高齢者の健康回復とQOL向上における漢方薬の可能性を実感できる一冊
水上勝義(筑波大学名誉教授)
高齢者フレイルは、疾病の前段階あるいは初期段階であり、適切な対応によって健康状態を回復できる可能性があります。一方、高齢者では薬剤の副作用が現れやすく、治療によって新たな老年症候群を招くことも少なくありません。本書は、このようなフレイルの状態に対して漢方薬が有効な選択肢となることを、豊富な知識と実臨床に即した症例を通して示しています。
特に高齢者では、身体症状と精神症状が相互に影響し合うことが多く、西洋医学的治療では複数の薬剤が必要となり、ポリファーマシーにつながるリスクがあります。その点、漢方医学には「心身一如」という考え方があり、心身両面への効果が期待できる漢方薬も多く、ポリファーマシーの予防という観点からも興味深い内容です。
本書は3章で構成されています。第1章「高齢者の特性とフレイル」では、フレイルの特徴や関連概念がわかりやすく整理されています。第2章「高齢者治療の漢方治療の基本」では、漢方医学的診察の基本や高齢者に漢方薬が有効な理由に加え、著者による31例の治療例が紹介されており、実臨床に直結する内容となっています。
第3章「フレイルの漢方治療―エキスパートオピニオン―」では、オーラルフレイル、ロコモ、サルコペニア、聴覚・平衡覚のフレイル、ウロフレイル、アイフレイルについて、それぞれの専門家が漢方薬の活用法を解説しています。いずれも日常診療で遭遇する病態が取り上げられており、非専門医にとっても大変参考になります。
さらに、本書で示される考え方や漢方薬の活用法は、フレイル高齢者だけでなく、フレイルではない高齢者の治療を考える際にも参考になります。高齢者では、フレイルがなくても加齢に伴う身体機能の変化や多疾患併存、薬剤への脆弱性などを考慮し、疾患だけでなく心身全体を捉えた治療が求められるからです。
本書は、高齢者の健康回復とQOL向上における漢方薬の可能性を実感できる一冊です。フレイルの有無を問わず、高齢者を診療する医師には実践的な指針書として、また高齢者の医療・ケアに携わる方には漢方薬の知識を整理するための有用な書として、ぜひ一読をお勧めします。
漢方医学を含めた包括的な高齢者フレイル診療の実践書
松村 明(筑波大学名誉教授、日本漢方医学教育振興財団理事長)
年齢とともに心身が老化し、医学的介入を必要とする高齢者が増加していることは、超
高齢社会における大きな課題である。本書は、その課題に焦点を当てた、まさに時宜を得
た一冊である。
第一章では、フレイルの概念や評価法に加え、食事、運動、体力・体質改善など、非薬
物療法について総説的にわかりやすくまとめられている。
第二章では、高齢者に対する漢方治療の基本的な考え方、特に「証」の捉え方について解
説されており、漢方を専門としない医師でも適切な処方へと導かれる内容となっている。
さらに、「証」の異なる高齢者症例に対する具体的な処方とその解説が豊富に掲載されて
おり、日常診療で遭遇することの多い症例が数多く紹介されているため、実践的なケース
スタディとして大いに参考になる。
第三章の各論では、オーラルフレイル、ロコモ・サルコペニア、聴覚・平衡覚、ウロフ
レイル、アイフレイルなど、それぞれの病態に対する具体的な治療法が解説されている。
ここでは漢方薬のみで治療を完結させようとするのではなく、食事(栄養)や運動療法の
重要性についても述べられており、患者のトータルケアを重視した構成となっている。
高齢者は複数の症候を抱えていることが多く、西洋医学的な対応のみではポリファーマ
シーに陥る懸念がある。一方、複数の生薬から構成され、それぞれが多様な薬理作用を有
する漢方エキス製剤は、いわばブレンドコーヒーのようなものである。また、「不定愁
訴」は西洋医学では明確な疾患として位置づけられず、心理的要因が疑われる場合には精
神科などへ紹介されることも少なくない。しかし、不定愁訴は患者自身が身体・精神の変
調として実際に感じ取っている重要なサインでもある。西洋医学だけでは十分に対応でき
ない場合に、「心身一如」という漢方医学の考え方のもと、精神面と身体面の双方に配慮
しながら、一つの処方で個々の患者に対応できる点は大きな特長といえる。
現在、日本では80%以上の医師が何らかの形で漢方薬を処方しており、日常診療におけ
る活用の場面も少なくない。本書は単なる漢方医学の解説書ではなく、非薬物療法や西洋
医学との連携を通じて、患者に最大の利益をもたらす実践的なアプローチが数多く紹介さ
れている。
書名は『高齢者フレイルの漢方治療ガイド』であるが、実際に読んでみると、漢方医学を
含めた包括的な高齢者フレイル診療の実践書といえる内容である。今後ますます進展する
超高齢社会において、すべての臨床医、とりわけ地域で総合診療やかかりつけ医として多
くの高齢者診療に携わる医師、さらには多職種の医療従事者にぜひ一読いただき、日常診
療に役立てていただきたい。