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脳卒中データバンク2021

脳卒中データバンク2021 published on
内科 Vol.128 No.5(2021年11月号)「Book Review」より

わが国の脳卒中医療の現状を映す鏡

評者:戸田達史(東京大学大学院医学系研究科神経内科学教授)

国内多施設での登録事業「日本脳卒中データバンク」が活動を始めてから20年余が過ぎました.本事業を創始された小林祥泰先生(島根大学名誉教授)を中心に数年ごとに解析結果をまとめて出版されるのを,これまで楽しみに読んできました.数年前に国立循環器病研究センターに管理運営が移管されたと聞き及んでいましたが,移管後初めてのまとめとなる最新版「脳卒中データバンク2021」が,今春刊行されました.「脳卒中・循環器病対策基本法」も法制化され,一般市民の方々の脳卒中への関心も高まる中で,時宜を得た企画といえます.
脳卒中は戦後の一時期,国民の最大の死因であり続け,現在でも約300万人の有病者をかかえる国民病です.一命を取り留めても高度の後遺症を遺す患者も多く,国民の健康寿命の延伸に大きな障碍となります.発症後早期に脳組織を不可逆的に損傷させるため,長年にわたって有効な治療法を欠き,治らぬ病気とみなされた時期が続きました.しかし今世紀に入ってt-PA静注療法(静注血栓溶解療法)や経皮的な機械的血栓回収療法の開発,脳画像診断の進歩などに伴い,飛躍的に治療成績を高めるようになりました.そのような脳卒中診療の転換期であるこの約20年のデータをふんだんに掲載した本書は,まさに「わが国の脳卒中医療の現状を映す鏡」といえましょう.
本書では,2018年末までに登録された急性期脳卒中(脳梗塞,脳出血,くも膜下出血),一過性脳虚血発作の患者20万例弱の臨床情報を,多くの分担執筆者が独自の切り口で解析しています.たとえば脳卒中は何歳くらいで多く発症するのか,どのくらい重症で,どのくらいの割合で後遺症を遺し,また自宅復帰できるのか,そのようなごく単純な疑問にも,十分な症例数で回答を示しています.興味深いテーマごとに解析された結果は,多数のグラフや表で示されており,視覚的にもわかりやすいものになっています.
わが国には,脳卒中や認知症,頭痛,てんかんなど,非常に多くの患者を有する神経疾患がありますが,その正確な発症者数や臨床転帰を把握するのはなかなか困難です.脳卒中においては,前述した対策基本法に基づく全国患者登録が早晩始まるそうですが,全国の患者を悉皆性高く収集するにはまだ相当の時間を要するでしょう.そのような中で脳卒中医家はもとより,一般開業医の先生方やふだん神経疾患を診る機会の少ない医師,脳卒中のリハビリに携わる医療スタッフの方々などにも,本書をお手元に置き,あるいは電子版を端末に載せ,脳卒中に関して湧き上がる疑問を解く参考書として,ぜひ役立てていただきたく思います.


medicina Vol.58 No.9(2021年8月号)「書評」より

評者:宮本 享(京都大学医学部附属病院長)

「脳卒中データバンク2021」には,1999年に研究開始された日本脳卒中データバンクに,日本全国の130を超える施設から登録され蓄積された約17万例の急性期脳卒中の臨床情報解析が掲載されている.
本書の第1部には,日本脳卒中データバンクの概要とデータ分析が記載されている.まず,脳卒中に対する医療政策を行うにあたって,本邦における脳卒中のデータベースがないことが大きな問題であることに20年以上前に注目し,本事業を立ち上げられた小林祥泰先生をはじめとする先達の慧眼に深甚なる敬意を表したい.標準化された診断名と評価尺度に基づいて登録された精度の高いデータに基づく分析であり,経年変化などの分析は本邦における脳卒中の変遷を示す貴重なデータと考えられる.
つづいて第2部では,疾患や病態,治療法その他のテーマごとに,日本脳卒中データバンクに登録された膨大な症例をもとに分析と解説がなされている.各項目の冒頭には,わかりやすくサマリーが箇条書きに掲載されている.
さいごに第3部では,日本脳卒中データバンクを用いた研究論文についての解説がなされており,本書は「本邦における最近20年間の脳卒中医療のとりまとめ」といってよい内容となっている.豊田一則先生を中心とした「国循脳卒中データバンク2021編集委員会」の皆様のご尽力に感謝したい.
2018年12月に「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中,心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法」いわゆる脳卒中・循環器病対策基本法が成立し,循環器病対策推進基本計画が策定され,悉皆性がある脳卒中・循環器病の情報をどのように収集していくかということが,現在検討されている.多数の治療施設が全国に分散していて均てん化が求められ,急性期医療であり,地域連携で転院をしていく脳卒中の登録には,治療施設が集約化されており,データ登録に時間的余裕がある「がん登録」とは異なる課題がある.今後,循環器病対策推進基本計画に基づく登録事業を成功させるうえでも,日本脳卒中データバンクのこれまでのノウハウは大変貴重な経験であり,それをまとめた本書を,本邦における脳卒中医療従事者には是非精読していただきたい.

