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触診とゴロで覚える 四肢&体幹の機能解剖学

触診とゴロで覚える 四肢&体幹の機能解剖学 published on
評者:松永篤彦(北里大学大学院医療系研究科 教授)

リハビリテーション診療の一翼を担うセラピストにとって、解剖学を学ぶという試練は、養成校に入学して直ちに訪れ、そして間違いなく卒業しても終わることはない。それは、単に筋肉(筋群)の名称を覚えただけでは不十分であり、その筋群の「構造と機能」が日常生活動作(たとえば歩行)においてどのような役割を果たしているのかを、生体運動学と結びつけて理解していなければ、実臨床では役立たないからである。すなわち、解剖学を起点とした応用的知識の学びには終わりがない。また、頭の中に知識として詰め込むだけでなく、実際にその筋群を診て、触れて、動きを実感しながら機能を評価することが求められる。敢えて「試練」と表現したが、学生にとっても、有資格者にとっても避けては通れない膨大な学習領域である。

このような試練に立ち向かううえで大きな味方となるのが、本書『触診とゴロで覚える 四肢&体幹の機能解剖学』(中山書店)である。本書は、同社から既に出版されている『ゴロから覚える筋肉&神経』の進化形ともいえる。ページを開くと直ちに目を引くのは、①筋(群)の作用、②筋(群)名、③生体運動としての特徴(動作における役割、他筋との関係、特徴など)、④支配神経、⑤起始・停止(図)、⑥触診の方法(図:姿勢と位置)、⑦覚え方(ゴロ)、⑧POINT、⑨MEMOのすべてが例外なく整理されている点である。これらの番号は紙面上に明示されてはいないが、筆者が読者に本書の構成と充実度を伝えるために敢えて列挙した。しかも、A5サイズにも満たないコンパクトな判型の中に、これだけの情報が片面ごとに見やすく配置されている。

特筆すべきは③の生体運動に関する記述である。最も重要で実践的な知識が短文・箇条書きで整理されており、覚えやすく臨床で即使える内容になっている。⑤の起始・停止図は立体的で視認性が高く、⑥の触診図は実際の人体写真を用い、触診部位だけでなく触れやすい姿勢もひと目で理解できる。また⑧・⑨の項目では、臨床で遭遇する病態との関連知識が端的にまとめられており、実践の中での応用を想定した構成となっている。筆者はこれほど限られたスペースに、これほどまでに重要な知識を無駄なく配置した書をほとんど見たことがない。

近年、AIなどの技術革新により、豊富な知識を容易に検索できる時代となったが、要点を取捨選択し、学ぶべき本質を端的に整理してくれるものは少ない。本書は、単に「ゴロ」で覚えることを目的とした暗記本ではなく、触診を通して構造と機能を一体的に理解するための実践的な学習書である。著者の高橋仁美氏は、40年以上にわたり理学療法士として臨床・教育の第一線で活躍してきた達人である。本書は、その豊富な経験に裏打ちされた“機能解剖学の指南書”であり、初学者はもちろん、臨床経験を重ねた有資格者にも改めて学びを深める契機となる一冊である。本書を強く推薦する。

ニュースタンダード整形外科の臨床 3 整形外科の薬物療法・保存療法

ニュースタンダード整形外科の臨床 3 整形外科の薬物療法・保存療法 published on
Orthopaedics Vol.38 No.10(2025年10月号)「Book Review」より

評者:清水克時(医療法人 社団登豊会 近石病院 院長/岐阜大学整形外科名誉教授)

私は,この本の編集者,井尻慎一郎先生と同じ京都大学整形外科の出身です.医学部を卒業し,大学病院で半年間研修を受けた後,医局の研修プログラムで島根県の玉造厚生年金病院に3年間勤務しました.玉造病院では,たくさんの手術を経験しましたが,それに加えて,整形外科的保存治療の妙味を体験しました.病床には余裕があり,保存治療のための入院も可能で,先輩の医師や,PT,OT,看護師からたくさんのことを教えていただきました.病院の中に義肢科があり,義肢装具士が働いている工房によく出入りしました.私が卒業した1973年頃は,骨折や運動器変性疾患に対するインプラントが進歩し,手術的整形外科が飛躍的に発展する時代でした.大学病院のカンファレンスや学会では,手術を中心に議論が交わされ,私もそれにあこがれて入局したのですが,玉造病院の3年間で学んだことは,整形外科には保存治療も重要で,むしろこちらが本流だという事実でした.卒業直後の早い時期にこのことを学べたのは大変よかったと思います.

