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プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 1 耳鼻咽喉科 日常検査リファレンスブック

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 1 耳鼻咽喉科 日常検査リファレンスブック published on

ENTONI No.300(2024年8月号)「Book Review」より

評者:村上信五(名古屋市立大学名誉教授)

この度,中山書店から新シリーズ《プラクティス耳鼻咽喉科の臨床》の第1巻として『耳鼻咽喉科 日常検査リファレンスブック』が発刊されました.リファレンスブックとは「参考図書」のことで,資料や事柄等,何かを調べるための本,つまり,その一部を読むだけで利用者の目的が達成できるように編集された書です.耳鼻咽喉科頭頸部外科領域において検査に特化した書籍の発刊は近年になく,本書は耳鼻咽喉科医のみならず臨床検査技師や言語聴覚士にとっても理解しやすい,最も頼れる一冊と言えます.

本書の特徴は,聴覚やめまい,平衡,顔面神経麻痺,音声言語,嚥下障害などにおける生理検査だけでなく,耳鼻咽喉科頭頸部外科疾患の画像診断や頭頸部腫瘍関連検査,感染症関連検査など,すべての検査を網羅していることです.そして第11章では「症候から考える検査バッテリー」として,めまいや難聴,顔面痛・頭痛,嚥下障害,頸部腫脹,呼吸困難など日常診療で頻回に遭遇する症候を取り上げ,診断のポイントとプロセス,必要な検査と鑑別をフローチャート形式で分かりやすく解説しています.最後のAppendix(付録)には,検査の正常値(基準値)と正常画像が掲載されており,各疾患における検査の値異常や重症度が一目瞭然に理解できるようになっています.検査を基本から学びたい方は各章をじっくり精読し,ある程度理解している方は迷った時に,そして,外来診療においては傍らに置いてAppendixを参照いただくのが本書の上手な活用と考えます.

平成16年に新医師研修制度が発足し,研修医の多くが大学病院や医育機関を離れ,市中の研 修指定病院で初期研修を行い,病院に留まるケースが多くなっています.そして,耳鼻咽喉科専攻医が諸検査を臨床検査技師や言語聴覚士に丸投げし,自ら実施する機会が少なくなっています.その結果,検査ができない医師や技師の検査の誤りを指摘できない医師が増えています.検査は治療の選択や予後の判断に重要で,正しく実施され,解釈されなければ患者に多大な不利益をもたらし信用をなくします.患者に正しい医療を行い,看護師や検査技師に信頼され尊敬されるためにも検査の正しい理解と実施は必須です.

『耳鼻咽喉科 日常検査リファレンスブック』は,一冊で医師,臨床検査技師,言語聴覚士が共に学べる最適の検査書として推奨できます.

メニエール病-ストレス病を解き明かす

メニエール病-ストレス病を解き明かす published on

評者:内藤 泰(神戸市立医療センター中央市民病院 耳鼻咽喉科・総合聴覚センター長)

メニエール病は代表的なめまい疾患であるが、原因は不明とされ、その治療は基本的に対症療法にとどまっている。本書の著者である高橋正紘先生(元山口大学、東海大学教授、元日本めまい平衡医学会理事長)は大学教授を退職された後、自身のめまいクリニックを開設、膨大な数の臨床例の長期観察と治療経験から、メニエール病の本質をストレス病と位置づけ、その治療法として日常的な有酸素運動の有効性を示された。本書では、メニエール病の本質をストレス病とするに至った背景、その根拠となる臨床データ、有酸素運動の効果、ストレスがメニエール病発症につながるメカニズムに関する論考がまとめられているが、いわゆる学術書ではなく一般向けの科学書の体裁になっており、著者のメニエール病に対する思いや考えがストレートに述べられている。

メニエール病の診療経験のある医師であれば、その患者プロフィールとして細部まで間違えないように仕事に取り組む緻密さや、時に自身の体調を犠牲にしてでも物事をやり遂げる完璧への志向など、特有の性格的傾向を感じることが多いであろう。最新の「メニエール病・遅発性内リンパ水腫診療ガイドライン 2020年版」(日本めまい平衡医学会、金原出版、2020年)においても疫学の項でメニエール病患者の几帳面な性格的特徴が述べられ、生活指導としてライフスタイルの改善や有酸素運動の効果について言及されているが、その分量はガイドライン本文の1%にも満たない。米国耳鼻咽喉科学会のメニエール病診療ガイドライン(Clinical Practice Guideline: Ménière’s Disease, American Academy of Otolaryngology-Head and Neck Surgery, 2020年)の中でも、「歴史的に見ると食餌の塩分やカフェイン、アルコールの制限、ストレスの軽減が長らく提唱されてきたが、ランダム化対照臨床試験が乏しく、これらの予防策に関する真のコンセンサス合意はない」とされ、「ストレス」は片隅に追いやられている。このような現在の潮流に鑑みると、本書はユニークで、いわば「孤高の書」と言える。