アクチュアル 脳・神経疾患の臨床 免疫性神経疾患

アクチュアル 脳・神経疾患の臨床 免疫性神経疾患 published on

神経免疫の領域で世界的に活躍している先生方を執筆陣としている

BRAIN and NERVE Vol.68 No.10(2016年10月号) 書評より

書評者:糸山泰人(国際医療福祉大学 副学長)

〈アクチュアル脳・神経疾患の臨床NEXT〉『免疫性神経疾患 病態と治療のすべて』を読ませていただきました。ずしっとした本書の重みが単なる病気の教科書的解説の寄せ集めではなく,実際の免疫性神経疾患の病態解明と治療の進歩の情報に満ちあふれていることが分かりました。一般に神経疾患には難病が多く,病態は不明で治療法は乏しいという印象がありますが,本書はそうした固定観念を一掃してしまった感があります。
例えば,免疫性神経疾患の代表的疾患である多発性硬化症を例にとってみますと,わが国で難病対策が始まった1970年代の本症の認識は,「病態に免疫の異常が関与しているも,再発を抑える治療はない」というものでしたが,本書ではその認識が一変していることが分かります。即ち,「多発性硬化症はその主な病態機序は明らかにされ,それに対する分子標的療法を含む各種の病態修飾薬が奏効し,再発はほぼコントロールされるようになり,今後は長期予後を改善させる個別化医療が模索されている」という認識です。本書では,多発性硬化症に限らず多くの疾患で,これに類する病態解明や治療法の進歩が示されています。
本書には幾つかの優れた特色があります。その一つは神経免疫の領域で世界的に活躍している先生方を執筆陣としていることです。本書の専門編集者の吉良潤一先生は厚労省の免疫性神経疾患調査研究班の班長を務めてこられ,執筆者の多くはその研究班を支えてこられた先生方でもあり,それぞれの分野でオリジナリティの高い研究をされています。なかでもHTLV-1関連脊髄症,視神経脊髄炎,フィッシャー症候群およびPOEMS症候群ではわが国の研究者の貢献度が高く,その内容は大変に読み応えがあります。
第二の優れた点は,日々進歩しつつある神経免疫領域の最新の情報を網羅していることです。例えば,多発性硬化症の治療は新規の病態修飾薬の開発に加え,本邦での急速なドラッグラグ解消の努力とが相候って,ほぼ毎年のように新薬の導入が行われていますが,これに対応した治療の実際や副反応などへの対処法などが漏れなく述べられています。また,近年の研究の進歩が著しく,多様な情報が含まれるサイトカイン,ケモカインそれに抗神経抗体,抗糖脂質抗体ならびに各種のモノクローナル抗体治療薬に関しても分かりやすく解説されています。
もう一つの特記すべき特徴として,本書は通常の教科書にある各論を中心とした記載内容のみではなく,免疫性神経疾患を「知る」,「測る」,「治す」という章立てにして,神経免疫の基礎,バイオマーカーの解釈,それに治療法という切り口から情報がまとめられているのは,この領域を大局的に理解するのに役立っています。是非とも免疫性神経疾患の治療に当たられる神経内科をはじめ内科,小児科,脳神経外科の先生方,それに神経免疫に興味のある研究者や学生の皆さまに読んでいただきたいと思います。

鼻の先から尻尾まで 神経内科医の生物学

鼻の先から尻尾まで 神経内科医の生物学 published on

浮世絵の「見返り美人図」はどうみえるのかなど、興味深い内容

KOKUTAI 2013年9月号 informationより

「頭のてっぺんから足の裏まで」ではなく、感覚神経の分布的には「鼻の先から尻尾まで」をみる神経内科医である著者が、神経内科と同様に興味をもつ生物学全般について神経症候学的見地から考察しています。ヒトが進化史上どのような位置にあるかという観点では、浮世絵の「見返り美人図」はどうみえるのかなど、興味深い内容です。


