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脳卒中データバンク2021

脳卒中データバンク2021 published on
内科 Vol.128 No.5(2021年11月号)「Book Review」より

わが国の脳卒中医療の現状を映す鏡

評者:戸田達史(東京大学大学院医学系研究科神経内科学教授)

国内多施設での登録事業「日本脳卒中データバンク」が活動を始めてから20年余が過ぎました.本事業を創始された小林祥泰先生(島根大学名誉教授)を中心に数年ごとに解析結果をまとめて出版されるのを,これまで楽しみに読んできました.数年前に国立循環器病研究センターに管理運営が移管されたと聞き及んでいましたが,移管後初めてのまとめとなる最新版「脳卒中データバンク2021」が,今春刊行されました.「脳卒中・循環器病対策基本法」も法制化され,一般市民の方々の脳卒中への関心も高まる中で,時宜を得た企画といえます.
脳卒中は戦後の一時期,国民の最大の死因であり続け,現在でも約300万人の有病者をかかえる国民病です.一命を取り留めても高度の後遺症を遺す患者も多く,国民の健康寿命の延伸に大きな障碍となります.発症後早期に脳組織を不可逆的に損傷させるため,長年にわたって有効な治療法を欠き,治らぬ病気とみなされた時期が続きました.しかし今世紀に入ってt-PA静注療法(静注血栓溶解療法)や経皮的な機械的血栓回収療法の開発,脳画像診断の進歩などに伴い,飛躍的に治療成績を高めるようになりました.そのような脳卒中診療の転換期であるこの約20年のデータをふんだんに掲載した本書は,まさに「わが国の脳卒中医療の現状を映す鏡」といえましょう.
本書では,2018年末までに登録された急性期脳卒中(脳梗塞,脳出血,くも膜下出血),一過性脳虚血発作の患者20万例弱の臨床情報を,多くの分担執筆者が独自の切り口で解析しています.たとえば脳卒中は何歳くらいで多く発症するのか,どのくらい重症で,どのくらいの割合で後遺症を遺し,また自宅復帰できるのか,そのようなごく単純な疑問にも,十分な症例数で回答を示しています.興味深いテーマごとに解析された結果は,多数のグラフや表で示されており,視覚的にもわかりやすいものになっています.
わが国には,脳卒中や認知症,頭痛,てんかんなど,非常に多くの患者を有する神経疾患がありますが,その正確な発症者数や臨床転帰を把握するのはなかなか困難です.脳卒中においては,前述した対策基本法に基づく全国患者登録が早晩始まるそうですが,全国の患者を悉皆性高く収集するにはまだ相当の時間を要するでしょう.そのような中で脳卒中医家はもとより,一般開業医の先生方やふだん神経疾患を診る機会の少ない医師,脳卒中のリハビリに携わる医療スタッフの方々などにも,本書をお手元に置き,あるいは電子版を端末に載せ,脳卒中に関して湧き上がる疑問を解く参考書として,ぜひ役立てていただきたく思います.


medicina Vol.58 No.9(2021年8月号)「書評」より

評者:宮本 享(京都大学医学部附属病院長)

「脳卒中データバンク2021」には,1999年に研究開始された日本脳卒中データバンクに,日本全国の130を超える施設から登録され蓄積された約17万例の急性期脳卒中の臨床情報解析が掲載されている.
本書の第1部には,日本脳卒中データバンクの概要とデータ分析が記載されている.まず,脳卒中に対する医療政策を行うにあたって,本邦における脳卒中のデータベースがないことが大きな問題であることに20年以上前に注目し,本事業を立ち上げられた小林祥泰先生をはじめとする先達の慧眼に深甚なる敬意を表したい.標準化された診断名と評価尺度に基づいて登録された精度の高いデータに基づく分析であり,経年変化などの分析は本邦における脳卒中の変遷を示す貴重なデータと考えられる.
つづいて第2部では,疾患や病態,治療法その他のテーマごとに,日本脳卒中データバンクに登録された膨大な症例をもとに分析と解説がなされている.各項目の冒頭には,わかりやすくサマリーが箇条書きに掲載されている.
さいごに第3部では,日本脳卒中データバンクを用いた研究論文についての解説がなされており,本書は「本邦における最近20年間の脳卒中医療のとりまとめ」といってよい内容となっている.豊田一則先生を中心とした「国循脳卒中データバンク2021編集委員会」の皆様のご尽力に感謝したい.
2018年12月に「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中,心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法」いわゆる脳卒中・循環器病対策基本法が成立し,循環器病対策推進基本計画が策定され,悉皆性がある脳卒中・循環器病の情報をどのように収集していくかということが,現在検討されている.多数の治療施設が全国に分散していて均てん化が求められ,急性期医療であり,地域連携で転院をしていく脳卒中の登録には,治療施設が集約化されており,データ登録に時間的余裕がある「がん登録」とは異なる課題がある.今後,循環器病対策推進基本計画に基づく登録事業を成功させるうえでも,日本脳卒中データバンクのこれまでのノウハウは大変貴重な経験であり,それをまとめた本書を,本邦における脳卒中医療従事者には是非精読していただきたい.

