麻酔 Vol.67 No.12(2018年12月号)「書評」より

評者:落合亮一(東邦大学教授)

私の勤務する施設では,予定手術患者は手術予定日の2週間以上前までに麻酔科術前外来を受診し,リスク評価を行うことにしている。統計を取ってみると,診療報酬上の“麻酔困難な症例”に該当する予定手術患者が,2011年度には全体の4.8%であったのが2016年度には13.9%と著増していた。つまり,7人に1人はハイリスク症例と考えることができる。
ハイリスクである理由は多岐にわたり,冠動脈疾患や心臓の弁疾患,あるいは重症糖尿病であったり,混合性換気障害などさまざまな慢性疾患が含まれている。外来の限られた時間の中で,リスクを十分に評価し,合理的に説明してインフォームドコンセントを得ることは容易ではない。そこで,事前に外来担当日のカルテを開き,予習することになる。心疾患患者の非心臓手術については,米国循環器学会が中心となり診療ガイドラインが整備されているが,患者の多い慢性閉塞性肺疾患(COPD)や糖尿病あるいは慢性腎不全などの疾患については,確固たる診療指針は存在しない。私たちは,自分の経験値から“良かれ”と考えられることを計画するだけであり,そのより所を求めてきた。
今回紹介する「麻酔科医のためのリスクを有する患者の周術期管理」はまさにそうした,慢性疾患をどのように理解し,対応するのかについてまとめられた一冊である。
本書は3部構成で,第1章では麻酔薬や麻酔法がもつ有用性や問題点を整理している。患者にその麻酔法を選択する理由について合理的に説明するのに役に立つであろう。第2章は,各論ともいうべき部分で,リスクを有する患者の周術期管理の実際が整理され,述べられている。疾患ごとにまとめ方はさまざまであるが,基本的に疾患概念,術前評価と麻酔計画,術後管理,インフォームドコンセントについてツボを押さえた記載になっている。特に,情報のなかなか得にくい,心臓移植後の患者,複雑心奇形術後の成人患者,精神神経疾患,長期オピオイド使用中,拒食症・るいそう患者,妊娠中の非産科手術など,診療上のヒントに満ちた情報があり,周術期のアプローチを探るために大変に有用である。第3章は,緊急手術をテーマにしたもので,さらに対応の難しい応用問題と考えられる。喘息発作中の患者,扁桃摘出術後出血患者,RhD(-)型血液の患者,抗血栓療法を受けている患者など,できれば遭遇したくない,と考えがちなテーマが整理されて提供されている。
実際の症例を前に紐解くのもよし,コラムやトピックスというピンポイントの情報も紹介されているので,普段の読み物としても大変に興味深い。周術期医療を担う麻酔科医にとってタイムリーな1冊である。