医療現場発「観察と洞察」の面白さ

毎日新聞 2013年6月9日朝刊 書評より

評者:中村桂子

神経内科は、全身の神経系を対象とするので、「頭の天辺(てっぺん)から足の裏まで診察する科」と思ってきた岩田先生、近年その間違いに気づく。脊椎(せきつい)動物の先端は鼻、最後尾は尻尾(しっぽ)なのだ。四つん這(ば)いになってみると実感できる。先生の診療の基本は問診と診察、体に刺激を与えての反応の観察である。
観察は日常にも及び、洗髪後鏡を見ながら(なけなしの髪とあるが、それはどうでもよい)片目をふさぐと反対側の瞳孔が拡(ひろ)がることに気づく。瞳孔の大きさは明るさにより変化することはよく知られているが、そこでは両目に入る光量の和が効いているのだ。片目を閉じれば当然入力は減る。体験を生かす医師の教育をと願って、これを授業で用いると学生は驚いて体に関心を示すとのことだ。
これは「目玉の不思議」であり、このような観察と洞察が30話並んでいる。どれも専門知識と日常の眼が合体した面白さがある。「片頭痛は脳の病気?」には、突然の頭痛にこれで頭を縛るようにとデスデモナにハンカチを渡されるオセロが登場する。片頭痛は、拡張した動脈が三叉(さんさ)神経を引っ張って起こるので、縛って血流を減らすのがよいと説明できる。最近、動脈拡張の原因は三叉神経が炎症誘起物質を放出するためとわかり、原因遺伝子も見出(みいだ)された。ショパンも片頭痛に苦しんだ一人で、ピアノ・ソナタ第2番は第1楽章で予兆、次が恐怖、第3楽章の葬送行進曲は痛みに耐えるしかない諦め、第4楽章は脱力感と混迷だというのが岩田説だ。そう思って聴いてみよう。
「“むせ”れば安全」も紹介したい。人体で最もスリルに富んだところは「咽頭(いんとう)」だとのこと。気道と食物道が交差する咽頭が、人間では言葉を話す能力と引き換えに誤嚥(ごえん)を起こす構造になり、窒息の危険を抱え込んだ。これを避けるのが“むせ”である。高齢者の死因として多い肺炎は、唾液が気道に入っても、むせて咳(せき)で追い出せなくなり、唾液中の細菌が肺に入って起こる。高齢になって咳ばらいができなくなったら要注意である。医師でも肺炎の原因は食物の誤嚥とし、経口摂取を止(や)めればよいとする人がまだ多いが、それは違うとの指摘になるほどと思う。
患者の観察、解剖学で得た知識、生物進化への興味、芸術への関心などがみごとに混じり合った医師像が見えてくる。近年医学が科学技術化し、最先端科学と医療機器こそ最良の医療への道とされるが、現場でありがたいのはこういう医師の存在ではなかろうか。科学的知識は重要だが、診察し、判断し、治療するのは人間であることはいつの時代も変わらない。
ところで岩田医師が「神様の失敗」とする人体部分が四つある。頸椎(けいつい)、鼠径(そけい)輪、肛門の周りの静脈叢(じょうみゃくそう)、腰椎である。頸椎症、鼠径ヘルニア、痔核(じかく)、腰椎症に悩む人は確かに多い。頸(くび)は重い頭に耐えかね、腹筋の裾が閉じていないので内臓がはみ出し、イキむと肛門の周囲に血液が集まり、腰も体重を支えかねている。人間が立ち上がったために起きた問題である。頸椎も腰椎も動くようにと椎間板が入っているが、年と共につぶれて弾力を失ないちょっとしたことで椎骨からはみ出す。椎間板の耐用年数は40年とのこと。それなのに私たちはテニスで腰をひねり、車をバックさせようと頸をまわし、椎間板をこき使う。ここで岩田先生敢然と反スポーツキャンペーンを張る。「担ぐな、ひねるな、反るな、屈(かが)むな」と。オリンピック招致キャンペーンとどちらに分があるか国民投票も面白いかもしれない。