各科スペシャリストが伝授 内科医が知っておくべき疾患102

各科スペシャリストが伝授 内科医が知っておくべき疾患102 published on
内科 Vol.126 No.5(2020年11月号)「Book Review」より

評者:伊藤 裕(慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科教授)

内科医が患者さんに「親身」になれる極意の書

もともと,医学は患者さんの痛み,苦しみを取り除く術として生まれた.そのために,患者さんが何をどう感じているか,その症状を虚心坦懐に聞くことが,医学の基本である内科の原点であることは言うまでもない.カナダの内科医,世界の医学教育に大きな影響を与え,私の母校の大先輩,聖路加国際病院名誉院長,日野原重明先生が敬愛してやまなかった,ウィリアム・オスラー(1849~1919年)も,“Listen to the patient. He is telling you the diagnosis”としている.
しかし果たして,私たちは患者さんの話を聞くだけで診断名を語ってくれていると思えるであろうか.
私は常々,教室員によい医者であるためのたった一つの秘訣として「親身」になることをあげている.私は「親身」に「Sym-Me」という英語をあてて,自己と同一視することとしている.その患者さんが自分の親だったらどうする? 自分だったらどうしてほしい? と考えて初めてなすべき医療がみえてくる.そんなことは当たり前と言われるかもしれない.実際,ほとんどの医者は親身になって診療にあたろうとしているはずである.しかし,現実にはその実現が難しいのは,親身になるためには専門的な知識が必要だからである.曖昧な知識があるだけでは,自信がもてず,他科の先生に紹介することになる.医師としてそれは誠実な対応かもしれないが,患者さんからすれば見放されたような印象になりかねない.いったん心理的な壁ができてしまうと,患者さんは自分が気になること全てをその医者に伝えようとしなくなり,そうなると我々は自分の専門領域の診断も正確に行うことができなくなる.私は,日野原先生が命名された「生活習慣病」を専門としている関係上,患者さんの生活習慣全般を理解し,患者さんが生涯にわたって付き合おうと思ってくれることが大切なので,この点はとくに重要である.
皮膚科がご専門の宮地良樹先生が編まれた『内科医が知っておくべき疾患102』は,内科医が患者さんに「親身」になれるための書である.この書に厳選された症状は,日常の内科外来できわめてよく遭遇するものであり,我々内科医が日ごろ患者さんから訴えられるものである.長年,患者さんを目の前に鋭く観察を続けてこられた皮膚科の宮地先生ならではの,まさに慧眼であると思われる.
内科外来で患者さんがこうした症状を訴えれば,「私の専門外ですし,専門の先生に診てもらってください」と言いがちである.「知っておくべき疾患」ではないと言い切るような内科医の先生もおられるのではなかろうか.しかし,そうした内科医は結局,「親身」な医療を実践できないのではと危惧する.本書に書かれた「ジェネラリストにとっての知識」をもっていれば,患者さんの訴えを怖がらず,門前払いせずに聞くことができる.そして,専門家への適時的なコンサルトも可能になる.
さらに,この本には各科のスペシャリストから内科医への適切なアドバイスが惜しみなく,それこそ「親身」になされている.それは,内科の専門化,細分化が批判される昨今,“本来ジェネラリストとしてあるべき内科医が,患者さんの状態を理解し,正しくできる医療を臆せずにやってください”という応援歌だと思う.間口の広い,患者さんから信頼される内科医,そして,他科との垣根を低くして,うまく連携できる内科医のための極意書として本書はあると考える.
人工知能(AI)の進歩で医師の職域は徐々に駆逐されていくのではないかという畏怖がある.しかし,患者さんの一断面の情報をつなぎ合わせるAIにはできない,患者さんに起こる様々な出来事をつぶさに知り,そのうえで日々変わっていく患者さんの人生の「物語」を語れる医師には,なかなかAIは追いつけないと思われる.そのような医師になるために,私はこの本を大切にしたいと思う.

臨床力をアップする漢方

臨床力をアップする漢方 published on
内科 Vol.123 No.6(2019年6月号)「Book Review」より

評者:巽浩一郎(千葉大学医学部呼吸器内科教授)

