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臨床麻酔薬理学書

臨床麻酔薬理学書 published on
麻酔 Vol.73 No.3(2024年3月号) 「書評」より

評者:内田寛治(東京大学大学院医学系研究科生体管理医学講座麻酔科学)

今回紹介する「臨床麻酔薬理学書」は日本麻酔科医会連合出版部が事業活動の一つとして出版部を設けて発刊する書籍の第一号である。本書の編集委員によって先に発刊された「臨床麻酔科学書」の内容をさらに掘り下げた内容となっている。

意識がある患者を,薬剤を利用して,意図的かつ一時的に手術実施が可能な状態に陥らせ,その間の全身状態を精緻に管理することを日常的に実践する医師,すなわち麻酔科医師が,正確な薬物動態学,薬力学の知識と実践経験を持って患者に向かうことは,麻酔科医のアイデンティティそのものである。

1950年,日米医学教育者協議会の来日講演で,近代医学が日本にもたらされたが,その一員として,筋弛緩薬を使用した全身麻酔を紹介したDr.Sakladは,“麻酔は臨床生理であり,臨床薬理である”と言い,麻酔は単なる手技であるとの考えであった当時の外科医を驚かせたという。第1章の冒頭にある “臨床麻酔とは「臨床薬理学/臨床麻酔薬理学を実践する臨床医学」である”との記述はまさにこの精神を受け継いだ正統な書籍であることを裏付ける。

本書では,第一部を薬理学総論として,薬物動態学・薬力学に関する考え方を,実際に臨床で使用する薬剤やモニタリングを例に挙げつつ,わかりやすく記述している。また,第二部では各論として,麻酔科医師が手術麻酔・集中治療・ペイン・緩和領域で実際に使用する薬物,すなわち全身麻酔の三要素に影響する薬剤(吸入・静脈麻酔薬,オピオイド,その他の鎮痛薬,筋弛緩薬,局所麻酔薬)に加えて,循環作動薬,抗不整脈薬,利尿薬,抗凝固薬,ステロイド,制吐薬,産科麻酔領域で子宮収縮・弛緩に使用する薬剤,マグネシウム製剤,消毒薬を取り上げ,それぞれについて総論で基本的な薬理メカニズムの解説,各論で個別の薬剤について述べている。現在の臨床麻酔に関わる薬剤をここまで網羅している成書は本書をおいてほかにない。編集主幹の森田潔先生,編集委員の川真田樹人先生,齋藤繁先生,佐和貞治先生,廣田和美先生,溝渕知司先生の慧眼に深く敬服する。

本文ではエビデンスを意識した記述が徹底されており,文献も最新のものが取り入れられている。薬物の添付文書では得てしてわかりにくい薬効薬理を,本書では図などを用いてわかりやすく記述することが意識されている。

本書の内容は,麻酔科専門研修以上の医師であれば読みやすく,通読して麻酔薬理学の知識を整理することに適しているが,索引も充実しており,使用頻度の低い薬物を使用するときに参照して,効果メカニズムを理解する際に大変重宝する構成である。

麻酔科専門医を目指す若い麻酔科医師だけでなく,ベテランの麻酔科医にとってもハンディに手にとれる場所に常備しておくことをお勧めしたい。

臨床麻酔科学書

臨床麻酔科学書 published on
麻酔 Vol.71 No.9(2022年9月号)「書評」より

評者:武田純三(慶應義塾大学名誉教授)

現在わが国で行われている全身麻酔は,1950年に開催された日米連合医学教育者協議会での,Dr. Meyer Sakladの麻酔科学の講演が出発点となっている。それまでドイツ医学を踏襲してきた日本では,痛みを取ることが麻酔と考えており,現在あたりまえとなっている“麻酔は全身管理である”との概念はなかった。したがって,Dr. Sakladの講演で初めて耳にした全身管理の概念や米国での麻酔科医の教育システムは,日本の外科医たちにとってはたいへんな驚きであった。第51回日本外科学会の前田和三郎会長は,“麻酔学の教育及び研究は緊急事である”と会長講演で述べている。これがきっかけとなって,1954年に日本麻酔学会(現:公益社団法人日本麻酔科学会)が設立され,全国の大学に麻酔学教室が設立されていった。