脳卒中データバンク2015

脳卒中データバンク2015 published on

日本の脳卒中の現状を浮き彫りに

メディカル朝日 2015年6月号 p.85 BOOKS PICKUPより

世界でトップクラスの登録者数による急性期脳卒中患者のデータを詳細に解析して臨床の現状を映し出す、貴重で多角的な情報集。本版では、1999年から2012年までの大規模な登録データによって年次推移も追えるようになり、超高齢化による心原性脳塞栓症の増加や、脳ドックなどでの予防手術によるくも膜下出血の減少傾向、t-PA承認後のデータなども解析した。
朝日新聞出版より転載承諾済み(承諾番号24-1461)
朝日新聞出版に無断で転載することを禁止します


日本における脳卒中の現状を浮き彫りにする好評書

Medical Tribune 2015年4月23日 本の広場より

2003年の初版発刊以来,脳卒中データバンクでは着実に参加施設や登録例数が増え続け,海外にも知られるようになった。本書は,2009年版から倍以上に増えた10万例を超える急性期脳卒中患者の登録データを集計・解析した全面改訂版。大規模データならではの多角的な解析で,日本における脳卒中の現状を浮き彫りにする好評書。登録開始から13年以上を経て年次推移も追えるようになった上,超高齢社会の問題点や脳ドックの脳卒中発症予防効果,新薬の治療効果などに関してもグラフや図表で解説している。

当直で 外来で もう困らない! 症候からみる神経内科

当直で 外来で もう困らない! 症候からみる神経内科 published on

診断・診療アルゴリズムがフローチャートで示され,しかも随所に図表が多用されており,視覚的かつ系統的に理解しやすい

内科 Vol.114 No.5(2014年11月号) Book Review

書評者:瀧山嘉久(山梨大学大学院医学工学総合研究部神経内科学講座教授)

本書は,「主訴」と「症候」から始まり,実際の神経内科診療の過程がわかりやすく記載され,初期研修医,専修医,神経内科専門医を目指す若手医師の神経内科診療の実践に役立つように意図されてつくられている.
きわめて広い守備範囲をもつ神経内科が取り扱う疾患について,診断・診療アルゴリズムがフローチャートで示され,しかも随所に図表が多用されており,視覚的かつ系統的に理解しやすい.若手医師が神経内科の勉強を始める際に,抵抗感なく自然に入り込める入門書として最適である.
「診断のコツ」と「治療のポイント」の二部構成で,「診断のコツ」では,日常診療で遭遇することの多い「呼びかけても反応しない」,「手足がけいれんする」,「頭がいたい」,「めまいがする」,「力がはいらない」など15種類の「主訴」について,病歴聴取のポイントと一般身体所見・神経学的所見の具体的な取り方,鑑別診断のために必要な検査,見逃してはいけない疾患が詳細に書かれている.「治療のポイント」では,「脳血管障害」,「認知症」,「パーキンソン病関連疾患」,「脊髄小脳変性症」,「神経免疫疾患」など代表的な神経内科的疾患に関して,基本的治療の内容が具体的に示されている.
若手医師が当直や外来などですぐに疾患を鑑別したいときに,いわゆるポケットマニュアルのように使うには,若干内容が盛りだくさんすぎるかもしれない.しかし,神経内科的疾患を解剖学的病態も含めて包括的に理解できる利点がある.さらに,神経内科の研修を楽しく充実したものにしてほしいという編者と執筆者の優しさが,「Point」,「予備知識」,「Red flags sign」,「key word」,「MEMO」として随所にあふれている.
本書は,若手医師には,ともすれば難解で敬遠されがちな神経内科に親しみをもたせて,その面白さを伝えてくれるに違いない.

てんかん症候群─乳幼児・小児・青年期のてんかん学 (原書 第5版)

てんかん症候群─乳幼児・小児・青年期のてんかん学 (原書 第5版) published on

世界中で読まれているてんかん学の教科書

BRAIN and NERVE Vol.66 No.11(2014年11月号) 書評

書評者:永井利三郎(大阪大学大学院医学系研究科教授)