評者は、以前勤務していた大学病院で難治性メニエール病のめまい発作制御に内リンパ嚢開放術や前庭神経切断術などの外科的治療を積極的に行っていたが、市中病院に着任してメニエール病の発症を防ぐことに力点を移し、その病因としての患者の日常的ストレスについて詳しく尋ね、運動習慣をもつように勧め、著効例も経験するようになった。評者の編著書「めまいを見分ける・治療する」(ENT臨床フロンティア、中山書店、2012年)でも高橋先生にメニエール病患者のライフスタイル改善と有酸素運動治療についてご執筆頂いている。このような経験から、本書で繰り返し引用されているWilliam Oslerの「患者がどんな病気に罹っているかよりも、患者がどんな人間かを観察することが重要」という言葉には評者も深くうなずくところである。

メニエール病診療においてめまい発作や難聴の悪化を制御改善する薬物療法や外科的治療は患者の病状に応じて必要な場面があり、個々の患者でストレス源が分かっていても解決できない状況もあり得るので、すべての患者でライフスタイルの改善と有酸素運動だけで問題が解決するとは言えないであろう。また、著者が論考しているストレスからメニエール病に至る病的機序の仮説についてはさらに科学的検証を要する点もあると思われる。しかし、本書で提言されている、「なぜ人がメニエール病になるのかを考える」という、疾患の原点に立ち戻る姿勢は重要であり、この点において本書は医療者だけでなく患者諸氏が読まれても役立つものと考える。

最後に、本書とシェークスピアの戯曲との関連について述べる。本書は20章からなるが、各章の冒頭にシェークスピアからの引用がある。まずこれを読み、その章の読了後、もう一度この台詞を読むことをお勧めする。シェークスピアからの引用の中に本文内容を詩的に凝縮したような、時に辛辣な含意が感じられ、味わい深い。そして、あらためて全ての章のタイトル部分を眺めると、おそらくシェークスピアで最も有名なハムレットの台詞「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」(河合祥一郎訳、2003年)が引用されていないことに気づく。この台詞には他にも「生か、死か、それが疑問だ」(福田恒存訳、1955年)など幾多の名訳があるが、メニエール病について考え方の転換を迫る本書には、ハムレットの内心を率直に表した1972年の小田島雄志訳がふさわしい気がするので、これを引用して本稿のまとめとしたい。「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」。本書の読者はどちらを選ぶであろうか。

臨床麻酔薬理学書

臨床麻酔薬理学書 published on
麻酔 Vol.73 No.3(2024年3月号) 「書評」より

評者:内田寛治(東京大学大学院医学系研究科生体管理医学講座麻酔科学)

今回紹介する「臨床麻酔薬理学書」は日本麻酔科医会連合出版部が事業活動の一つとして出版部を設けて発刊する書籍の第一号である。本書の編集委員によって先に発刊された「臨床麻酔科学書」の内容をさらに掘り下げた内容となっている。

意識がある患者を,薬剤を利用して,意図的かつ一時的に手術実施が可能な状態に陥らせ,その間の全身状態を精緻に管理することを日常的に実践する医師,すなわち麻酔科医師が,正確な薬物動態学,薬力学の知識と実践経験を持って患者に向かうことは,麻酔科医のアイデンティティそのものである。

1950年,日米医学教育者協議会の来日講演で,近代医学が日本にもたらされたが,その一員として,筋弛緩薬を使用した全身麻酔を紹介したDr.Sakladは,“麻酔は臨床生理であり,臨床薬理である”と言い,麻酔は単なる手技であるとの考えであった当時の外科医を驚かせたという。第1章の冒頭にある “臨床麻酔とは「臨床薬理学/臨床麻酔薬理学を実践する臨床医学」である”との記述はまさにこの精神を受け継いだ正統な書籍であることを裏付ける。

