理学療法ジャーナル Vol.56 No.10(2022年10月号)「書評」より

評者:田中弘志(心身障害児総合医療療育センター 医師)

理学療法の対象は高齢者を中心とした成人が多く小児は比較的少ない.小児の分野では「ハビリテーション」という言葉が用いられることがある.成人の理学療法が主にリハビリテーションによって元の状態に近づけることが目標になることに対し,小児の理学療法で行われるハビリテーションは先天性障害などに対して患者がもっている機能を生かして個々に応じて目標設定を行い,治療を行うことである.

小児の理学療法が難しいという印象をもつ人が多いことは,この個々に応じて目標を設定してハビリテーションを行うことの難しさのためではないかと考える.本書はまさに先天性疾患に対し,個々の目標設定を行うための多くの情報が示されている.

特に脳性麻痺に関して多くのページにわたって書かれているが,脳性麻痺は歩容異常のみがみられる軽度の症例から自力での運動が困難で日常生活はすべて介助が必要となる重度の症例に分かれる.小児のなかでも特に目標設定が重要な疾患であり,そのための基礎知識が網羅されている.新生児期からの理学療法に関しても書かれているが,正常発達からは逸脱して発達することも多く,それらに応じた理学療法を行うことが重要であり,そのエッセンスが随所に記されている.本書に示されているさまざまな評価を踏まえた理学療法を行うことは,脳性麻痺患者の運動機能向上のために非常に重要なことである.

発達障害は,近年,特に診断されることが多くなった疾患名であり,日常生活のしにくさやコミュニケーションのとりにくさのため,生活に困難が生じることが多い疾患である.脳性麻痺と異なり,筋肉や関節へアプローチをすることは少ないが,脳性麻痺の患者のなかで発達障害を合併している症例もある.本書の内容を参考にかかわり方を工夫することで,患者の治療が飛躍的に進むことは多い.

また,本書の最初に正常発達について詳細な記述がある.正常発達の理解は小児の理学療法を行ううえで不可欠である.運動発達の遅れや日常生活活動の遅れが主訴で治療に来る患者がいた場合,正常発達を理解したうえで獲得している機能と獲得していない機能を正確に把握することで適切なアプローチが可能となる.本書を読み小児の正常発達を理解することは,個々に応じた適切な理学療法の手助けとなる.

本書は,理学療法士をめざす学生がいろいろな小児の疾患を学習するうえで最適な教科書である.それだけでなく,理学療法士になって普段かかわることがない小児の症例に遭遇したときや,小児の理学療法士をめざす方々にとっても多くの貴重な情報が得られる.理学療法士を志す学生の期間だけでなく,いろいろな分野をめざす理学療法士にとって,そして将来の理学療法士の教育を行う立場の先生方にとっても有益な情報が多く書かれている良書である.