Skip to content

診断エラーを防ぐ-小児科の落とし穴

診断エラーを防ぐ-小児科の落とし穴 published on

小児の診断をより確かにするために

評者:志水太郎(獨協医科大学 総合診療医学・総合診療科)

このたび『診断エラーを防ぐ―小児科の落とし穴』の書評を書く機会をいただき、大変光栄でした。私は小児科医ではなく、主たる臨床の場は成人領域にあり、医師の診断の改善を専門としています。その観点から、診断の改善は診療科の違いを越えて共有されるべき課題であることを日常的に意識しています。その意味で本書は、小児科の専門書でありながら、診断に真剣に向き合うすべての臨床家に示唆を与える一冊です。
本書の特長は、診断の間違い、遅れ、見逃しという診断エラーを単なる失敗の集積として扱うのではなく、診断をより確かなものにするための視点と方法を、総論と各論の両面から具体的に提示している点にあります。総論では、基本的戦略、診察姿勢、問診、身体所見、検査の考え方が整理され、各論では小児総合診療、救急、中枢神経、胸腹部、免疫、血液、腎、内分泌、皮膚・耳・眼まで、日常診療で遭遇する重要な論点が、ピットフォール(落とし穴)とともに詳述されています。さらに、保護者とのコミュニケーション、育児不安への支援、子ども虐待の疑い、在宅重症児の家族の負担感などが正面から扱われている点にも、本書の射程の広さがよく表れています。

私がとくに印象深く読んだのは、本書が診断を固定した結論ではなく、時間経過のなかで再評価されるべきものとして位置づけていることです。暫定診断を考えた時点で思考を止めるのではなく、次の一手、その先の一手まで考慮し、病状が改善しないときやご家族の納得がなお十分でないと感じるときには、既存の枠組みをためらわず見直すという姿勢は、診断の精度を支えるうえで本質的であり、戦略的に組み込まれる必要があります。加えて、本書では、小児の代弁者となるご家族の表情や言葉の微細な違和感を見逃さず、自分の見立てと現実とのずれを点検することの重要性が繰り返し示されています。そこには、診断を知識や表面的な技法だけで完結させず、患者と家族に対する責任のうえに据える臨床観が通底しています。

編者の窪田先生と永井先生は、以前から個人的に尊敬してきたベッドサイドの小児科の先生方です。本書を通してあらためて感じたのは、卓越した臨床の姿勢とは、豊富な知識や経験のみで成り立つものではなく、再検討を怠らない姿勢、先入観に安住しない姿勢、そして子どもと家族に対して誠実であり続ける姿勢によって支えられているということです。本書には、そのような臨床の重みが一貫しています。2023年より、国立成育医療研究センターの先生方とは、成人領域と小児領域のあいだで診断の質をめぐる交流が始まっています。現在は小児科領域で、PDX(Pediatric Diagnostic Excellence)という、小児の診断の質と安全に関する研究を進めるチームも立ち上がっています。そうした文脈のなかで本書を読むと、本書は一冊の実践書にとどまらず、日本における小児の診断の質を考える際の重要な拠点の一つとして受け止めることができます。小児科医ではない私にとっても、本書から学ばせていただいたことは非常に多く、心から推薦したいと思います。