本書では,第一部を薬理学総論として,薬物動態学・薬力学に関する考え方を,実際に臨床で使用する薬剤やモニタリングを例に挙げつつ,わかりやすく記述している。また,第二部では各論として,麻酔科医師が手術麻酔・集中治療・ペイン・緩和領域で実際に使用する薬物,すなわち全身麻酔の三要素に影響する薬剤(吸入・静脈麻酔薬,オピオイド,その他の鎮痛薬,筋弛緩薬,局所麻酔薬)に加えて,循環作動薬,抗不整脈薬,利尿薬,抗凝固薬,ステロイド,制吐薬,産科麻酔領域で子宮収縮・弛緩に使用する薬剤,マグネシウム製剤,消毒薬を取り上げ,それぞれについて総論で基本的な薬理メカニズムの解説,各論で個別の薬剤について述べている。現在の臨床麻酔に関わる薬剤をここまで網羅している成書は本書をおいてほかにない。編集主幹の森田潔先生,編集委員の川真田樹人先生,齋藤繁先生,佐和貞治先生,廣田和美先生,溝渕知司先生の慧眼に深く敬服する。

本文ではエビデンスを意識した記述が徹底されており,文献も最新のものが取り入れられている。薬物の添付文書では得てしてわかりにくい薬効薬理を,本書では図などを用いてわかりやすく記述することが意識されている。

本書の内容は,麻酔科専門研修以上の医師であれば読みやすく,通読して麻酔薬理学の知識を整理することに適しているが,索引も充実しており,使用頻度の低い薬物を使用するときに参照して,効果メカニズムを理解する際に大変重宝する構成である。

麻酔科専門医を目指す若い麻酔科医師だけでなく,ベテランの麻酔科医にとってもハンディに手にとれる場所に常備しておくことをお勧めしたい。

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 5 難聴・耳鳴診療ハンドブック

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 5 難聴・耳鳴診療ハンドブック published on
ENTONI Vol.292(2024年1月号)「Book Review」より

評者:原 晃(筑波大学副学長・理事・附属病院長)

この度,《プラクティス耳鼻咽喉科の臨床》シリーズ(総編集:大森孝一先生)第5巻『難聴・耳鳴ハンドブック』(専門編集:佐藤宏昭先生)が刊行されました.

本書は難聴・耳鳴の領域を広くカバーし,実に73名の各領域のトップランナーが充実した内容を執筆されています.ざっと表題を追ってみても,先天性難聴,内耳・中耳奇形,先天性感染,後天性難聴,中枢性難聴の診断・検査の進め方,伝音難聴,急性感音難聴,外傷性難聴,慢性感音難聴,聴覚リハビリテーション,聴覚求心路障害,後迷路性難聴,耳鳴の診断と治療などが掲げられています.また,それぞれの疾患への診断・治療のエビデンスレベルも記載されており,ガイドラインとしても十分耐えうる内容と思料されます.さらには,adviceとして鼓膜の再生療法,迷路振盪症,身体障害者認定交付意見書作成に関する注意点および保険医療で扱われる範囲,難聴と認知症が解説されており,希少疾患・患者ながらも普段の診療で迷う事柄についても精緻に理解できるような構成になっており,まさに手元に置いておくことで極めて有用性が高いものと思われます.巻末にはAppendixとして急性感音難聴の診断基準と耳鳴の問診票と質問票が付されており,これも普段の診療において役立つこと請け合いです.

一方,Topicsとして,iPS細胞創薬の現状,ワイドバンドティンパノグラム,新しい埋め込み型骨導補聴器,内耳上皮細胞を標的としたバイオ医薬品の開発,反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)療法が掲載されております.これらは,これから聴覚基礎研究を志す若手の耳鼻咽喉科医にとってはまさに研究の糸口,入口を示唆されるのではないでしょうか.佐藤宏昭先生ならではの若手の基礎研究者へのencourageになっているのではないでしょうか.そういう意味からも,本書はできるだけ若手の耳鼻咽喉科医が読まれることを強く推奨します.また,検査や手術手技に関する動画もみることができるようになっており,若手臨床家のオリエンテーション資材としても誠に優れた構成になっているものと思料します.

耳鼻咽喉科医,殊に若手の耳鼻咽喉科医はぜひともご一読を! そして,常に眼科に比して10年遅れているといわれる基礎研究者が一人でも多く出てこられることを衷心より願っております.