整形外科が手術分野として発展することができたのは,無菌的手術,麻酔, Ⅹ線診断の進歩に後押しされたからですが,それはほんの100年間くらいのことです.一方,保存的治療には,整形外科(ORTHOPAEDICS)という名称ができてからでも300年近くの長い伝統があります.《ニュースタンダード整形外科の臨床》 第3巻『整形外科の薬物療法・保存療法』のページをひらくと第1章,普天間朝拓先生の「外用消炎鎮痛薬」の記載で「貼付剤に切れ込みを入れて密着をはかる方法」が私の目に飛び込んできました.湿布薬を有効に使うための優れた方法で,湿布を医療保険でカバーすべきか? という昨今の医療経済論議に対する現場からの回答のようにも思いました.普天間先生と患者さんの会話が聞こえてくるような写真です.このほかにも,臨床現場で役に立つ知識をできるだけ具体的に解説するという編集者の意図は,すべての執筆者によく伝わっていて,実際の臨床に即した知識が満載されています.

第1,2,3巻を通読してみて,全11巻におよぶシリーズのなかで,この3冊はまさにジェネラリストのための基本的教科書だと思いました.とくに第3巻は秀逸です.私が臨床医として働き始めてから半世紀が過ぎました.最近は,ふたたび一般整形外科の診療が増えてきたので,診療のあいまにこの本を読んで重宝しています.本書をすべての世代の整形外科医におすすめします.

臨床区域麻酔科学書

臨床区域麻酔科学書 published on
麻酔 Vol.74 No.9(2025年9月号)「書評」より

評者:内田寛治(東京大学医学部附属病院麻酔科・痛みセンター)

区域麻酔は,全身麻酔に比して合併症のリスクを軽減し,術後の回復をより良好に導く麻酔手法である。単独でも,全身麻酔と併用しても用いられ,その臨床的有用性は高く,周術期医療における選択肢として今後さらに重視されることが予想される。また,術後鎮痛や慢性疼痛治療へとつながることから,ペインクリニック領域への橋渡し的な意義も持っている。

近年,全身麻酔は薬剤の進歩やモニタリング技術の発展により,一定の安全性と標準化が確立されている。一方,区域麻酔は,神経解剖の深い理解,超音波画像の的確な読解,ブロック技術の巧拙など,術者の裁量と熟練度が大きく問われる分野である。術式や解剖のバリエーション,患者背景の多様性に応じた判断と対応が求められるため,探究心と創造力を持った医師にとって,大きなやりがいと挑戦の余地がある。実際に,区域麻酔に取り組む麻酔科医には学術意欲の高い人材が多く,学会やハンズオンセミナーも活発に行われている。

本書『臨床区域麻酔科学書』は,一般社団法人日本麻酔科医会連合出版部による書籍としては,『臨床麻酔薬理学書』に続く2冊目の刊行物であるが,それに先立ち,同様の編集体制により出版された『臨床麻酔科学書』を含めれば,シリーズ第3作にあたる。いずれの書籍も,現場に根ざした内容と学術的水準の高さを兼ね備え,多くの読者に評価されてきた。本書もその流れを汲みつつ,区域麻酔という専門領域に焦点を当て,実践的かつ体系的にまとめられている。

執筆陣には,日本国内外で高い評価を得ている専門家が多数名を連ねており,その層の厚さには圧倒される。これだけの筆者を取りまとめ,教科書としての一貫性と完成度を保った編集主幹・廣田和美先生の見識と人脈,そして熱意に深く敬意を表したい。

構成面でも工夫が凝らされている。図表や写真に加え, Webを介した動画コンテンツも掲載され,読者は現場で即座に応用できる知識や技術を具体的に学ぶことができる。動画コンテンツは今後さらに拡充されていくことを大いに期待したい。また,各章のコラムやトピックは,読者の素朴な疑問に寄り添い,筆者の経験と知恵に触れることができる構成となっている。

特に総論では,区域麻酔の歴史的背景,神経生理,薬理学など,基礎的領域への丁寧な記述が際立っている。こうした不変の知識は,日々進化する医療現場において,判断力と応用力の拠り所となる。また,周術期チーム医療を束ねる医師には,周囲への指導教育能力が不可欠であり,その立場に堪えるためにも本書が提供する体系的な基礎知識は極めて有用である。

区域麻酔学会認定医を志す医師にとっては必携であるとともに,すべての麻酔科医にとって実践と教育を支える信頼の書として,座右に置く価値のある一冊であると確信している。

ニュースタンダード整形外科の臨床 2 整形外科の外傷処置 捻挫・打撲・脱臼・骨折

ニュースタンダード整形外科の臨床 2 整形外科の外傷処置 捻挫・打撲・脱臼・骨折 published on

これは面白い! 役に立つ!