西洋医学(内科)と東洋医学のW専門医である加藤士郎先生(筑波大学附属病院臨床教授)が編集した漢方の指南書である.W専門医のWには「西洋医学と東洋医学の双方に精通している」の意味と「Wide(広い視点を有する)な視点に立てる」の意味が含まれている.
ご自身が納得できるすぐれた臨床医になりたいのであれば,Wideな視点をもつことが重要である.漢方を知ることはWideな視点をもつことに繋がる.漢方を処方するためには,患者さんの病歴聴取時のスタイルが重要であり,五感を研ぎ澄ます必要がある.また漢方の考え方を知ることで別世界が拡がるので,自分自身の人生も豊かになる.そのための指南書が本書である.
医学生時代に漢方教育はほとんど受けてこなかった世代の医師が漢方を処方している(90%の医師が漢方薬を処方した経験があるという統計もある).自分の担当している患者さんから「この漢方薬を処方していただけますか?」というパターンもかなりある.漢方薬を処方した契機はいろいろあると思われるが,自分の使っている漢方薬がどのような薬効をもっているかを少し知っておいて損はない.西洋薬は医学生時代,研修医時代の学習でその薬効などはかなり身についている.しかし,漢方薬に関して学ぶ機会はほとんどなかったはずである.
本書には内科系各診療科から外科,感覚器,産科,小児科までほぼすべての診療科がカバーされそれぞれのエキスパートが寄稿しているが,読者はご自身の専門領域における各論からどれどれと読んでみるのが一般と思われる.単行本の医学書を最初の1頁目から読み始め最後まで読み通すことはほとんどない.自分に関係する箇所から読むことになる.その読み方がお勧めである.西洋医学的病名の括りから入る.そのなかで「お薦め漢方薬3つ」が次に目に入るはずである.これは「次の一手」を知るのに重要である.自分の処方した漢方薬の効果が不十分と判断した場合に,では「次の一手は何?」になる.西洋薬でも同様であるが,「次の一手」候補をたくさんもっている方がすぐれた棋士である.
それぞれの専門医が経験した症例があげられており,クリニカルポイントでは西洋医学的観点と東洋医学的観点を混合して解説してある.双方の視点を混ぜての解説が優れているし納得しやすい.東洋医学的視点のみで記載されてしまうと感覚の世界になってしまう.西洋医学的診察法で診療に従事してきた医師にとっては,普段の日常臨床での感覚プラスアルファの視点をもつことが適切な漢方処方に繋がることを教えてくれているのが本書である.


medicina Vol.56 No.6(2019年5月号)「書評」より

評者:小林祥泰(島根大学医学部特任教授)

この本の大きな特徴は,西洋医学と東洋医学ともに実績あるW専門医が執筆していることである.東洋医学を教わっていない医師には,陰陽五行説に拘り過ぎず,科学的かつわかりやすく専門に応じた手引き書が必要である.この点でW専門医が漢方処方のコツをまず有害事象の科学的機序の解説,近年解明されてきた五苓散のアクアポリンを介した作用機序と臨床応用など,また,フレイルや誤嚥性肺炎予防に補中益気湯,半夏厚朴湯といった未病対策から説明しているのは受け入れやすい.
「漢方臨床総論」では,総合内科での有用性,高齢者のポリファーマシー対策とQOL改善,感染症での限界とともに西洋薬が効きにくい感冒後長引く咳に竹じょ温胆湯などの有用性を教えている.また,一般に漢方が使われない救急医学でも,西洋医学では障害因子を抑制,東洋医学は防御反応を促進することから,漢方薬吸収動態を考慮した含有生薬数の少ない漢方薬の短期集中投与や注腸投与など現場体験に基づいた治療法が述べられ,臨床に役立つ.
「漢方臨床各論」では,漢方の有用性が高い分野を中心に具体的に解説されている.読みやすいのは冒頭に例えば呼吸器疾患で漢方が有効な3疾患が記載され,各々についてお薦め漢方薬3つが適応の違いを付けてまず提示されていることである.例えば嚥下性肺炎では,半夏厚朴湯が第一選択だがこれは嚥下能力のみが低下している時と付記がある.次の補中益気湯はそれに加えて全身体力低下がある時といった具合である.心不全には,牛車腎気丸,木防已湯,五苓散の順に記載されているが,前二者でBNPの有意な低下の報告があるとか,五苓散がトルバプタン無効例に有効であった報告も紹介されている.文献的根拠がきちんと示されているのもこの本の特徴である.冠攣縮性狭心症に四逆散と桂枝茯苓丸が有効というのもストレス緩和と駆お血薬で納得できる.単に血管拡張薬だけよりも理にかなっている.認知症のお薦めは抑肝散,加味帰脾湯,釣藤散で,すでに臨床治験のエビデンスもある漢方薬である.全身性強皮症で西洋薬抵抗性のレイノー症状に当帰四逆加呉茱萸生姜湯が有効というのは参考になる.良性めまいの第一選択は半夏白朮天麻湯であるが筆者も同感である.女性の冷え症の機序による独自のタイプ別分類に基づく処方,さらに冷えが異常分娩を増加させ,五積散が改善するというのは驚きであった.全体を通して今までの入門書よりも具体的で使いやすいお薦めの本である.