心臓血管外科手術エクセレンス 先天性心疾患の手術

心臓血管外科手術エクセレンス 先天性心疾患の手術 published on

評者:今井康晴(元東京女子医科大学循環器小児外科教授)

坂本喜三郎先生編集の『先天性心疾患の手術』を拝見して、1975年に今野草二教授と一緒に“The Ciba Collection of Medical Illustrations”の『心臓』を和訳した時を懐かしく思い出した。この“Ciba Collection”の特徴は医師のNetterが心臓の解剖を臨床で役立つ割面として描いたもので、心臓の立体構造の理解に役立つ教科書となった。しかし先天性心疾患の手術は多岐にわたる奇形を修復するので非常に多種類の術式があり、従来、手術書としては一般的に施行される術式を網羅するのが精々であった。小児の手術の特徴として、数十年にも及ぶ長期間予後のQOLを良好に保つという困難性があり、当然のことながら術後も修復した心血管の成長が保証されなければならないという困難性もある。3kg内外の新生児が、およそ20倍の60Kgの成人に成長するに見合う修復または再建血管を作成する困難性である。

今回の企画は、第一線の経験ある心臓外科医を対象として、より高度な心臓手術をそれぞれのExpertが実際の手技をstep-by-stepに解説し、術中写真と、心臓外科医である長田信洋先生自身の経験に基づいた正確なillustrationに加え、動画を駆使したもので、素晴らしい今までにない実際に役立つ手術指導書となっている。また、良好な視野を得るための送脱血法や視野の展開法、血管吻合時の吸引などのtrickの数々、MAPCAの薄く脆い血管壁の#8-0でのangioplasty等、それぞれのExpertの経験に裏付けられた貴重な情報の集大成となっていて、手術手技の伝承に非常に有効で、従来にない教科書と言える。特に、血管形成に自家心膜や自家血管壁を使用して肺動脈形成を施行するなど、安定した体外循環技術の裏付けがあっての綿密なangioplastyが印象的である。
従来のいわゆるRastelli手術では高い頻度の再手術が不可避であった。その頻度を減らす目的でe-PTFE導管などの利用、自家心膜導管や、末梢肺動脈断端を右室に縫着するREVなど試みられてきたが、未だ問題がある。この点ではNikaidoh手術とか、山岸正明先生のHTTS法なども推奨されるべき方法であろう。また複雑心奇形では姑息手術を複数回重ねて最終の根治手術にたどり着く症例も多くみられたが、hypoplastic LVのSano手術は一度の姑息手術でFontan手術に至る優れた方法である。

いずれにせよ先天性心疾患の手術には修復する心奇形の3D imageの習得が重要であり、動画を見ると実際の手術手技が術者の視野で再現されるので、癒着の剥離や視野の展開、縫合技術などの習得の助けになり、反復して観察できることも従来の手術書には見られない利点である。
本書は手術手技の伝承に非常に有効な従来にない教科書であり、心臓手術の指導書として他に例を見ないもので、将来、英訳本の出版も期待したいところです。

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 3 耳鼻咽喉科 薬物治療ベッドサイドガイド

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 3 耳鼻咽喉科 薬物治療ベッドサイドガイド published on
ENTONI Vol. 288(2023年9月号)「Book Review」より

評者:村上信五(名古屋市立大学医学部附属東部医療センター耳鼻咽喉科 特任教授)

この度,中山書店から新シリーズ《プラクティス耳鼻咽喉科の臨床》の第3巻として『耳鼻咽喉科薬物治療ベッドサイドガイド』が発刊されました.

これまでの耳鼻咽喉科領域の薬物治療は外来診療を目的とする書物がほとんどでしたが,本書は入院治療,すなわちベッドサイドでの診療に主眼を置いているところが特徴です.とは言っても外来診療でも十分役立つ重宝な書物です.また, 目次は疾患別ではなく薬物のジャンルで括り,薬品の種類や効能発現機序,有害事象,副反応などについて,分かりやすいシェーマや表を用いて解説しています.そして,耳鼻咽喉科疾患の治療に関しては実際例を提示して,疾患の病態から診断,治療,予後について解説しています.薬物治療に関しては,最新のガイドラインに沿った処方がStep by Stepに重症度や難治度に対応して提示されており,実践的かつup to dateな薬物治療マニュアルと言えます.また,本書では頭頸部癌を代表する扁平上皮癌や唾液腺癌,甲状腺癌に対する抗がん薬に関してもシスプラチンなどの殺細胞性抗がん薬から分子標的薬,免疫チェックポイント阻害薬に至るまで,有効性と有害事象が詳細に解説されています.そして,新薬だけでなく漢方薬についても,選び方や使い方,有害事象がコンパクトにまとめられ,耳管開放症や耳鳴,めまい,味覚障害,舌痛症,口腔乾燥,咽喉喉頭異常感症,喉頭肉芽症など新薬が奏功しにくい疾患に対する漢方薬の具体的な処方が紹介されています.漢方薬治療が苦手な耳鼻咽喉科医にとっては有難く,漢方薬入門書であると同時に実践的漢方治療マニュアルと言えます.