本書は,本書の日本語版の序文で井上有史先生が述べておられるように,世界中で読まれているてんかん学の教科書です。近年,国際抗てんかん連盟(ILAE)の新しいてんかん症候群分類の提案があり,本書はそれに基づいて第5版として刊行されたもので,各てんかん症候群について詳細な記載がなされており,てんかん学の基本となる本です。本書の日本語版の刊行に当たった井上有史先生をはじめ,静岡てんかんセンターの先生方に感謝いたします。本書の特色は,何と言ってもDVDが添付されており,動画でてんかん発作を見ることができることです。この動画をご提供いただいた当事者やご家族の方々に心から感謝したいと思います。
今ほどてんかんに関する教育の意義が高まっている時期はこれまでになかったと思われます。てんかんの有病率は約1%と言われ,これはわが国に,約100万人のてんかん患者がおられることになります。日本てんかん学会の会員は現在2,000人余りで,このうちてんかん専門医は400人余りであり,当然ながらてんかん患者の診療には,てんかん専門医以外の多くの医師が関わっています。
残念ながらてんかんという疾患に関する誤解や偏見は,一般の方々の中に,まだまだ多くみられるのが現状です。てんかん専門医は,てんかん診療に関与している一般の医師や看護師などの医療職者だけでなく,一般の方々に,てんかんに関する正確な情報を提供していく責務を負っていると考えています。てんかん専門医の方々はもちろん,てんかんを学ぶ若手の先生方には,ぜひこの本を現場に活用していただきたいと思います。
また私たちの調査では,てんかん患者の生活の援助に当たる立場におられる,学校教員や施設職員などの援助職においても,「てんかんのことがよくわからない」,「発作の時どうしたらいいかわからない」,「発作対応のマニュアルが欲しい」などの意見があり,てんかんに関する正しい情報の提供を熱望されています。 この本が活用され,てんかん診療やてんかん患者への支援を高めることにつながることを期待しています。

アクチュアル 脳・神経疾患の臨床 すべてがわかる ALS(筋萎縮性側索硬化症)・運動ニューロン疾患

アクチュアル 脳・神経疾患の臨床 すべてがわかる ALS(筋萎縮性側索硬化症)・運動ニューロン疾患 published on

我が国の頭脳が結集して作り上げたALS・運動ニューロン疾患の最高の著書

BRAIN and NERVE Vol.65 No.10(2013年10月号) 書評より

書評者:田代邦雄(北海道大学名誉教授/北祐会神経内科病院顧問)

このたび,『すべてがわかるALS・運動ニューロン疾患』と題する書籍が出版された。難病が多い神経疾患,その中でも“難病中の難病”である本疾患に対し,タイトルで“すべてがわかる”と言及されている如く,この領域のトップ・リーダで専門編集者である祖父江元名古屋大学教授が,本邦におけるエキスパートを網羅し,本文総計370ページにわたる単行本を完成されたことに対し,まず心からなる敬意を表する次第である。
その内容は,I章「運動系の構造と機能」に始まり,II章以降は「臨床像と診断」「関連運動ニューロン疾患」「病態関連遺伝子と遺伝子変異」「病態」,そしてVI章の「治療と介護」に至り,さらに最後には興味あるCase Study 5症例を呈示,Lectureとして解説するという構成となっている。
各章内の記載は,そのテーマごとにまず主要論点を薄黄色の下地にPointとして呈示,つづいて鮮明な図表を交えて簡潔・明瞭な解説,そして必須文献を付し,さらに欄外にKey words,Memoを配する本シリーズで用いられている構成で,読者の理解がさらに深まるよう配慮されている。
本書の企画,そして執筆者の人選も含めた重要ポイントについては祖父江先生の序文に簡潔明瞭,しかも実に見事に網羅,紹介されており,また,その期待に応えて我が国の頭脳が結集して作り上げたALS・運動ニューロン疾患の現時点での最高の著書,むしろ“バイブル”とも称することのできるものであり,これらをベースとして今後さらなる発展を目指す心意気も伝わってくるのである。
各章ごとの個々の内容について触れることはできないが,ALSの臨床ならびに研究は世界レベル,そして共同作業にも繋がり,一方,歴史的には「神経学の父」とされるCharcot(1825-1893)まで遡る。また重要な診断基準の策定の歴史は,1990年5月,世界中のALSの権威がWFNの招請でスペインのEl Escorialに集合,1994年にEl Escorial WFN基準として発表,その後1998年に米国Virginia州Airlie Houseで検討・策定したのが「改訂El Escorial基準(Airlie House基準)」である。さらに2006年横浜で開催の第17回ALS/MND国際シンポジウムの後に専門家が淡路島に集合し電気生理学的手段を取り入れた「Awaji基準」を提唱したことも画期的な出来事で,日本の貢献大なることが示されたのである。薬物治療についての大きな進歩は残念ながら達成できていないが,米国での治療の現状はコロンビア大学の三本博先生より,また日本からは患者ケア,リハビリ,災害対策も含めての詳しい解説もなされている。
本疾患の世界的専門誌は1999年に“Amyotrophic Lateral Sclerosis and other motor neuron disease”として発刊され,その後“Amyotrophic Lateral Sclerosis”,そして2013年より誌名を“Amyotrophic Lateral Sclerosis and Frontotemporal Degeneration”へと発展的に変更している。その理由・経緯についても,現在この専門誌のEditorial Boardに名を連ねておられる祖父江先生が簡潔に本書の序文で触れておられ,本疾患の診断,治療,研究の世界的レベルに日本も参画,かつ着実に実績を積み重ねてきていることを実感,今後さらなる発展を期待しつつ書評の纏めとさせていただく。