Orthopaedics Vol.38 No.8(2025年8月号)「Book Review」より

評者:井口哲弘(恕和会松田病院整形外科・リウマチ科部長/元兵庫県立リハビリテーション中央病院院長)

大規模病院や中小規模病院の整形外科で、そして25年間の開業医として、外傷診療の第一線治療を経験されてきた井尻整形外科院長の井尻慎一郎先生が、中山書店の整形外科シリーズ《ニュースタンダード整形外科の臨床》の第2弾『整形外科の外傷処置』を編集、このたび刊行された。

この本は、実際に救急医療を経験しないとわからないノウハウが詰まった貴重な本であることがわかる。「整形外科医でも知っておいた方がよい救急外傷」では、皮下異物(トゲ)の除去方法が図解入りでわかりやすく書いてある。爪下異物では爪の切除方法が、種々の動物咬傷では治療法に加え、安静期間とリハビリテーションの方法まで書いてある。普通の本では指輪のはずし方は簡単な図解が多いが、6枚の連続写真で詳しく説明してある。要するに、豊富な写真、レントゲン、図解、イラストを駆使して、読者に理解しやすい細やかな配慮がされている。「こんな方法があったのか、もっと早く知りたかった」と思わせる内容である。

目を見張る二つ目は、分野と執筆陣の充実である。基礎、捻挫・靭帯損傷・肉離れ、打撲・骨挫傷、脱臼、骨折、末梢神経、外傷合併症の各分野で67項目を、治療の第一線で活躍中の70名以上の先生方が執筆されている。環軸椎回旋位固定などの小児疾患から高齢者脊椎脆弱性骨折まで、よくこんなに多くの先生方に執筆をお願いできたと驚いている。もちろん井尻先生のみならず共同編集委員の田中栄先生や松本守雄先生のご尽力であることは間違いない。私が気に入っている執筆方針は、それぞれに「治療に対する考え方」が記載されている点である。例えば手指の屈筋腱損傷や足関節果部骨折などで、保存的治療か手術的治療か、どちらを選択するかの考え方が示されている。治療原則がわかり、病態の理解がしやすい。

そして三つ目は、動画がついている。肩の各種テストのやり方、指腱損傷の診断の方法、ハムストリング肉離れの徒手検査法、踵骨骨折での大本法のやり方など20項目がスマホで簡単に見ることができる。整形外科医へのアンケートによると一番自信のない手技は、肩関節脱臼の整復法であったそうである。私もそうで、改めてゼロポジション法、Kocher法、Stimson法の整復法を動画で確認できて大変勉強になった。図で見るのと動画では、理解のしやすさが「天と地」である。

以上のように、実際にこの本を手に取ると、買って読みたくなることは間違いがない。関西弁では「このほん、じゅうぶん、もとがとれまっせ」と言える。

ニュースタンダード整形外科の臨床 1 整形外科の病態と診察・診断

ニュースタンダード整形外科の臨床 1 整形外科の病態と診察・診断 published on
Orthopaedics No.38(2025年3月号)「Book Review」より

評者:新井貞男(あらい整形外科院長)

本書は,「整形外科開業医や一般病院整形外科勤務医に真に役立つ書籍」を提供することを目的として編集された.整形外科医は新生児から高齢者までのすべての世代を,また骨折・打撲・捻挫等の急性外傷から,「腰痛症」「関節症」などの慢性疾患までを対象としている.こうした幅広い年代と疾患を整形外科外来で診察する際,短時間の診察や検査で診断を行う必要がある.疾患によっては基幹病院や大学病院の専門外来に紹介する必要がある.自院での処置治療や消炎鎮痛処置や運動器リハビリなどの保存療法で治療できるか,更には専門外来に紹介するかを診断するのは経験豊富な整形外科医でも迷うところである.そこで,従来の手術療法を主とするようなものでなく,整形外科開業医や一般病院の整形外科外来医師にとって直ぐに役立つようにと本書は編集された.