循環器内科専門医バイブル 1 心不全 識る・診る・治す

循環器内科専門医バイブル 1 心不全 識る・診る・治す published on
循環器ジャーナル Vol.66 No.4(2018年10月号)「書評」より

評者:小川久雄(国立循環器病研究センター理事長)

世界でもトップレベルの長寿社会に入った日本では,今後医療問題が益々大きな課題となってくる.そして医療費という点からは,日本では循環器系疾患が20%と最も高い割合を占めている現状がある.なかでも心不全の増加が顕著であり「心不全パンデミック」と呼ばれるようになってきた.日本循環器学会では全国に1,353施設あるすべての循環器専門施設と協力施設212施設の合計1,565施設から循環器疾患診療実態調査 The Japanese Registry Of All cardiac and vascular Diseases(JROAD)を行い,2012年からは心不全患者の入院数も調査し21万人から2016年には26万人となっている.増加の程度は著明で今後もさらに増え続けると思われる.これは日本のみならず世界的な傾向でもある.
これに対して,日本循環器学会と日本心不全学会は関連11学会とともに「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」を作成した.このなかには心不全の一般の方への啓発活動として,分かりやすい表現で「心不全とは,心臓が悪いために,息切れやむくみが起こり,だんだん悪くなり,生命を縮める病気」と定義されている.さらに日本循環器学会では日本脳卒中学会,さらに関連19学会と協力して「脳卒中と循環器病克服5カ年計画」を策定し発表したが,このなかでも心不全に注目している.特に予防の重要性も記載している.
本書は「循環器内科専門医バイブル」シリーズの第1巻「心不全─識る・診る・治す」として発刊された.シリーズ総編集,「心不全」専門編集とも小室一成東京大学循環器内科教授が行っている.先生は現在日本循環器学会代表理事でもあり,心不全をライフワークとして研究されてきた.そのネットワークを活用して素晴らしい執筆者を選ばれている.心不全の全体像や基礎研究からはじまり診断,治療,治療薬やデバイスの一歩進んだ使い方・使いこなし方,様々な病態に応じた治療,さらに今後の新しい治療薬と治療法に関して,非常に詳細にかつ分かりやすく記載されている.
心不全は病因が多岐に渡り,病態も様々である.治療も効果的な薬剤やデバイスが多く,その選択も重要である.救急疾患としても多いが慢性疾患としても重要である.さらに最適な治療は何か,根本的な治療法は,と聞かれて明確に答えられない場合もある.本書は図や写真もふんだんに使われ,循環器専門医のみならず,専門医を目指す若い医師,さらには一般医にも理解できる内容となっており,現時点で伝えるべき最新の内容も盛り込まれている.読者の方の心不全の理解,診断や治療に役立つ教科書といえる.ご活用を切に御願いする次第である.


タイムリーな企画と刊行:心不全─識る・診る・治す

内科 Vol.122 No.3(2018年9月増大号) Book Reviewより

評者:友池仁暢(公益財団法人日本心臓血圧研究振興会附属榊原記念病院)

日々の臨床実践に役立つことを目指した新しいシリーズ「循環器内科専門医バイブル」が企画され,第1巻として「心不全」が刊行されました.心不全は世界的にパンデミックと言われるほどの広がりを見せています.わが国の循環器疾患の有病者数は脳血管障害を除いても総人口の9.2%を占めています.その特徴は年齢が高齢化するほど有病率が高いこと,循環器疾患の原因は遺伝性,先天性,生活習慣関連,感染等々と多彩ですが,その終末像は押並べて心不全に陥ることです.したがって,心不全の診断と治療の本質をきちんと理解して日常臨床に臨むことは臨床医にとって基本中の基本になりつつあります.本書は,循環器専門医と専門医を目指す若手医師に留まらず臨床に携る医療者が渇望していた「心不全の座右の書」ではないかと思います.
心不全は臨床医にとって捉えどころのない暖昧な病態であると受け止められています.例えば,心不全の分類がいくつもあること,病態の説明が様々に繰り広げられていること,内科治療薬としてのジギタリスと利尿薬の位置付けがEBMの時代になって何度も疑問視されたことなど,枚挙にいとまがないほどです.このような情勢も踏まえて日本循環器学会と日本心不全学会は合同で心不全に関するガイドライン2017年版改訂を公表しました.その中で,一般の人達が治療の機会を逸して重症化,あるいは難治化に陥らぬよう「一般向けの定義」もメディアに公開しています.専門医の学会によるかつてない画期的な取り組みです.このガイドライン2017年改訂版を深く理解し日常の臨床に活かす上で本書は優れた羅針盤でもあります.
本書の専門編集の小室一成教授は,重層化し錯綜する概念の座標軸を見事に整理し,最新の知見を包括的に理解できるように,病気の本質を「識る」ことから説き起こし,正確に「診る」ことによる病態の理解,幾多のパラダイムシフトを経た「治療法:治す」の提示と何を選択すべきか,ベッドサイドで必要とされる判断と指針を実務に役立つように本書を組み立てられています.序章に始まる全6章は,わが国のエキスパートが専門医にとっても関心の高い具体的なテーマについて,全体像を俯瞰しつつ個別課題の解決のために正確かつポイントを外さない記述をしてくださっています.
心不全は病院の規模や専門領域に関係なく日常の臨床でよく遭遇する疾患になった今,「心不全一識る・診る・治す」の刊行は時宜にかなったものと言えましょう.臨床現場で日々出てくる疑問に納得のいく答えを求める臨床医にとって本書は期待通りの情報と判断の迷いや悩みに対する的確なアドバイスを与えてくれるに違いありません.