Dr. Sakladの講演から70年余が経過し,この間の麻酔科学の発展は目を見張るものがある。麻酔科学の進歩は,医療技術・医学の進歩,電子機器の発展,薬剤の開発により支えられてきた。どれかが飛び出すことで,ほかが牽引されて伸びることを繰り返してきた。麻酔科学の高度化と同時に,集中治療・救急医療,ペインクリニック・緩和医療,小児周産期麻酔,心臓血管麻酔などへの分化も進んできた。高度化と分化は麻酔領域の専門性を高めてきたが,同時に注意を払うべき事案の増加,リスクの増加を伴い,知っておくべき知識の厖大化を招いてきた。

また,進化し続ける医学は,常に麻酔科医に新知識を追いかけることを強いてきた。医師国家試験は一度取得すると更新はないが,医師としての質の担保のために,初期研修医制度,専門医認定,サブスペシャリティでの専門医資格取得など,医師国家試験の上に存在する資格・認可の仕組みが構築され,研修や評価・再評価が行われている。日本麻酔科学会は他学会に先がけて専門医制度を構築してきたことは,周知のところである。

高度化,分化の進行は自分の専門外となる領域を増やし続けてきた。すべての臓器は網目のように絡んで機能しており,自分の専門分野の知識さえあれば安全な麻酔を施行できるものではない。安全な麻酔のためには,すべての麻酔関連知識を習得している必要がある。さらに外科系技術の進歩への知識の習得も必須である。少なくとも麻酔科医に必要とされる常識的麻酔関連知識の習得が求められる。これは,領域と専門性について“どこまで知っているべきか”の命題を生んできた。

このたび「臨床麻酔学書」が出版された。本書が目指しているのは,“日々進化する麻酔科学の知識,技術を常に学び続けるために,すべての麻酔科医が一読すべき臨床麻酔科学の教科書”とある。本書は,現在のすべての麻酔科医に要求される領域とレベルがそろえられており,“どこまで知っているべきか”の命題に答えようとしている。すべての麻酔科医の座右の書となるべき一冊といえる。

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のための周術期の診療ガイドライン活用術

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のための周術期の診療ガイドライン活用術 published on
麻酔 Vol.70 No.1(2021年1月号)「書評」より

評者:山田芳嗣(国際医療福祉大学三田病院病院長)

今回紹介する「麻酔科医のための周術期の診療ガイドライン活用術」は《新戦略に基づく麻酔・周術期医学》シリーズ10冊目にあたる。シリーズ第1冊目「麻酔科医のための循環管理の実際」の刊行から7年を経て,本書の刊行をもって全10冊がそろいシリーズが完結した。本シリーズは“新戦略に基づく”というネーミングが表すように,コンセプトがたいへん斬新であり,今までにない構成の麻酔科学の教科書になっている。第1冊目の刊行から7年間の間に医学・医療は麻酔科領域も含めて凄まじい進歩と変容を遂げてきたが,当初計画された“新戦略”のアプローチは現在においても非常によくマッチしていると再認識できる。監修の森田 潔先生ならびに編集の川真田樹人先生,廣田和美先生,横山正尚先生の達見に深く敬服するものである。
本書の構成として,第1章は診療ガイドラインの総論であり,すでに学会やセミナーなどで何度も聞いた内容であるが,系統的な記述を理解して正確に把握することが診療ガイドラインを実臨床で適切に活用するために必要なことである。ガイドラインの限界と課題についても詳しく解説しているので確認していただきたい。第2章以降は“症例で学ぶ診療ガイドラインの実践”として,第2章は術前管理,第3章は術中管理,第4章は術後管理という単純明快な構成になっている。第2章の術前管理では,気道・呼吸評価,循環評価,薬剤(抗血栓療法,降圧薬),周術期禁煙,術前の絶飲絶食,重症患者の栄養療法になっている。第3章の項目は,血液製剤の使い方,神経ブロック,危機的出血,気道トラブル,麻酔薬,循環作動薬,予防的抗菌薬,医療安全対策,術中モニターとほぼ麻酔中の管理を網羅している。輸液療法・輸液管理は各所に分けられて記述されており,術中に独立の項目がないのは残念だが,ガイドラインのみで全体を包含して解説するのが難しいためかもしれない。第4章の術後管理では,術後痛管理,術後せん妄,日帰り麻酔への対応,敗血症への対応,早期リハビリテーションと特色のあるものになっている。どの項目の解説もガイドラインの焼き写しではなく,症例の具体的な提示になっており,ガイドラインを基盤として条件,状況,病態を考慮して診療する過程が解説されている。症例はどれも臨床で遭遇するなじみのある事例ばかりであり,自分であったらどのように対応するかが即座に想起されるものであり,自分のプランとガイドラインとの適合性を振り返るという形で自然にガイドラインの活用法を習得できる。第5章には研究倫理および終末期医療に関する指針がまとめられ,概説されているのもとても有益である。
今日の診療は麻酔においてもガイドラインに適合した診療を行わなければならない。一方で,ガイドラインの数は多く改訂も行われるので,常にキャッチアップしていくのは容易ではない。麻酔・周術期医学に関連する主要なガイドラインを網羅してその活用を実践的に解説した本書は,まさに麻酔・周術期医療にかかわる医療者の“新戦略”のアプローチとして日々の臨床で繰り返し参照する価値のある貴重な書籍である。