まず,『整形外科の病態と診察・診断』として第1巻が刊行された.

第1章は「運動器の病態生理と治癒機転」として,運動器の構成要素である,骨・関節・靭帯・関節包・筋・末梢神経の基礎知識と治癒機転について述べている.

第2章は「体表解剖と痛みやしびれから想定される病態」として,頚部・肩関節周辺・肘・手関節と手・胸部と背部・腰部・骨盤と股関節・大腿・膝関節周辺・下腿・足関節・足と整形外科のすべての守備範囲を網羅している.

第3章は「診察法(患者問診・診察・検査・診断)」として,頚部・肩関節周辺・肘・手関節と手・胸部と背部・腰部・骨盤と股関節・大腿・膝関節周辺・膝関節損傷・下腿・足関節・足・小児を紹介している.研修医は勿論,経験豊富な医師でも動画で診察法を再確認することは有用である.

第4章では「整形外科の代表的な病態と治療」として,痛み・炎症・急性慢性の違い・関連痛,放散痛などの病態を解説している.日常よく遭遇する,関節炎・骨挫傷,不顕性骨折・骨粗鬆症・関節リウマチ・痛風,偽痛風・肩こり・首下がり症候群・ストレートネック・いわゆる腰痛症・骨腫瘍及び軟部腫瘍・ロコモフレイルサルコペニア・成長痛などを分かりやすく解説している.

本書の特徴として写真や図だけでなく,QRコードを用いて動画を用いて解説していることである.診察法,体操療法,理学療法,装具療法などは動画で見ることにより理解しやすくなる.写真や図を何度見ても理解できなかったものも,動画を見ると直ぐに理解できる.

今までにない,現場で役立つリアルな新しい整形外科医の必携書である.

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 6 耳鼻咽喉科医のための診療ガイドライン活用マニュアル

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 6 耳鼻咽喉科医のための診療ガイドライン活用マニュアル published on
ENTONI No.304(2024年12月号)「Book Review」より

評者:本間明宏(北海道大学教授)

本書を読んで「これは診療にとても役立つ本だ!」と確信しました.耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域全般の重要な疾患・治療などについて,ガイドライン,標準治療をコンパクトに,そして具体例をあげて説明されており,非常に読みやすく,しかも,わかりやすい内容となっています.また,抗菌薬,インフルエンザ,内視鏡感染防御,抗凝固療法,造影剤の使い方,高齢者,妊産婦・授乳婦への投薬など,日常の診療でわれわれ耳鼻咽喉科・頭頸部外科医も知っておかなければならない関連領域も取り扱ってくれているのも魅力です.

《プラクティス耳鼻咽喉科の臨床》シリーズは,耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域の最新の進歩を取り込み,耳鼻咽喉科診療と関わる社会的状況を反映した“エビデンスとサイエンスに基づく臨床基準書”を目指して刊行されています.本書,第6巻『耳鼻咽喉科医のための診療ガイドライン活用マニュアル』は,タイトルの通り,明日からの診療における診療ガイドライン活用の道標となることを目指して作られています.

耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域全般について,それぞれの領域のエキスパートにより執筆されており,本書一冊で,耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域全般に加え,上述のような関連領域についても標準的な考え・治療について知ることができます.

第1章では,ガイドラインの作成方法が述べられ,ガイドラインがどのように作られたかを知ることができます.第1章で作成方法が理解できると,ガイドラインの記載を見て,その文章に込められた思い,言外のニュアンスを感じ取ることができるのではないかと思います.日々,患者さんと向き合っている先生方は,日常診療ではガイドラインの典型的な記載では対応できない場合には,悩みながら診療していることと思います.本書では,ガイドラインに書ききれなかったすき間を埋めるような記載が多くあり,診療する際に大いに役立つと思われます.

本書で,耳鼻咽喉科・頭頸部外科領域全般の重要な疾患・治療などについて最新のエビデンス,ガイドライン,標準的な考えを学ぶことができ,専攻医からベテランの専門医まで有用な一冊と思います.診療のデスクに常に置いておきたい本として推薦させていただきます.

