅱ 手術法:骨・関節外傷の手術,軟部組織の手術,絞扼性神経障害の手術,足関節の手術,足関節症の手術,足変形の手術,趾変形の手術,小児足変形の手術,切断術・関節離断術となっていて,現在遭遇する頻度の高い疾患を取り上げている.また,近年行われている関節鏡視下手術,最小侵襲手術などの手術手技も取り込んでいる.
執筆は日本足の外科学会の理事・評議員の方々で,それぞれの分野に精通している実力者である.本書の特徴は簡にして要を得ている解説(分担執筆にもかかわらず文体が一定で読みやすい),大きく美しいイラスト(木下先生はレオナルド・ダ・ヴィンチの解剖図を意識されたようである),分かりやすい術中写真とX線像,手術の際に注意するポイントとコツの書き込みなどであり,さらに動画が理解を深めるために役立っている.
評者は術前に必ずイメージ手術を行い,不確かな場合は解剖書や手術書を紐解き手術手技を確実にし,手術に臨んでいる.本書はそのために大変有用である.また手術室に持ち込んで困った時に参考にすることもできるだろう.
以上に述べたようにイラストや術中写真が多く,読みやすく,理解し易い本書は,下腿・足の手術を行う整形外科の専門医や認定医,そして整形外科を目指している研修医や専修医,また手術を手伝っていただく看護スタッフに自信をもってお薦めできる一冊である.

整形外科診療のためのガイドライン活用術

整形外科診療のためのガイドライン活用術 published on
Orthopaedics Vol.32 No.11(2019年11月号)「Book Review」より

評者:山下敏彦(札幌医科大学医学部整形外科学講座)

2005年に初めて日本整形外科学会から「腰椎椎間板ヘルニア」「頸椎症性脊髄症」など5疾患に関する診療ガイドラインが発行されて以来,徐々に対象疾患は広がり,現在では整形外科疾患のガイドライン数は16にのぼる.さらに「骨粗鬆症」「関節リウマチ」など整形外科関連・周辺領域も含めると,きわめて多くのガイドラインが存在する.診療ガイドラインは,本来,診断・治療の標準化をはかり,より安全で有効な医療の実現を目指すものである.しかし,これだけ多くのガイドラインに囲まれると,その全てに目を通し内容を把握することは困難であり,また実際の臨床症例に適用する際にも若干の戸惑いや躊躇を覚えることもある.
このような状況を背景に,本書は,整形外科医が様々な疾患の標準治療の概要を短時間で把握でき,ガイドラインの実臨床でのスムーズな適用が可能となるよう配慮されている.日常の整形外科診療において頻繁に遭遇する疾患ごとに,まず「概要」「診療ガイドラインの現況」「標準治療のポイント」が簡潔に解説されている.ここで,読者は各疾患治療の「トレンド」について頭の整理ができる.次に,具体的な症例を「典型例」「非典型例」に分けて提示し,ガイドラインに沿った実際の治療の考え方と進め方を示している.実臨床における症例はもちろん画一的ではなく,臨機応変な対応が求められるが,本書では非典型例など多くのバリエーションを示している.さらに「患者説明のポイント」の項目を設けるなど,臨床の現場を意識しているのが大きな特徴と言える.また随所に診断・治療の流れがアルゴリズムで示されているのも理解の助けとなるだろう.
疾患の中には,まだ診療ガイドラインが存在しないものも含まれる.これらに対しては,海外のガイドラインを紹介したり,現状におけるエキスパートコンセンサスを提示して,それらに沿った標準的治療が解説されている.本書の最終章「リスク管理」では,「疼痛管理」「術後感染予防」「症候性静脈血栓塞栓症の予防」「医療放射線被曝」など,整形外科臨床において極めて重要なテーマについて最新の考え方や対処法が簡潔にまとめられており,本書の最も有用な部分の一つとなっている.
本書は,多くの診療ガイドラインが林立する現代の整形外科というフィールドを,われわれ整形外科医がスムーズかつ安全に往来するための有用な「ガイド」となってくれるだろう.

心臓血管外科手術エクセレンス 弁膜症の手術

心臓血管外科手術エクセレンス 弁膜症の手術 published on
胸部外科 Vol.72 No.2(2019年2月号)「書評」より

評者:上田裕一(奈良県立病院機構理事長)