救急・集中治療アドバンス 急性循環不全

救急・集中治療アドバンス 急性循環不全 published on
麻酔 Vol.68 No.9(2019年9月号)「書評」より

評者:山浦 健(九州大学大学院教授)

救急・集中治療アドバンス『急性循環不全』は,麻酔・集中治療と循環器内科のエキスパート達が,それぞれの専門領域での診断・病態・治療法を一つ一つバランスよく積み重ねた,まさに金字塔のような一冊である。
さまざまな医療現場で遭遇する“ショック”は,迅速な診断と初期治療が予後を左右するため,知識の整理と準備が重要である。このクリティカルな病態に対しては“チーム医療”で対応する必要があり,本書は医師,看護師,臨床工学技士などのすべての医療従事者が理解できるように,病態の理解に必要となる基礎的な内容と,最新の知見やガイドラインを上手に組み合わせて分かりやすくまとめてある。
具体的な内容としては,循環不全(ショック)の診断の補助となる血液ガス,バイオマーカーを含めた血液検査,心エコー,CT検査,心臓カテーテルなど各種検査法による診断のほか,低血圧や組織酸素代謝異常など循環不全時に特に重要な位置を占める“心拍出量”の測定モニタリングに関する最新の考え方や,輸液蘇生についても分かりやすく解説してある。「症状・疾患における病態と治療」ではショックの病態を産科ショックや内分泌疾患によるショックも含めて8つに分類して解説し,さらには虚血性心疾患から心筋症,心筋炎,たこつぼ症候群まで循環器疾患に伴うショックを幅広く網羅し,その後の「治療選択」では一般的な治療法のほか,これらの重症心疾患に対するIABP,ECMOや補助人工心臓などの補助循環を含めた高度治療に至るまでを紹介しているのが特長である。
しかも,難しくなりがちな内容の中に,図やフローチャートを多く取り入れることで理解しやすく工夫し,さらに「アドバイス」「コラム」や「トピックス」などをちりばめ,実臨床上での注意点を分かりやすく解説してあり,通読しているといっぱいになりがちな頭を少しリラックスさせ,本書の内容を整理するのに役立つだけでなく,新しい知識を気軽に取り入れられるのもありがたい。
これまで,救急・麻酔・集中治療などそれぞれの立ち位置で書かれてきた書籍が多い中, この一冊は麻酔・集中治療と循環器内科の高度なコラボレーションを実現させ,それぞれの領域を専門とする医師が読んでも分かりやすく最新の知見を得ることができる逸品である。この書は,病態生理だけでなく循環生理,呼吸生理,薬理など臨床と基礎の融合,すなわち医学教育で推奨されている“らせん型カリキュラム”の特長を備えた,医療従事者の生涯一貫教育のモデルとなる教科書といっても過言ではないだろう。どのような医療現場でもアナフィラキシーショックや敗血症性ショックに遭遇する可能性があり,救急・集中治療医,麻酔科医,循環器内科医など急性期医療を担う医師はもちろん,すべての医師,看護師,さらには医学生にも読んでいただきたい一冊である。

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のためのリスクを有する患者の周術期管理

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のためのリスクを有する患者の周術期管理 published on
麻酔 Vol.67 No.12(2018年12月号)「書評」より

評者:落合亮一(東邦大学教授)