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 1 耳鼻咽喉科 日常検査リファレンスブック

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 1 耳鼻咽喉科 日常検査リファレンスブック published on

ENTONI No.300(2024年8月号)「Book Review」より

評者:村上信五(名古屋市立大学名誉教授)

この度,中山書店から新シリーズ《プラクティス耳鼻咽喉科の臨床》の第1巻として『耳鼻咽喉科 日常検査リファレンスブック』が発刊されました.リファレンスブックとは「参考図書」のことで,資料や事柄等,何かを調べるための本,つまり,その一部を読むだけで利用者の目的が達成できるように編集された書です.耳鼻咽喉科頭頸部外科領域において検査に特化した書籍の発刊は近年になく,本書は耳鼻咽喉科医のみならず臨床検査技師や言語聴覚士にとっても理解しやすい,最も頼れる一冊と言えます.

本書の特徴は,聴覚やめまい,平衡,顔面神経麻痺,音声言語,嚥下障害などにおける生理検査だけでなく,耳鼻咽喉科頭頸部外科疾患の画像診断や頭頸部腫瘍関連検査,感染症関連検査など,すべての検査を網羅していることです.そして第11章では「症候から考える検査バッテリー」として,めまいや難聴,顔面痛・頭痛,嚥下障害,頸部腫脹,呼吸困難など日常診療で頻回に遭遇する症候を取り上げ,診断のポイントとプロセス,必要な検査と鑑別をフローチャート形式で分かりやすく解説しています.最後のAppendix(付録)には,検査の正常値(基準値)と正常画像が掲載されており,各疾患における検査の値異常や重症度が一目瞭然に理解できるようになっています.検査を基本から学びたい方は各章をじっくり精読し,ある程度理解している方は迷った時に,そして,外来診療においては傍らに置いてAppendixを参照いただくのが本書の上手な活用と考えます.

平成16年に新医師研修制度が発足し,研修医の多くが大学病院や医育機関を離れ,市中の研 修指定病院で初期研修を行い,病院に留まるケースが多くなっています.そして,耳鼻咽喉科専攻医が諸検査を臨床検査技師や言語聴覚士に丸投げし,自ら実施する機会が少なくなっています.その結果,検査ができない医師や技師の検査の誤りを指摘できない医師が増えています.検査は治療の選択や予後の判断に重要で,正しく実施され,解釈されなければ患者に多大な不利益をもたらし信用をなくします.患者に正しい医療を行い,看護師や検査技師に信頼され尊敬されるためにも検査の正しい理解と実施は必須です.

『耳鼻咽喉科 日常検査リファレンスブック』は,一冊で医師,臨床検査技師,言語聴覚士が共に学べる最適の検査書として推奨できます.

メニエール病-ストレス病を解き明かす

メニエール病-ストレス病を解き明かす published on

評者:内藤 泰(神戸市立医療センター中央市民病院 耳鼻咽喉科・総合聴覚センター長)

メニエール病は代表的なめまい疾患であるが、原因は不明とされ、その治療は基本的に対症療法にとどまっている。本書の著者である高橋正紘先生(元山口大学、東海大学教授、元日本めまい平衡医学会理事長)は大学教授を退職された後、自身のめまいクリニックを開設、膨大な数の臨床例の長期観察と治療経験から、メニエール病の本質をストレス病と位置づけ、その治療法として日常的な有酸素運動の有効性を示された。本書では、メニエール病の本質をストレス病とするに至った背景、その根拠となる臨床データ、有酸素運動の効果、ストレスがメニエール病発症につながるメカニズムに関する論考がまとめられているが、いわゆる学術書ではなく一般向けの科学書の体裁になっており、著者のメニエール病に対する思いや考えがストレートに述べられている。

メニエール病の診療経験のある医師であれば、その患者プロフィールとして細部まで間違えないように仕事に取り組む緻密さや、時に自身の体調を犠牲にしてでも物事をやり遂げる完璧への志向など、特有の性格的傾向を感じることが多いであろう。最新の「メニエール病・遅発性内リンパ水腫診療ガイドライン 2020年版」(日本めまい平衡医学会、金原出版、2020年)においても疫学の項でメニエール病患者の几帳面な性格的特徴が述べられ、生活指導としてライフスタイルの改善や有酸素運動の効果について言及されているが、その分量はガイドライン本文の1%にも満たない。米国耳鼻咽喉科学会のメニエール病診療ガイドライン(Clinical Practice Guideline: Ménière’s Disease, American Academy of Otolaryngology-Head and Neck Surgery, 2020年)の中でも、「歴史的に見ると食餌の塩分やカフェイン、アルコールの制限、ストレスの軽減が長らく提唱されてきたが、ランダム化対照臨床試験が乏しく、これらの予防策に関する真のコンセンサス合意はない」とされ、「ストレス」は片隅に追いやられている。このような現在の潮流に鑑みると、本書はユニークで、いわば「孤高の書」と言える。