また,本書のもうひとつの特徴として要所随所に「Topics」や「Advice」,「Pitfall」などのコーナーがあり,「Topics」には疾患や薬物の最新情報が,「Advice」には投与方法のコツや知りたいこと,疑問に思っていたことなどが,そして,「Pitfall」には薬剤の安全性や複数投与における相乗効果などの注意点や落とし穴が記載されています.いずれも日常診療を行うために必要不可欠な情報で,Coffee Break的な感覚で休憩時に薬物にまつわる豆知識を得ることができます.

総評として,本書は耳鼻咽喉科頭頸部外科領域のすべてを網羅するベッドサイドの薬物治療ガイドで病院や病床を有するクリニックは必須の書と考えます.また,外来診療においても十分活用でき,特に薬物の種類や効能,作用機序等が詳細かつ分かりやすく記載されているので,患者さんへの説明には最適の書と言えます.そして何より,耳鼻咽喉科専攻医は勿論,専門医にとっても薬物の基礎から適応,使い方の最新情報を得るための必携の書ではないでしょうか.

Jackler 耳科手術イラストレイテッド

Jackler 耳科手術イラストレイテッド published on
ENTONI Vol. 287(2023年8月号)「Book Review」より

評者:飯野ゆき子(東京北医療センター耳鼻咽喉科/難聴・中耳手術センター)

手に取ってみるとずっしり重い! そして内容もずっしり重い!! 本著は著名な米国の耳科・神経耳科医であるRobert K. Jackler教授の著書“Ear Surgery Illustrated-A comprehensive Atlas of Otologic Microsurgical Techniques”の日本語訳本である.Jackler教授は1987年に内耳の先天異常の分類を手がけ,現在最も標準的に用いられているSennaroglu and Saatciの分類の元になった研究で有名である.また比類のない耳科手術医としても知られており,本著に先立ち1996年に“Atlas of Skull Base Surgery and Neurotology”を刊行している.1995年から2006年まで“Otology&Neurotology”のEditor-in-Chiefを務められ,まさに米国の耳科学を長年牽引なさっているスーパースターで,現在はStanford Universityの名誉教授である.このJackler教授の英文書を,日本における耳科手術のスーパースターである欠畑誠治先生(山形大学名誉教授/太田総合病院中耳内視鏡手術センター長)と神崎晶先生(東京医療センター感覚器センター)が中心となり日本語訳し,このたび出版の運びとなった.日本語訳にあたり,これだけの素晴らしいイラストのatlasであれば何も訳本の必要はないという意見があったという.しかし自身も感じるが,手術の前にちょっと確認したいと思い,何気なく手に取るのは英語のatlasではなく,やはり日本語のatlasなのである.容易に頭に入ってくる.以下にこの訳本の特徴を列記する.