アクチュアル 脳・神経疾患の臨床 小脳と運動失調

アクチュアル 脳・神経疾患の臨床 小脳と運動失調 published on

わが国が誇る小脳研究の金字塔

BRAIN and NERVE Vol.65 No.6(2013年6月号) 書評より

評者:金澤一郎(国際医療福祉大学大学院長)

「小脳はなにをしているのか」という問いに,現在のわが国の英知を結集して挑戦したのが本書である。専門編者である西澤正豊先生が序で書かれたように,わが国には伊藤正男先生という小脳の基礎研究の巨人と,脊髄小脳変性症(SCD)の運動失調に対する治療薬のTRHを世に出された祖父江逸郎先生という小脳疾患研究の巨人がおられる。このことが日本での小脳機能あるいは小脳疾患への関心を高めてきた。その表れが厚生労働省の「運動失調症調査研究班」であり,昭和50年に始まった後,現在までに挙げた功績は数限りない。特に疫学的研究と脊髄小脳変性症各病型の病因遺伝子に関する業績は世界に誇るべきものである。
そうした業績の中で,忘れられている疫学調査の結果が一つある。多系統萎縮症(MSA)には,自律神経症状で始まり,ほぼ2年以内に小脳症状や錐体外路症状が加わるという概念で集積した「SDS」があり,その頻度が日本では全SCDの7%弱に及ぶ。しかもその80%以上が男性であるという事実は見過ごせない(平成元年の平山班の統計)。SDSをないがしろにするのは勝手だが,ここに新発見のヒントがあるに違いないと私は思う。いつか挑戦して欲しいと思っている。
本書は,非常に緻密に物を考える西澤先生の編集になるだけあって,ほぼ完璧な構成になっていて,「わが国が誇る小脳研究の金字塔」と言って良い。小脳の機能局在,症候学,検査法,臨床と分子生物学を合わせた病態,治療,それに非常に役に立つ7例のcase studyが続く。それだけではない。ほとんど全ページがカラー印刷である他,ポイント,コラム,メモ,キーワード,などきめ細かい配慮によって理解を助ける仕掛けも豊富である。また,各ページの外側には4cm以上の余白があって,自分でメモができるようになっている。これほど配慮の行き届いた本を私は知らない。だから,索引を入れて本文336ページの本書が12,000円というのはやや高いという印象があるかも知れないが,その内容を見れば納得する。本書を,是非とも蔵書に加えられることをお薦めする。

アクチュアル 脳・神経疾患の臨床 最新アプローチ 多発性硬化症と視神経脊髄炎

アクチュアル 脳・神経疾患の臨床 最新アプローチ 多発性硬化症と視神経脊髄炎 published on

微に入り細に入り読者に理解してもらおうとする努力,編集に感服させられる

BRAIN and NERVE Vol.65 No.3(2013年3月号) 書評より

評者:田代邦雄(北海道大学名誉教授/北祐会神経内科病院顧問)