私の勤務する施設では,予定手術患者は手術予定日の2週間以上前までに麻酔科術前外来を受診し,リスク評価を行うことにしている。統計を取ってみると,診療報酬上の“麻酔困難な症例”に該当する予定手術患者が,2011年度には全体の4.8%であったのが2016年度には13.9%と著増していた。つまり,7人に1人はハイリスク症例と考えることができる。
ハイリスクである理由は多岐にわたり,冠動脈疾患や心臓の弁疾患,あるいは重症糖尿病であったり,混合性換気障害などさまざまな慢性疾患が含まれている。外来の限られた時間の中で,リスクを十分に評価し,合理的に説明してインフォームドコンセントを得ることは容易ではない。そこで,事前に外来担当日のカルテを開き,予習することになる。心疾患患者の非心臓手術については,米国循環器学会が中心となり診療ガイドラインが整備されているが,患者の多い慢性閉塞性肺疾患(COPD)や糖尿病あるいは慢性腎不全などの疾患については,確固たる診療指針は存在しない。私たちは,自分の経験値から“良かれ”と考えられることを計画するだけであり,そのより所を求めてきた。
今回紹介する「麻酔科医のためのリスクを有する患者の周術期管理」はまさにそうした,慢性疾患をどのように理解し,対応するのかについてまとめられた一冊である。
本書は3部構成で,第1章では麻酔薬や麻酔法がもつ有用性や問題点を整理している。患者にその麻酔法を選択する理由について合理的に説明するのに役に立つであろう。第2章は,各論ともいうべき部分で,リスクを有する患者の周術期管理の実際が整理され,述べられている。疾患ごとにまとめ方はさまざまであるが,基本的に疾患概念,術前評価と麻酔計画,術後管理,インフォームドコンセントについてツボを押さえた記載になっている。特に,情報のなかなか得にくい,心臓移植後の患者,複雑心奇形術後の成人患者,精神神経疾患,長期オピオイド使用中,拒食症・るいそう患者,妊娠中の非産科手術など,診療上のヒントに満ちた情報があり,周術期のアプローチを探るために大変に有用である。第3章は,緊急手術をテーマにしたもので,さらに対応の難しい応用問題と考えられる。喘息発作中の患者,扁桃摘出術後出血患者,RhD(-)型血液の患者,抗血栓療法を受けている患者など,できれば遭遇したくない,と考えがちなテーマが整理されて提供されている。
実際の症例を前に紐解くのもよし,コラムやトピックスというピンポイントの情報も紹介されているので,普段の読み物としても大変に興味深い。周術期医療を担う麻酔科医にとってタイムリーな1冊である。

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のための周術期危機管理と合併症への対応

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のための周術期危機管理と合併症への対応 published on
麻酔 67巻1号(2018年1月号)「書評」より

評者:外 須美夫(九州大学)

周術期のさまざまな危険や危機や合併症から患者さんを守り,安全を確保するのがわたしたち麻酔科医の使命である。麻酔科医の仕事は,周術期の安全確保であり,安全確保のための危機管理であるといっても過言ではない。本書「麻酔科医のための周術期危機管理と合併症への対応」は,そのような麻酔科医に必須の危機管理に特化して作られたテキストブックである。
周術期の医療安全を死亡率という物差しで計ると,この数十年間に医療安全は格段に進んだといえるであろう。例えば,外科手術を受ける患者さんが周術期に死亡する確率は,1954年は75人に1人であったが, 2002年には500人に1人に減少している。同様に,麻酔に関連して死亡する確率も1,560人に1人から13,000人に1人へと大幅に減少している(ASA Newsletter,2007.10)。しかし同時に,安全に対する意識もこの間に大きく変化した。医療が進歩するとともに,医療への過度の期待と安全神話,そしてときに過剰ともいえる責任追及の社会的風潮が形成されていった。テクノロジーやエンジニアリングの進歩とともに安全対策にもさまざまな発展が見られるものの,先端医療,高回転医療,効率化医療が推進される現場では,潜在的リスクも広がっていく。特に周術期医療では,次々と新たな予期しないリスクが生まれている。周術期ほど危機管理が継続的かつ徹底的に求められる医療現場はほかにないであろう。
麻酔科医は外科的なリスクから患者さんを防御しようとして麻酔をする。しかし,麻酔自体もまたリスクを持っている。麻酔は意識を奪い,呼吸を止め,循環を乱れさせる。神経軸に針を刺し,麻痺させる。麻酔科医は侵襲から身体を守るために麻酔というリスクを新たに加えなければならない。麻酔単独で見れば,麻酔行為のリスク-ベネフィットは常にリスクに傾いている。麻酔のベネフィットは外科医療のリスクから患者さんを守るというベネフィットの形をとっているので,患者さんは麻酔に対しては絶対的安全を期待しがちである。ベネフィットが生まれないのなら,リスクを生んではならないというように。だから麻酔のリスクとしての麻酔合併症,偶発症を極力抑えなければならない。
本書は,周術期の安全対策と危機管理,そして麻酔の合併症を多面的にとらえ,詳細かつ網羅的に解説している。本書の前半では,安全を確保するための基本的な考え方,安全へのアプローチ,インフォームド・コンセント,消毒・滅菌に加えて,医薬品や医療機器の安全管理や医療事故対応について解説されており,後半では,術中・術後および麻酔の合併症や偶発症に焦点を当てて概要と対策が述べられている。
周術期の危険予知・危機管理に特化した本書は,麻酔科医にとって基本的で本質的な危機管理について集中的に教えてくれる本である。本書を読み込むことにより,周術期の医療安全の担い手としての麻酔科医に求められるレジリエンスを養うことができるであろう。