  • わかりやすいイラスト:Mrs. Christine Gralappという卓越した医学イラストレーターの協力を得て,美しいイラストで構成されている.色彩を豊富に使用し,余計な細かい点は除外しており,写真より重要な点が強調されているため非常にわかりやすい.手術手技ではこのイラストが段階ごとに非常にクリアーに紹介されている.
  • 眺めて楽しむ:大きく綺麗なイラストを見ているだけで,解説を読むことなく理解できる.解説は簡潔であるが,危険を伴う場合は詳細に記載されている.
  • 目次構成の素晴らしさ:第1章は耳科の手術解剖,2章は耳科手術の基本,そして3章から15章までは各疾患に対する手術法という構成から成る.中耳疾患のみならず,めまいに対する手術,人工内耳手術,脳瘤等の頭蓋底手術など,ほぼ網羅されていると言って過言ではない.
  • 蘊蓄のある“はじめに”:各章は“はじめに”という項で始まる.ここには著者のその章に対するこだわりが書かれている.例えば第2章「耳科手術の基本」では“術者は背もたれのある椅子を使用して適切な姿勢をとることが大切である.術者の多くはこの人間工学にほとんど注意しないので,慢性的な背部痛に苦しんでいる”とある.私自身も慢性的な頸部痛持ち.背もたれ付きの椅子が必要である.第4章「アブミ骨手術」では“手術の成功には技術的な卓越性よりも精神的な準備,適切な判断そして自分の限界を知ることが重要である”と.これはまさに私がアブミ骨手術のみならず,耳科手術全てに対していつも感じていることである.
  • 病態に迫った術式の解説:手術法のみならず,病態を理解することが必要な場合はその解説も述べられている.例えば第8章「真珠腫」では真珠腫の成因と成長様式に関する説明も加えられている.
  • 役立つ付録付き:第16章は付録となっている.これは患者向け教育用ハンドアウトであり,解剖や手術法に関するイラストを医師が患者さんの説明用に使えるように提供してくださっている.解剖学的用語は全て日本語訳されている.

この歴史に残る名著『耳科手術イラストレイテッド』を是非手に取ってページを繰っていただきたい.感動すること間違いなしである.特にこれから耳科医を目指す先生にとっては耳科手術の魅力を十分に伝えてくれるワクワクする一冊となろう.最後に本著の日本語訳に精力的に取り組んでくださった監訳者の欠畑誠治先生,神崎晶先生,そして他の訳者の先生方のご尽力に心から感謝申し上げます.

鼓膜再生療法 手術手技マニュアル

鼓膜再生療法 手術手技マニュアル published on
ENTONI Vol. 286(2023年7月号)「Book Review」より

評者:小川 郁(慶應義塾大学名誉教授/オトクリニック東京院長)

難聴は多くの疾病によって生じる最も頻度の高い耳症状の一つであり,昨今の高齢化によって認知症の観点からも注目されている.しかし,世界的な高齢化が急速に進んだ最近の40年間に難聴に対して保険適用された治療薬としては本書「鼓膜再生療法手術手技マニュアル」の主役である鼓膜穿孔治療剤リティンパRが初めてである.山中伸弥教授によってiPS細胞が発見されてから多くの領域で再生医療の研究開発がしのぎを削る中,いち早く保険適用された鼓膜穿孔治療剤による「鼓膜再生療法」はまさに画期的な薬剤であり,世界的にも注目されている治療法である.

鼓膜穿孔による難聴の頻度は加齢性難聴など超高齢社会で急増している難聴の中ではそれほど高いものではないが,合併する耳鳴や耳漏などの症状とともに患者さんのQOLに大きく影響し,その簡便な治療法となる鼓膜再生療法は患者さんにとっても大きな福音となることは間違いない.単に鼓膜穿孔閉鎖による難聴の改善のみならず,耳漏の停止による補聴器の適切な装用が可能になるなど,その効果は極めて大きい.従来,鼓膜穿孔の治療法としては鼓膜形成術や鼓室形成術が行われていたが,いずれも鼓膜形成に必要な筋膜や軟部組織の採取のための外切開や時には全身麻酔が必要になることを考えると,通常診療の座位で外切開を要しない「鼓膜再生療法」は高齢者にとっても極めてやさしい治療法になっている.

「鼓膜再生療法」は2004年に金丸眞一博士によって研究開発が始められ,足掛け20年を費やし完成した治療法である.多忙な日常臨床の合間にこつこつと研究開発を進め,基礎研究から臨床研究,そして2019年の保険適用までまさに孤軍奮闘で成し遂げた画期的な治療法であり,金丸博士の卓越した研究の構想力と遂行力,臨床応用における組織力には心から敬意を表したいと思う.また,本書『鼓膜再生療法 手術手技マニュアル』の発刊は編集を担当された金井理絵先生と各項目を執筆された先生方,素晴らしいイラストを提供された山口智也先生など主に田附興風会医学研究所北野病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科のチーム力によるものであり,改めて金丸眞一博士の人望のなせる大きな成果であると言える.金丸博士が序文で述べられているように,「鼓膜再生療法」は完成された治療法ではなく,生まれてやっと独り立ちできた段階である.今後,さらに「鼓膜再生療法」の改良や臨床例の蓄積により,一人でも多くの患者さんの笑顔に接することができるように「鼓膜再生療法」が普及,日常臨床に浸透することを,そして本書がそのための座右のテキストとして活用されることを期待したい.