レジデントのための糖尿病・代謝・内分泌内科ポケットブック 第2版

レジデントのための糖尿病・代謝・内分泌内科ポケットブック 第2版 published on
内科 Vol.122 No.5(2018年11月号)「Book Review」より

評者:新保卓郎(太田西ノ内病院)

時の歩みはあまりに早く,還暦過ぎの我が身には,医療の進歩に遅れない,これは至難の業である.内科系の各領域をみても疾患概念はいつの間にか大きく変わり,常識と思っていたものが過去の遺物と指摘され蓋然とする.私の勤務地の福島県は医師不足で,自分でいまだに総合内科の外来診療と病棟患者担当をしている.いかにして短時間で効率的にボトムラインの知識を押さえておくかに自然と気を配るようになる.このような目的にかなうのが,どうも若手向けの解説書かと思っている.
今般,「レジデントのための糖尿病・代謝・内分泌内科ポケットブック 第2版」が上梓された.自分は第1版から愛用している.内科医にとっては,糖尿病や内分泌代謝疾患で頭を悩ますことは非常に多い.きわめて内科らしい領域である.本書は糖尿病の専門医ではない自分にとって,手に取りやすく読みやすい書である.実践的,具体的な記載がなされている.どこに何が記載されているか把握しやすいので,眼の前に患者さんが来て慌てて確認するときにも便利である.生理学的な記載もあり,基礎知識に関して復習もできる.Columnという形で,知っておくべき話題にも触れられている.
糖尿病の診療では薬物療法が大いに発展した.以前より治療で使える武器は増えたが,使いこなすために必要な知識は増大した.このような薬物療法について簡潔に要点がまとめられている.診療の現場では,高齢患者の増えているなかで応用問題をいかに解決するかに迫られている.糖尿病応用編として糖尿病の慢性合併症や,特殊な対応が必要な場合についてもまとめられていてありがたい.
初版後短時日で第2版が出版となったのも,監修の野田光彦先生や編著をされた気鋭の先生方が初版の手応えを感じられたこと,そして最新の知識を読者に提供されたいという気概の表れなのだろう.
新専門医制度になって,これから内科専門医をめざすレジデント世代は,従来以上に総合的な視点が必要とされる.内科専門研修の目標は,さまざまな役割を果たすことができる「可塑性」のある幅広い能力をもった内科医の育成であるとされる.流行の言葉で言えば「ポリバレント」な内科医であろう.従来のサブスペシャルティー優先の内科専門研修とは異なってきている.専門研修の一定の期間,糖尿病代謝内分泌疾患についても十分な症例経験を積む必要がある.研修医の時期とは異なり,自らの判断と責任で診療に望むことが求められる.本書はこのようなレジデント世代にとっても,強力な支えになるだろう.
病棟では多数の高齢患者さんが入院している.糖尿病をもつことは多いし,電解質異常や内分泌疾患が疑われることも多い.病院内に専門医はいるので助けてはもらえるが,最低限の知識がないと討論もできない.このような書に導かれ,同僚と意見を交わし,多彩な患者さんを診療する経験を積む.自分の技量を発揮して患者さんの役に立てるのは幸せである.


好評のポケットブックが版を重ね「珠玉の1冊」としてより充実の内容にアップデート

プラクティス Vol.35 No.5(2018年9・10月号) PUBLICATIONより

評者:駒津光久(信州大学医学部糖尿病・内分泌代謝内科学)

国立国際医療研究センター(当時)の野田光彦博士監修による「レジデントのための糖尿病・代謝・内分泌内科ポケットブック」が上梓されたのは, 2014年5月であった.その充実した内容と使いやすさから研修医の人気を博し,このたび「第2版」が刊行された.初版と同様に,コンパクトなサイズに十分な情報を凝縮し,無駄な記載を省き,臨床的に必要なノウハウを具体的かつ明快に解説している.本書は, 「第I部 救急対応と電解質異常」「第Ⅱ部 糖尿病」「第Ⅲ部 高血圧・代謝疾患」「第Ⅳ部 内分泌疾患」の4部構成になっている.また,「Column」として当該分野のトピックスに解説が加えられているが,この数も初版の33個から41個に増え,さらに充実したものになっている.
糖尿病代謝・内分泌領域の知見は日進月歩であり,本書のような実用書の場合,いかにその内容がうまくアップデートされるかが重要であるが,その点でも本書は秀逸である.たとえば,新しい血糖降下薬であるSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬に関しても,直近のエビデンスや知見をしっかり押さえて,わかりやすく記載されている.また,1型糖尿病の最新治療であるSAPについてもしっかりと記載されている.内分泌領域でも,その記載は随所にアップデートされている.先端巨大症の新しいホルモン治療薬や,神経内分泌腫瘍の分類や治療など,最新の考えかたをしっかりと伝えている.レジデントのみでなく,指導医にとってもその知識の整理と刷新のために本書は役立つと確信するゆえんである.
本書の特徴である随所にわかりやすいフローチャートを配している点も初版からしっかり継承されている.文章だけではなくこのような秀逸なチャートや,最新の診断基準の掲載など,レジデントの困りそうなところすべてに手が届いている.全体を通して,記載の姿勢や記述分量,文体などに統一感がある.これは,執筆者である田中隆久,辻本哲郎,小菅由果,財部大輔の4先生が監修者の野田光彦博士の直弟子で,その薫陶を受けており,意思疎通が十分にできたことによるのだろう.
内分泌代謝内科学は,負荷試験の方法や具体的な判定基準など,多くの数字が付きまとう.レジデントのあいだは,本書を傍らにおけば,そのような問題は解決する.基本的には,必要な項目を拾い読みすることになるが,時間の許すときに,41項目の「Column」を熟読することも勧めたい.専門医が読み直しても頭の整理に役立つほど良質な内容である.また巻末には通常の索引に加えて,略語の解説や内分泌負荷試験および糖尿病注射薬の一覧が添えられており,きわめて実用的である.
本書は「初期研修医」が内分泌代謝内科をローテートする際に是非とも携行していただきたい1冊である.研修医が日々遭遇する臨床現場で,その分野での専門知識を迅速かつ適切に習得することは容易ではないが,本書はその手助けとしてふさわしいポケットブックであり,まさに「お薦めできる珠玉の1冊」である.