多発性硬化症(multiple sclerosis : MS)は1868年のCharcotによる臨床症候の記載に遡るほど歴史的であるばかりでなく,現在に至るまで神経学領域では最も重要な疾患の一つとされている。その神経症候,病態の理解,そして診断と治療への道筋はもとより,特に近年のこの疾患概念に関する注目度・関心は非常に高く,神経内科を中心に,その関連する基礎ならびに臨床の各専門領域において日進月歩の進展が見られるのである。
このたび,『最新アプローチ 多発性硬化症と視神経脊髄炎』と題する最先端の書が出版されたことの意義は大であり,これらの疾患の重要性かつ論点を提言したことになる。すなわち本書では,この両疾患を並列に取り上げ,それらの病態と診断,治療とケアも含め,各項目に最適なエキスパートを配置して論旨を展開している。
その構成は各項目のトップに「Point」として先ずエッセンスを呈示,さらに豊富でカラフルな図表,必要に応じて重要な事項をColumnとして薄紫のバックを用いて本文の一部にとりあげ,また欄外にはKeywordsの簡潔・明快な解説,さらにMemoとして疑問やその説明を追加するなど,微に入り細に入り読者に理解してもらおうとする努力,編集にも感服させられるのである。
日本における多発性硬化症の臨床像・疾患概念の変遷,診断基準の問題,臨床疫学,神経病理,補助診断法,鑑別診断,病因病態の理解,また治療とケアの諸問題は多岐にわたるが各分担執筆者が見事にまとめているとともに,本書のタイトルにも取り上げられている疾患としての「多発性硬化症」と「視神経脊髄炎」との相互関係はいかなるものであるか! という現在神経学領域で最もホットな話題について,まさに論壇で熱くなるような活発な論議が展開されている。
多発性硬化症そして視神経脊髄炎についてのディベートは,これらの疾患を専門にする神経学関係者は(筆者個人も含めて)各々の見解・結論を既に持っているであろうが,本書の役割は,冒頭にも述べたごとく,この重要課題である多発性硬化症/視神経脊髄炎について日本の神経学が“フランク”そして“オープン”に意見交換することが重要かつ必須であり,本書がそのための試金石になってくれることを信ずるとともに,今回,このテーマをとりあげまとめられた編集担当者,各執筆者の努力に対し心からの敬意を表し,書評のまとめとさせていただくこととする。

アクチュアル 脳・神経疾患の臨床 てんかんテキスト New Version

アクチュアル 脳・神経疾患の臨床 てんかんテキスト New Version published on

てんかんも分子生物学の言葉で説明される時代が到来したと実感

BRAIN and NERVE Vol.64 No.10(2012年10月号) 書評より

評者:葛原茂樹(鈴鹿医療科学大学教授)

てんかんは,わが国において患者数が約100万人と推定されている頻度の高い疾患であるにもかかわらず,医学分野では比較的地味な存在であった。ところが,近年,自動車運転中のてんかん発作による交通事故発生を契機に,にわかに大きな社会的関心を集めるようになった。事故の大部分は怠薬による発作であり,きちんと服薬すれば発作の大部分はコントロール可能という成績が示されているので,最新最適のてんかん診療を学び実践することは,患者と社会に対する医師の社会的責任でもある。このような要請に正面から応えることができる指南書として,このたび中山書店から『てんかんテキスト New Version』が刊行された。
本書読了後の第一印象は,てんかんも分子生物学の言葉で説明される時代が到来した,という実感である。従来のてんかん学は,臨床病型に基づく分類と脳波検査を軸とした現象論的記述が主であったのに対して,本書ではニューロンの異常興奮病態と治療薬の作用機序の分子生物学的基盤が詳述されている。総論で,古典的てんかん概念の紹介に続いて,一挙にイオンチャンネルと受容体の分子病態学と分子遺伝学が展開し,焦点性てんかん病巣の病理学の記述が,カラーの顕微鏡写真付きで現れるのも新鮮である。
臨床診断では,高齢期発症てんかんの増加と非痙攣性発作が多いという指摘が注目される。検査は,古典的脳波所見に加えて,外科的治療を念頭に,てんかん原性域(epileptogenic zone)同定に必要な諸検査(硬膜下電極,脳磁図,PETとSPECT,最新のMRI,近赤外線スペクトロスコピィなど)の検査目的・所見・長所・限界が解説され,臨床的初発症状域,脳波上の発作起始域,形態画像の構造異常病変との関係の解説も明快である。治療についてはガイドラインをベースに,古典的薬物と新規薬の作用機序から臨床適用までが解説され,社会生活で問題になる妊娠や運転,生活支援についても具体的に紹介されている。
各項は10頁以内にまとめられ,明快なカラーの図表がふんだんに配置されているので,テンポよく読み進むことができる。ベテランにも初心者にも,是非一読を勧めたい1冊である。