評者は、以前勤務していた大学病院で難治性メニエール病のめまい発作制御に内リンパ嚢開放術や前庭神経切断術などの外科的治療を積極的に行っていたが、市中病院に着任してメニエール病の発症を防ぐことに力点を移し、その病因としての患者の日常的ストレスについて詳しく尋ね、運動習慣をもつように勧め、著効例も経験するようになった。評者の編著書「めまいを見分ける・治療する」(ENT臨床フロンティア、中山書店、2012年)でも高橋先生にメニエール病患者のライフスタイル改善と有酸素運動治療についてご執筆頂いている。このような経験から、本書で繰り返し引用されているWilliam Oslerの「患者がどんな病気に罹っているかよりも、患者がどんな人間かを観察することが重要」という言葉には評者も深くうなずくところである。

メニエール病診療においてめまい発作や難聴の悪化を制御改善する薬物療法や外科的治療は患者の病状に応じて必要な場面があり、個々の患者でストレス源が分かっていても解決できない状況もあり得るので、すべての患者でライフスタイルの改善と有酸素運動だけで問題が解決するとは言えないであろう。また、著者が論考しているストレスからメニエール病に至る病的機序の仮説についてはさらに科学的検証を要する点もあると思われる。しかし、本書で提言されている、「なぜ人がメニエール病になるのかを考える」という、疾患の原点に立ち戻る姿勢は重要であり、この点において本書は医療者だけでなく患者諸氏が読まれても役立つものと考える。

最後に、本書とシェークスピアの戯曲との関連について述べる。本書は20章からなるが、各章の冒頭にシェークスピアからの引用がある。まずこれを読み、その章の読了後、もう一度この台詞を読むことをお勧めする。シェークスピアからの引用の中に本文内容を詩的に凝縮したような、時に辛辣な含意が感じられ、味わい深い。そして、あらためて全ての章のタイトル部分を眺めると、おそらくシェークスピアで最も有名なハムレットの台詞「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」(河合祥一郎訳、2003年)が引用されていないことに気づく。この台詞には他にも「生か、死か、それが疑問だ」(福田恒存訳、1955年)など幾多の名訳があるが、メニエール病について考え方の転換を迫る本書には、ハムレットの内心を率直に表した1972年の小田島雄志訳がふさわしい気がするので、これを引用して本稿のまとめとしたい。「このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ」。本書の読者はどちらを選ぶであろうか。

臨床麻酔薬理学書

臨床麻酔薬理学書 published on
麻酔 Vol.73 No.3(2024年3月号) 「書評」より

評者:内田寛治(東京大学大学院医学系研究科生体管理医学講座麻酔科学)

今回紹介する「臨床麻酔薬理学書」は日本麻酔科医会連合出版部が事業活動の一つとして出版部を設けて発刊する書籍の第一号である。本書の編集委員によって先に発刊された「臨床麻酔科学書」の内容をさらに掘り下げた内容となっている。

意識がある患者を,薬剤を利用して,意図的かつ一時的に手術実施が可能な状態に陥らせ,その間の全身状態を精緻に管理することを日常的に実践する医師,すなわち麻酔科医師が,正確な薬物動態学,薬力学の知識と実践経験を持って患者に向かうことは,麻酔科医のアイデンティティそのものである。

1950年,日米医学教育者協議会の来日講演で,近代医学が日本にもたらされたが,その一員として,筋弛緩薬を使用した全身麻酔を紹介したDr.Sakladは,“麻酔は臨床生理であり,臨床薬理である”と言い,麻酔は単なる手技であるとの考えであった当時の外科医を驚かせたという。第1章の冒頭にある “臨床麻酔とは「臨床薬理学/臨床麻酔薬理学を実践する臨床医学」である”との記述はまさにこの精神を受け継いだ正統な書籍であることを裏付ける。