消化器画像診断アトラス

消化器画像診断アトラス published on
胃と腸 53巻1号(2018年1月号)「書評」より

評者:菅野健太郎(自治医科大学)

私自身のことで恐縮であるが消化器内科を志す大きな動機となったのは,患者さんが多いこととともに,2重造影法や内視鏡によって自らの手で診断できるということにあった.現在では,CTやMRIなどの画像診断は主に放射線科が担っているが,内視鏡をはじめとする画像診断の魅力が消化器内科を志す大きな磁力として働いていることは間違いないであろう.現在,内視鏡や超音波は単に診断ではなく治療にも拡大し,わが国の消化器内科医の技能は名実ともに世界をリードしているといっても過言ではない.
このたび下瀬川徹教授監修のもとに東北大学諸氏の総力を結集してまとめられた消化器画像診断アトラスは,美しい画像が豊富であることは無論,各疾患に対し疾患の概要,典型的な画像所見とその成り立ち,確定診断へのプロセス,治療について簡潔かつ要を得た記述と必要最小限の文献が記載されており,これまでに例のない,まさに圧巻の絢爛たる画像アトラスである.
下瀬川教授は大学では副学長,医学部長,病院長という要職を歴任される一方,日本消化器病学会理事長として学会を指導されてこられたのであるが,東北大学第三内科学教室からの伝統を受け継ぎ,個々の症例を大切にし,その基本情報としての画像診断の水準を高める不断の努力を積み重ねられてきたことが紙背の随所に窺うことができ,改めて深く敬意を表したい.画像アトラスという表題でありながら,本書の内容が画像の羅列にとどまらず奥行きや深さが感じられるのは,大切に蓄えられてきた個々の症例の画像から優れた物語が紡ぎだされているからではないだろうか.すなわち本書の画像アトラスは,単に美麗な画像を収集しているのではなく,その疾患がどのように成り立ち,それが形態変化としてどのように表現されるのかについて各執筆者が真剣に向き合ってきた姿を彷彿させられ,画像を提供していただいた患者さんの生活史や担当医との対話などにも読者の想像を誘うのである.もちろん,東北大学消化器内科では,形態変化の背後にある分子レベルの異常にも踏み込んだ優れた研究を行ってきているが,本書ではその詳細についてはきわめて限定的な記述にとどまっており,これは本書の焦点を絞るための抑制的な配慮と思われる.
本書はわが国の消化器画像診断の到達点を示すマイルストーンとして,初学者から熟達者まで幅広い読者に自信を持って勧められるアトラスであるが,できれば英文出版して世界にも発信していただきたいと願うのは高望みであろうか.


内科 121巻1号(2018年1月号)「BOOK Review」より

評者:田尻久雄(日本消化器内視鏡学会理事長)