麻酔ポケットマニュアル

麻酔ポケットマニュアル published on

マニュアルの上を目指したマニュアル/豊富な図表,有用な付録/示唆に富むコラム

麻酔 Vol.65 No.9(2016年9月号) 書評より

書評者:上村裕一(鹿児島大学教授)

◆マニュアルの上を目指したマニュアル
本書は,初期研修で初めて麻酔の臨床に接する若い医師が常時携帯して活用することを目的に作成された「マニュアル」であるが,麻酔を行う際に手技や薬物の投与のために参考にする手技の手順や薬物の名前と投与量を単に解説しただけの“マニュアル本”ではない。手技や薬物投与の根拠となる理由や薬物の作用機序などにも深く言及し,研修医が抱くであろう疑問も解決してくれる指南書である。そのために,本書は編者の豊富な人脈の中から選ばれた多くのスペシャリストの執筆で作成されている。その中の数名が自身のこれまでの麻酔科医としての豊富な経験に基づき,それぞれ個性あふれる内容で若い医師へのメッセージを述べているが,麻酔科医の仕事と役割を理解することができ,麻酔科医を目指す研修医への貴重な助言となっている。
◆豊富な図表,有用な付録
しかし,実際に使用する際には求める情報が迅速に得られるように,図表を多く用い視認性が向上するようにコントラストを強調した2色刷りになっている。
また,薬剤に関しては,最初に1章を設けて“薬理と効果”を説明し,実際に使用する時のために最後の章で“使い方”として,作用機序,適応・用法・用量,禁忌が簡潔にまとめられている。さらに付録として,よく用いられるスコアやスケールがまとめられているが,そこに“略語一覧”も付けられている。初期研修医はいろいろな科をローテートするが,領域ごとに多用される略語は異なっており,カンファレンスや指導を受けているときに略語が理解できず,かといって途中で略語の意味を問うこともできず戸惑う初期研修医が多い。“略語一覧”はそのような際に初期研修医が戸惑わないようにとの,編者の心優しい配慮である。
◆示唆に富むコラム
本書では各所にいろいろなコラムが設けられている。内容は用語の説明や麻酔手技のこつ,機器の説明など多様で,臨床的に示唆に富むものが多い。また,担当者の経験談に基づくものや,少しオタクな薀蓄など個性に富むものが多く,コラムだけを拾い読みしても麻酔関連のお話ネタとして楽しめる。本書はいつも携帯して使用されることを前提に書かれたマニュアルであるが,麻酔が終わって時間ができたときに,このコラムを読めば麻酔科への関心も深まると思われる。

本書は「ポケットマニュアル」として,麻酔を行う際に常に携行できるサイズになっている。実際に手技を行い薬剤を使用する際の手引きとして,さらに万一緊急事態に遭遇した際の対処の拠り所として非常に有用なマニュアルとして,そして麻酔を理解するための入門書としても推薦する。

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のための周術期のモニタリング

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のための周術期のモニタリング published on

従来の書籍にはない,経験に裏打ちされた技術と判断が十分に感じ取れる

麻酔 Vol.65 No.8(2016年8月号) 書評より

書評者:鈴木利保(東海大学教授)