心臓血管外科手術エクセレンス 心臓血管外科手術基本手技

心臓血管外科手術エクセレンス 心臓血管外科手術基本手技 published on
推薦文

橋本和弘(東京慈恵会医科大学心臓外科前主任教授、学長補佐)

慈恵医大心臓外科で、共に診療、教育、研究に携わり、私を支えてくれた坂東 興君の責任編集による心臓血管外科手術エクセレンス基本手技が発刊された。

本書はすでに専門医を取得し、術者として更なる飛躍する時期を迎えた心臓外科医が知識を深め、スキルアップを目指すのに最適である。正に待望の見て、試して学ぶ実践シリーズ教本である。更に心臓血管外科専門医取得を目前とし、心臓外科医として羽ばたく時期にあたる方々にとっては基本知識の習得、基本術式を知る上で有用である。本書の他に類を見ない特徴は、要所に術者目線で撮影された質の高い手術・操作Movieが提供され、パソコン、モバイル端末で何時どこでも閲覧可能となっている事にある。このアドバンテージの活用には興奮さえ感じるであろう。加えて、心臓外科医である長田信洋先生の手術画は、専門家による手術絵で、実際の写真では描写しにくい部分をも解剖に則して精緻に表現している。

正に『本書はこれまでにはなかった企画・構成による画期的な教本!!』と断言でき、一流の術者を目指す方々の期待を裏切らない力作、出来栄えとなっている。

私は日本心臓血管外科学会を主催した際に「Mentorship & Developing Excellence」をスローガンとして掲げた。この教科書はまさにその趣旨を経験・達成できるチャンスをも皆に与えてくれている。各領域をリードするエキスパートの先生方の技術をビデオで繰り返し見ることによって、その操作・手術を術者がどの様な手順で、如何なる点に注意して行っているかを学び、自分やチームに不足していたテクニックを習得する。さらに、その術中Movieを繰り返し見ることで技術ばかりではなく、術者の集中度、術野の雰囲気、教育に対する熱意をも感じる取ることが出来る。つまり、名医のNon-technical skillsをも学べる。本書を通して得られる新しい機会を生かし、多くのMentorと出会い、自身のDeveloping Excellenceの好機として欲しい。

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 4 めまい診療ハンドブック

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 4 めまい診療ハンドブック published on
ENTONI No.275(2022年9月号)「Book Review」より

評者:石川和夫(秋田大学名誉教授)

久しぶりに,「めまいの診断と治療」に関する良書が上梓された.

めまいの原因は多岐にわたるが,平衡機能の維持に関わる重要なセンサーが内耳に存在する故に,末梢前庭系の様々な機能異常により引き起こされるものが多い.めまいは,その辛さを他人に理解して頂くことが困難な病態である.従って,なるべく早期に適正な診断を下し,疾患特異的ですらある治療を施してなるべく早期にめまいから開放されるように対応しなければならない.

そのためには,適正な検査を施行し,その結果を正しく判断して患者特有のめまいの病態を把握して治療に結びつけなければならない.

こうした観点からみるとき,今回出版された武田憲昭教授専門編集による『めまい診療ハンドブック』は,実際的でよく纏め上げられている.めまい患者を取り扱う上で重要な事柄が,中枢性疾患との鑑別も含めて,めまい疾患全般にわたり,最近の新しい疾患概念(持続性知覚性姿勢誘発めまい〈PPPD〉,前庭性発作症,前庭性片頭痛など)も加えつつ解説されており,各種検査法においても,vHITや前庭誘発筋電位(VEMP)も取り入れ,理解を助けるための図表も適宜入れながら,各領域の専門家により実によく取りまとめられている.

治療薬については,なぜ有効なのかについて,その薬理学的背景などもよく説明されているのも大事な点である.さらに,我が国では,既に超高齢社会に突入していて,高齢者のめまい患者も多くなり,この観点に立った対処法についても,さらにまた,慢性めまい症に対する前庭リハビリテーションとその実施法などについても詳細かつ分かりやすく解説されている.本書の最後に補遺として,代表的な疾患の診断基準も示されており,使いやすいように配慮されている.

めまい相談医は勿論,めまい患者を取り扱う医師の座右の書として活用して頂きたい良書である.