本書では,第一部を薬理学総論として,薬物動態学・薬力学に関する考え方を,実際に臨床で使用する薬剤やモニタリングを例に挙げつつ,わかりやすく記述している。また,第二部では各論として,麻酔科医師が手術麻酔・集中治療・ペイン・緩和領域で実際に使用する薬物,すなわち全身麻酔の三要素に影響する薬剤(吸入・静脈麻酔薬,オピオイド,その他の鎮痛薬,筋弛緩薬,局所麻酔薬)に加えて,循環作動薬,抗不整脈薬,利尿薬,抗凝固薬,ステロイド,制吐薬,産科麻酔領域で子宮収縮・弛緩に使用する薬剤,マグネシウム製剤,消毒薬を取り上げ,それぞれについて総論で基本的な薬理メカニズムの解説,各論で個別の薬剤について述べている。現在の臨床麻酔に関わる薬剤をここまで網羅している成書は本書をおいてほかにない。編集主幹の森田潔先生,編集委員の川真田樹人先生,齋藤繁先生,佐和貞治先生,廣田和美先生,溝渕知司先生の慧眼に深く敬服する。

本文ではエビデンスを意識した記述が徹底されており,文献も最新のものが取り入れられている。薬物の添付文書では得てしてわかりにくい薬効薬理を,本書では図などを用いてわかりやすく記述することが意識されている。

本書の内容は,麻酔科専門研修以上の医師であれば読みやすく,通読して麻酔薬理学の知識を整理することに適しているが,索引も充実しており,使用頻度の低い薬物を使用するときに参照して,効果メカニズムを理解する際に大変重宝する構成である。

麻酔科専門医を目指す若い麻酔科医師だけでなく,ベテランの麻酔科医にとってもハンディに手にとれる場所に常備しておくことをお勧めしたい。

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 5 難聴・耳鳴診療ハンドブック

プラクティス耳鼻咽喉科の臨床 5 難聴・耳鳴診療ハンドブック published on
ENTONI Vol.292(2024年1月号)「Book Review」より

評者:原 晃(筑波大学副学長・理事・附属病院長)

この度,《プラクティス耳鼻咽喉科の臨床》シリーズ(総編集:大森孝一先生)第5巻『難聴・耳鳴ハンドブック』(専門編集:佐藤宏昭先生)が刊行されました.

本書は難聴・耳鳴の領域を広くカバーし,実に73名の各領域のトップランナーが充実した内容を執筆されています.ざっと表題を追ってみても,先天性難聴,内耳・中耳奇形,先天性感染,後天性難聴,中枢性難聴の診断・検査の進め方,伝音難聴,急性感音難聴,外傷性難聴,慢性感音難聴,聴覚リハビリテーション,聴覚求心路障害,後迷路性難聴,耳鳴の診断と治療などが掲げられています.また,それぞれの疾患への診断・治療のエビデンスレベルも記載されており,ガイドラインとしても十分耐えうる内容と思料されます.さらには,adviceとして鼓膜の再生療法,迷路振盪症,身体障害者認定交付意見書作成に関する注意点および保険医療で扱われる範囲,難聴と認知症が解説されており,希少疾患・患者ながらも普段の診療で迷う事柄についても精緻に理解できるような構成になっており,まさに手元に置いておくことで極めて有用性が高いものと思われます.巻末にはAppendixとして急性感音難聴の診断基準と耳鳴の問診票と質問票が付されており,これも普段の診療において役立つこと請け合いです.

一方,Topicsとして,iPS細胞創薬の現状,ワイドバンドティンパノグラム,新しい埋め込み型骨導補聴器,内耳上皮細胞を標的としたバイオ医薬品の開発,反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)療法が掲載されております.これらは,これから聴覚基礎研究を志す若手の耳鼻咽喉科医にとってはまさに研究の糸口,入口を示唆されるのではないでしょうか.佐藤宏昭先生ならではの若手の基礎研究者へのencourageになっているのではないでしょうか.そういう意味からも,本書はできるだけ若手の耳鼻咽喉科医が読まれることを強く推奨します.また,検査や手術手技に関する動画もみることができるようになっており,若手臨床家のオリエンテーション資材としても誠に優れた構成になっているものと思料します.

耳鼻咽喉科医,殊に若手の耳鼻咽喉科医はぜひともご一読を! そして,常に眼科に比して10年遅れているといわれる基礎研究者が一人でも多く出てこられることを衷心より願っております.