本書は,新戦略に基づく麻酔・周術期医学シリーズの7冊目にあたるもので,今回は『麻酔科医のための周術期のモニタリング』がテーマである。本書は「神経系モニター」「呼吸器系モニター」「循環器系モニター」「筋弛緩モニター」「パルスオキシメータ」「体温」の6章から構成されている。まず驚かされるのは,執筆者がそれぞれの領域の第一人者であることにある。本書からは彼らが臨床に情熱を注いでいることが容易に想像でき,従来の書籍にはない,経験に裏打ちされた技術と判断が十分に感じ取れる。
第1章:神経系モニターでは,BISモニター,聴性誘発電位,運動誘発電位,体性感覚誘発電位,視覚誘発電位,脳酸素飽和度モニターの6つのモニターについて,80頁も解説が加えられている。これらのモニターの歴史,原理,測定に影響を及ぼす因子,実際の臨床使用について分かりやすく解説されている。
本書の特徴は,解説が4行程度の箇条書きで簡潔にまとめられており,読みやすい工夫がなされていること,表,イラスト,写真,フローチャートを多用しており,表やイラストは2~3色のカラーを使用しているために,視覚的にも理解しやすいこと,各要所に「Column」欄を設け,最新情報を適宜収載していることが挙げられる。
第2章:呼吸器系モニターでは,カプノグラム,麻酔ガスモニター,経皮血液ガスモニター,人工呼吸器モニターを取り上げている。なかでも興味深いのは人工呼吸器モニターである。近年,周術期の患者呼吸管理が予後に影響を与えるとの報告があり,1回換気量,気道内圧の正確なモニタリングが必要になっている。本項では人工呼吸モニタリングの意味,換気量の測定,呼吸機能モニターについて明快な解説を加えている。第3章:循環器系モニターは,古典的な動脈圧モニター,中心静脈圧モニター,心拍出量モニター,非侵襲的心拍出量モニターに加えて,経食道心エコー法,携帯型エコーについて解説されている。経食道心エコー法の詳細については,紙面の関係上,成書に譲るとしてあるが,携帯型エコーの上手な使い方について述べられていることは有益であろう。第4章:筋弛緩モニターでは,その意義,測定法,刺激の原則とパターンについて解説されているが,何より理想的なモニタリング部位とセットアップ上の細かい注意点まで詳述されており,大変役に立つ。第5章:パルスオキシメータについては通常型に加えて進化型パルスオキシメータの原理,測定項目について詳しく解説を加えており,パルスオキシメータの進化が実感できる。第6章:体温は深部体温計,末梢温測定の2項目からなり,体温測定の意義と実際について詳しく解説している。また付録として,本書に掲載されているモニター機器は,メーカー情報を加えて写真入りで紹介されているのが役に立つ。
本書は,ベテラン麻酔科医のみならず,麻酔科専門医を目指す若手麻酔科医,臨床研修医,医学部学生にも一読してほしい本である。

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のための区域麻酔スタンダード

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のための区域麻酔スタンダード published on

すべての周術期臨床現場にあってしかるべき書

麻酔 Vol.65 No.5(2016年5月号) 書評より

書評者:小川節郎(日本大学教授 )