大北裕先生と高梨秀一郎先生の巻頭の記述のとおり,まさに「ユニークで秀逸な心臓外科手術手技のテキストである」と断言できる.章立ても行き届いており,各章を担当された心臓外科医の方々の記述は細心で要点が網羅されており,経験年数を問わず多くの心臓外科医に本書を推薦したい.その根拠を以下に綴り,日常の手術や後進の指導に本書を活用していただけることを願う次第である.
筆者が1976年にはじめて購入したのはCooley先生のアトラス(今も手元にある)で,その後,ほとんどの手術アトラス,そしてKirklin/Barratt-Boyes両先生による圧巻のテキスト『Cardiac Surgery』(Saunders)は1986年の初版から2013年の最新版まですべて購入してきた.この経験から,この推薦文の冒頭の記述に加えて,本書の長田信洋先生による素晴らしいメディカル・イラストレーションには驚嘆したといっても過言ではない.所見や運針を主に,見事に描かれている.各執筆者の術中画像をもとに心臓外科医の長田先生の頭脳を介して描き出された挿画は,元写真とは何が違うのか? もちろん,21世紀の画像技術の進歩により,術中写真やビデオは超精細(ハイ・レゾリューション)画像となり,本書には綺麗な写真に加えて動画も閲覧できるようになっている.しかし高梨先生の「序」の記載のように,手術手技を伝達するにはその術式に限定した挿画は必要不可欠なのである.つまり,外科医の視点からの挿画でなければならない.心臓外科医ではないメディカル・イラストレータが忠実に術野を描いても,心臓外科医の視点に欠けるため,なんらかのアドバイスを要するのが常である[なお,唯一の例外であると筆者が思うのが,レオナルド・ダ・ヴィンチの心臓の解剖図譜(大動脈弁・僧帽弁の血流を想定した見事な線画)である].
付言すれば,読者(心臓外科医)が手術中に網膜に届いた刺激から脳でどう解釈したか,これに手術の成否がかかっているのである.その解釈が運動神経を介して手術操作として表現される.たとえば,外科医が術中に僧帽弁輪をどのように理解しているかを他人(指導者)が評価するには,手術所見を文字で正確に記述されても,術野でみえていた情報から弁輪を確実に立体的に把握したかは評価できないので,結局は図示してもらうよりほかにない.もちろん,僧帽弁輪は長田先生の挿画の二重線のようにはみえない.つまり,術中写真はリアルで素晴らしいが,外科医は手術の根幹となる解剖学的所見を描くことが必要であると強調したいのである.不要な術野の要素は削いで,手術後にはスケッチを記録し続けることである.なお,術者と助手がみた術中所見はそれぞれのヘッドカメラで撮影できるが,おそらく異なる術野像が脳で構築されているはずである.各外科医が長田先生のイラストレーションを参考に,術直後に記憶に新しい残像を描出すること,それらをもとに手術手技をお互いに確認して議論することをおすすめする.こうした確認と修練においても,本書はきわめて有用なお手本であり,情報源となるテキストである.
もう一点,各執筆者による要所を編集した動画も素晴らしい画質,画像である.運針にのみ集中せず,鑷子はどの箇所をどのように把持あるいは圧排しているかに注目していただきたい.なお,いうまでもなく術野の展開(exposure)がもっとも重要な要素であり,各術者は見事な術野を供覧されているが,この術野を展開するコツを文字で記載することはむずかしい.したがって,自施設での手術開始からすべての操作をつぶさに理解すること,さらに他施設での手術見学はたいへん貴重な経験となることを付記しておく.
最後に,本書を企画された高梨秀一郎先生と坂東興先生に敬意を表するとともに,長田信洋先生と各執筆者の先生方には賛辞を贈りたい.

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のためのリスクを有する患者の周術期管理

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のためのリスクを有する患者の周術期管理 published on
麻酔 Vol.67 No.12(2018年12月号)「書評」より

評者:落合亮一(東邦大学教授)

私の勤務する施設では,予定手術患者は手術予定日の2週間以上前までに麻酔科術前外来を受診し,リスク評価を行うことにしている。統計を取ってみると,診療報酬上の“麻酔困難な症例”に該当する予定手術患者が,2011年度には全体の4.8%であったのが2016年度には13.9%と著増していた。つまり,7人に1人はハイリスク症例と考えることができる。
ハイリスクである理由は多岐にわたり,冠動脈疾患や心臓の弁疾患,あるいは重症糖尿病であったり,混合性換気障害などさまざまな慢性疾患が含まれている。外来の限られた時間の中で,リスクを十分に評価し,合理的に説明してインフォームドコンセントを得ることは容易ではない。そこで,事前に外来担当日のカルテを開き,予習することになる。心疾患患者の非心臓手術については,米国循環器学会が中心となり診療ガイドラインが整備されているが,患者の多い慢性閉塞性肺疾患(COPD)や糖尿病あるいは慢性腎不全などの疾患については,確固たる診療指針は存在しない。私たちは,自分の経験値から“良かれ”と考えられることを計画するだけであり,そのより所を求めてきた。
今回紹介する「麻酔科医のためのリスクを有する患者の周術期管理」はまさにそうした,慢性疾患をどのように理解し,対応するのかについてまとめられた一冊である。
本書は3部構成で,第1章では麻酔薬や麻酔法がもつ有用性や問題点を整理している。患者にその麻酔法を選択する理由について合理的に説明するのに役に立つであろう。第2章は,各論ともいうべき部分で,リスクを有する患者の周術期管理の実際が整理され,述べられている。疾患ごとにまとめ方はさまざまであるが,基本的に疾患概念,術前評価と麻酔計画,術後管理,インフォームドコンセントについてツボを押さえた記載になっている。特に,情報のなかなか得にくい,心臓移植後の患者,複雑心奇形術後の成人患者,精神神経疾患,長期オピオイド使用中,拒食症・るいそう患者,妊娠中の非産科手術など,診療上のヒントに満ちた情報があり,周術期のアプローチを探るために大変に有用である。第3章は,緊急手術をテーマにしたもので,さらに対応の難しい応用問題と考えられる。喘息発作中の患者,扁桃摘出術後出血患者,RhD(-)型血液の患者,抗血栓療法を受けている患者など,できれば遭遇したくない,と考えがちなテーマが整理されて提供されている。
実際の症例を前に紐解くのもよし,コラムやトピックスというピンポイントの情報も紹介されているので,普段の読み物としても大変に興味深い。周術期医療を担う麻酔科医にとってタイムリーな1冊である。