この度,『消化器画像診断アトラス』(監修:下瀬川徹教授,編集:小池智幸先生,遠藤克哉先生,井上淳先生,正宗淳先生)が,中山書店から刊行された.上部・下部消化管だけでなく,肝胆膵を含めた消化器領域全般の典型的画像所見を網羅したアトラスである.
本書の特徴は,主要な疾患の様々な画像診断の高品質画像(内視鏡,US,CT,MRI, PET,EUS,ERCP,病理所見等)が豊富に収載されていること,疾患ごとに「概要」「典型的な画像所見とその成り立ち」「確定診断へのプロセス」「治療」の要点が簡潔に解説されていることである.初めて本書を手にとり,非腫瘍性疾患,腫瘍性疾患と臓器別に整理されている項目を1頁毎に開いて読み進みながら,“日を瞠るような鮮明な画像”が“十分な大きさで配列されている”ことに驚きとともに感銘を受けた.
「典型的な画像所見とその成り立ち」では,所見の特徴の解説中に図番号を明示し,画像上見えている病変の形態の形成機序について言及されている点は,監修された下瀬川徹教授の画像診断を通じて消化器病学研究にかける真摯な姿勢と基本哲学を示すものである.
「確定診断へのプロセス」では,鑑別診断の手順とポイントをわかりやすく具体的に解説されており,読者がそれぞれの疾患に深い関心をもたれると思われる.さらに随所に最新の診断基準,治療指針も解説されているので,診療の合間に役立つような工夫がされている.
参考文献は,国内外の必要不可欠な文献が精選されていることも日常診療で忙しい若い先生方に親切な配慮である.本書は,全体をとおして消化器内科,消化器外科を選択する研修医にとって疾患の正しい理解と診断・治療に至るプロセスが理解できるように簡潔にまとめられており,指導医の先生方が実際に教えていく時に役に立つポイントもよく整理されている.
下瀬川徹教授率いる東北大学消化器内科ならびに東北大学関連病院の先生方の総力を結集した大作であり,長く歴史に残る名著になることは間違いない.これから消化器病学,消化器内視鏡学を目指す若い先生のみならず,指導施設で若い先生を教える立場にある先生や実地医家の先生の日常診療に即役立つものと考えている.是非とも座右に具えていただき,適宜参照していただきたい.

状況別に学ぶ  内科医・外科医のための精神疾患の診かた

状況別に学ぶ  内科医・外科医のための精神疾患の診かた published on

まさに臨床医の日常診療に必須の書

内科 Vol.118 No.5(2016年11月号) Book Reviewより

書評者:黒木宣夫(日本総合病院精神医学会理事長/東邦大学名誉教授)

本書は書名にあるとおり,精神科以外の医師に向けた精神疾患と精神科の入門書である.
第1章「状況別に学ぶ精神疾患」では,精神科以外の医師が精神疾患に直面した状況から,患者の訴えをどう解釈し,どのように対応するのが適切なのか,精神医学的根拠を示しつつ,わかりやすく具体的な対応が提示されている.精神疾患と接することは精神科以外の医師にとってはやや慎重になったり,気が重く感ずることもあるかもしれないが,一般の医師が精神疾患と遭遇する場面というのはある程度シチェーションに分けて考えられる.その状況別に「知っておくべきこと」「するべきこと」「してはいけないこと」を理解しておけば,決して精神疾患は恐れることはないことがよくわかる.対応すべきポイントが具体的に提示されているので,一般医にとって非常に参考になると思われる.
第2章では「精神科の基礎知識」として,精神症状の把握の仕方から,どのように見立てて治療方針を決めていくのか,まさに筆者の臨床経験から日常臨床に必須となる精神科の知識がまとめられている.この章を読んでいただけると,精神医学の必要性,さらに向精神薬を使う際のポイントに関しても,ただ投与するのではなく,一呼吸おいて本当に必要なのか,ほかに方法がないのか,薬物治療にさまざまな角皮から対応するという筆者の精神科治療に対する姿勢がにじみ出ており,本来の読者である精神科以外の医師だけでなく,精神科専門医,精神科をこれから目指そうという医師にも非常に参考になる内容となっている.
さらに,第4章「Q&A本当に知りたい精神疾患の疑問」では,精神科や精神疾患について,一般医から本当に集めた疑問に答えている.「精神科医はなぜなかなか病名を記載しないのか?」など興味深い解説や,精神科と心療内科の違い,新型うつ病,幻覚妄想への対応,認知症の対応などの現代のトピックスに関して,まさに臨床医が知りたい内容になっている.
また,精神科以外の医師と精神科医との連携は,地域医療,病院内医療,勤労者医療では欠くことができないと思われるが,さまざまな場面を想定して連携に関して解説がなされている.一般臨床医が,どのような患者であれば精神科診療所でもよいのか,単科精神病院の方が適切なのか,また総合病院精神科がより適切なのか,要領よくまとめられている.
2015年12月に義務化されたストレスチェック制度においても産業医と精神科医の連携が必要であるが,産業現場でいつ,どのようなタイミングで連携をとることが労働者の安定就労につながるのかという観点からも解説され,主治医の立場からの情報共有に関しての取り扱いにも言及されており,まさに臨床医の日常診療に必須の書であるといえる.