本書「麻酔科医のための区域麻酔スタンダード」は,監修者の森田 潔氏らが刊行している《新戦略に基づく麻酔・周術期医学》シリーズの第7冊日として発刊されたものである。森田氏による“シリーズ刊行にあたって”によると,本シリーズは周術期管理に焦点を絞り,麻酔科医の知識と技術の向上を目的とし,単なるマニュアル本ではなく,基礎的な生理学,薬理学などの知識を基にした内容にしたとあり,本書もまさにその理念に則ったものとなっている。
本書編者の横山正尚氏も述べているように,最近の麻酔科領域でもっとも注目を浴びている分野は“区域麻酔”といっても過言でないであろう。特に超音波ガイド下神経ブロックの導入により,周術期の麻酔管理に大きな変化がもたらされている。ではなぜ今,“区域麻酔”なのであろうか。本書の第1章“区域麻酔総論”の中からその理由を抜粋すると,①超音波装置等の医療機器の技術革新により,区域麻酔の技術も急速に進歩したこと,②使用する薬剤の進歩により,区域麻酔の応用範囲が広がっていること,③近年においては周術期の課題が死亡率の減少から回復の質の向上にシフトしており,この観点からみて,区域麻酔は他の麻酔・鎮痛法と比べて有効性が高いとするデータが出てきていること,④高齢者の周術期管理においても,区域麻酔がさまざまな点で有利であること,⑤医療費の軽減に寄与する可能性が高いこと,などが挙げられている。
本書では,現在行われている“区域麻酔”のすべてについて非常に要領よく,かつ,分かりやすく記述されている。主な内容を挙げると,第1章の“区域麻酔総論”は,なぜ今,区域麻酔なのか,区域麻酔の歴史,痛みの伝導機構と区域麻酔,区域麻酔の種類の4項目からなり,第2章の“区域麻酔で使用する薬剤”では局所麻酔薬の基礎的・臨床的知識を勉強でき,さらにオピオイドの使用法についても記述されている。第3章の“末梢神経ブロックに使用する機器の知識”では,超音波装置と神経刺激装置の基礎知識と使用法,テクニックなどが取り上げられている。以下,第4章は“周術期末梢神経ブロックの実際”,第5章は“超音波ガイド下末梢神経ブロック各論”と続き,第6章“硬膜外ブロックUp-To-Date”と第7章“脊髄くも膜下ブロックUp-To-Date”では,これまで行われてきたこれらの麻酔法に関する新しい知識が示されており,非常に興味深い。
本書の特長は,また非常に実践的な内容であることである。分かりやすい多くの図表,超音波画像,手技の実際を示す写真により,臨床の現場ですぐに役立つ知識が得られよう。また,各項目には内容の基となった最新の文献がまとめられているので,さらに詳しく知りたい場合に非常に有用である。
以上のように,本書は,いわば“区域麻酔のすべて”というべき内容から構成されていることから,すべての周術期臨床現場にあってしかるべき書であると思われた。

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のための周術期の薬物使用法

新戦略に基づく麻酔・周術期医学 麻酔科医のための周術期の薬物使用法 published on

私たちが日常臨床で使用する機会のある薬物のほとんどすべてが網羅

麻酔 Vol.64 No.11(2015年11月号) 書評より

書評者:稲田英一(順天堂大学教授)

周術期計画の第一歩は,術前評価と管理である。原疾患に対する術式に関する理解はもちろん,患者の持つ併存疾患の有無と重症度評価,服用歴について理解が必要である。つぎつぎと新しい薬物が開発されるなか,術前使用薬物について理解し,さらに麻酔薬との相互作用について理解しておくことは必須である。周術期管理においては,血圧や心拍数変動,心筋虚血,気管支痙攣などに対する薬物療法を習得しておく必要がある。
最近,特に問題となるのは,抗血小板薬や抗凝固薬,血栓溶解薬など血液凝固系に関連する薬物である。これらの薬物は,継続することによる出血のリスクがある一方,中止による血栓発生のリスクを持っている。輸液に関する考え方も,early-goal directed therapy(EGDT)や,restrictive fluid therapy,中分子ヒドロキシエチルデンプン(HES)の市販により大きく変わってきた。周術期管理を行う麻酔科医にとって,維持輸液や補充輸液だけでなく,高カロリー輸液やアミノ酸輸液などの栄養管理に関する知識も必要である。今後の麻酔科専門医資格取得のためには,安全,倫理に加え,感染についての知識も必要となる。そのためには,感染症対策,抗菌薬投与の基本的考え方について理解しておく必要がある。
このような麻酔科医にとって必須の薬物使用法についてまとめたのが本書である。1章は術前使用薬物,2章は麻酔薬,麻酔関連薬,3章は全身管理薬,4章は輸液,輸血,5章は抗菌薬,6章は抗ウイルス薬,抗真菌薬,7章は周術期,ICUにおける栄養という7章から構成されている。私たちが日常臨床で使用する機会のある薬物のほとんどすべてが網羅されている。各項目の最初には,重要ポイントが記載されている。本文も箇条書きとなっており,読みやすく,重要なコンセプトは赤字で欄外に記載されており,知識の整理がしやすくなっている。図表は多く,図はカラフルで,重要な概念が一目で把握できるようになっている。
よく用いている薬物であっても,その作用機序や薬物動態,適応と効果,副作用と注意点などと読み進めると,改めてその薬物の持つ意味合いが理解できる。薬物だけでなく,その薬物を使用する周術期の場面はどのような場面であるか,どのように注意して薬物を投与すべきかなど,全体像を把握できるように記載されていることもありがたい。
周術期管理に関わる麻酔科医にとって有用なだけでなく,外科医や集中治療医にとっても有用な本であると考えられる。