当直で 外来で もう困らない! 症候からみる神経内科

当直で 外来で もう困らない! 症候からみる神経内科 published on

診断・診療アルゴリズムがフローチャートで示され,しかも随所に図表が多用されており,視覚的かつ系統的に理解しやすい

内科 Vol.114 No.5(2014年11月号) Book Review

書評者:瀧山嘉久(山梨大学大学院医学工学総合研究部神経内科学講座教授)

本書は,「主訴」と「症候」から始まり,実際の神経内科診療の過程がわかりやすく記載され,初期研修医,専修医,神経内科専門医を目指す若手医師の神経内科診療の実践に役立つように意図されてつくられている.
きわめて広い守備範囲をもつ神経内科が取り扱う疾患について,診断・診療アルゴリズムがフローチャートで示され,しかも随所に図表が多用されており,視覚的かつ系統的に理解しやすい.若手医師が神経内科の勉強を始める際に,抵抗感なく自然に入り込める入門書として最適である.
「診断のコツ」と「治療のポイント」の二部構成で,「診断のコツ」では,日常診療で遭遇することの多い「呼びかけても反応しない」,「手足がけいれんする」,「頭がいたい」,「めまいがする」,「力がはいらない」など15種類の「主訴」について,病歴聴取のポイントと一般身体所見・神経学的所見の具体的な取り方,鑑別診断のために必要な検査,見逃してはいけない疾患が詳細に書かれている.「治療のポイント」では,「脳血管障害」,「認知症」,「パーキンソン病関連疾患」,「脊髄小脳変性症」,「神経免疫疾患」など代表的な神経内科的疾患に関して,基本的治療の内容が具体的に示されている.
若手医師が当直や外来などですぐに疾患を鑑別したいときに,いわゆるポケットマニュアルのように使うには,若干内容が盛りだくさんすぎるかもしれない.しかし,神経内科的疾患を解剖学的病態も含めて包括的に理解できる利点がある.さらに,神経内科の研修を楽しく充実したものにしてほしいという編者と執筆者の優しさが,「Point」,「予備知識」,「Red flags sign」,「key word」,「MEMO」として随所にあふれている.
本書は,若手医師には,ともすれば難解で敬遠されがちな神経内科に親しみをもたせて,その面白さを伝えてくれるに違いない.

聴診でここまでわかる身体所見

聴診でここまでわかる身体所見 published on

若き学徒にも実地に携わる医師にも,広く目を通していただきたい珠玉の書

内科 Vol.107 No.3(2011年3月号) Book Reviewより

評者:坂本二哉(元日本心臓病学会理事長)

羽田君が東京大学第二内科心音図研究室にやってきたのは,東大紛争の余韻も消えた1972年で,研究室は心音図,心機図,心エコー図の機械に囲まれていた。毎週,全症例についての厳しい「心音カンファレンス」は,既往歴,問診,身体所見,心電図,胸部X線すべてを包括していたが,中核は心音図にあった。のちにそれに心エコー図が加わった。ほとんど全症例で,カンファレンスでの診断やそれに基づく治療法が侵襲的検査法で変えられたということはなかった。そういう現実がまた羽田君の現在の自信に繋がっている。なかでも聴診診断はことに厳しく,また的を射たものであった。

羽田君はそのような激戦の中で成長し,研究室の長になった。本書をみていると,その当時の彼のカンファレンス司会者ぶりが彷彿とする。

本書は全16章からなるが,出だし第1章「physical examination上達への七ヵ条」はまさに診断法のエッセンスであり,それに続く各章も,従来の教科書のような通り一辺のものではなく,外来から入院患者の診療に関する著者の強固な考えに彩られている。すべて他人に有無をいわせぬ正論なのだが,それをズバッと書くところがとても魅力的である。強いていえば,最近あまりみられなくなった起座呼吸(25頁)は,ただ座るのではなくて,以前なら座って枕,今なら食事用の机にうつ伏すのが一般で,こうすると下腹部以下に圧がかかり,静脈還流がいっそう抑制されて楽になる。その逆が左房粘液腫である。

第6章からは本論の聴診法,身体全体の観察に入るが,簡にして要を得,初心者の見逃しやすいところ,ヴェテランの陥りやすいところなど,勘所をきっちり押えて余すところがない。心音図がいたるところで現れるが,元来聴診と心音図は音楽と楽譜のような関係で,いわば心音図は聴診の客観化である。聴診所見をカルテに書くことは大切で(自己流でよい),また本書の中にはどこかの国の文字のようなユニークなペン書きがあるのは楽しいことだが,心音図は撮らなくても,こういう習慣はぜひ実行してもらいたい。また必要に応じて随所に模型図,表,胸部X線,心電図,心エコー図,CT像などを配置し,身体所見と現代的手法との関連が示され,相互の理解が深められるようになっている。

最後の第16章「身体所見に乏しい心疾患と病態」も独特で重要な記載である。心疾患でみた目に所見がないのは,逆からいうと,著者が述べるように,ある種の診断方向を示す指針だといえる。その場合の切り込み方は,臨床家羽田君の力量が如実に示されるものである。

羽田君は収縮期雑音(ことに収縮中期雑音)や前収縮期雑音にこだわり,外国の一流学者と論戦し,幾多の論文を書いた。西欧の聴診・心音図の伝統を破るのは困難だが,心音図に関する限り,たとえば86頁や118頁の心音図にみられるように,“Japan as number one”は万人の認めるところであり,そして羽田君は間違いなくその先頭を行く一人である。

最後に特筆すべきは,これが終始一貫,一人の著者によって書き上げられた珠玉の書であるということである。

若き学徒も,実地に携わる医師も,広く目を通していただきたい。