ENTONI Vol. 287(2023年8月号)「Book Review」より

評者:飯野ゆき子(東京北医療センター耳鼻咽喉科/難聴・中耳手術センター)

手に取ってみるとずっしり重い! そして内容もずっしり重い!! 本著は著名な米国の耳科・神経耳科医であるRobert K. Jackler教授の著書“Ear Surgery Illustrated-A comprehensive Atlas of Otologic Microsurgical Techniques”の日本語訳本である.Jackler教授は1987年に内耳の先天異常の分類を手がけ,現在最も標準的に用いられているSennaroglu and Saatciの分類の元になった研究で有名である.また比類のない耳科手術医としても知られており,本著に先立ち1996年に“Atlas of Skull Base Surgery and Neurotology”を刊行している.1995年から2006年まで“Otology&Neurotology”のEditor-in-Chiefを務められ,まさに米国の耳科学を長年牽引なさっているスーパースターで,現在はStanford Universityの名誉教授である.このJackler教授の英文書を,日本における耳科手術のスーパースターである欠畑誠治先生(山形大学名誉教授/太田総合病院中耳内視鏡手術センター長)と神崎晶先生(東京医療センター感覚器センター)が中心となり日本語訳し,このたび出版の運びとなった.日本語訳にあたり,これだけの素晴らしいイラストのatlasであれば何も訳本の必要はないという意見があったという.しかし自身も感じるが,手術の前にちょっと確認したいと思い,何気なく手に取るのは英語のatlasではなく,やはり日本語のatlasなのである.容易に頭に入ってくる.以下にこの訳本の特徴を列記する.

  • わかりやすいイラスト:Mrs. Christine Gralappという卓越した医学イラストレーターの協力を得て,美しいイラストで構成されている.色彩を豊富に使用し,余計な細かい点は除外しており,写真より重要な点が強調されているため非常にわかりやすい.手術手技ではこのイラストが段階ごとに非常にクリアーに紹介されている.
  • 眺めて楽しむ:大きく綺麗なイラストを見ているだけで,解説を読むことなく理解できる.解説は簡潔であるが,危険を伴う場合は詳細に記載されている.
  • 目次構成の素晴らしさ:第1章は耳科の手術解剖,2章は耳科手術の基本,そして3章から15章までは各疾患に対する手術法という構成から成る.中耳疾患のみならず,めまいに対する手術,人工内耳手術,脳瘤等の頭蓋底手術など,ほぼ網羅されていると言って過言ではない.
  • 蘊蓄のある“はじめに”:各章は“はじめに”という項で始まる.ここには著者のその章に対するこだわりが書かれている.例えば第2章「耳科手術の基本」では“術者は背もたれのある椅子を使用して適切な姿勢をとることが大切である.術者の多くはこの人間工学にほとんど注意しないので,慢性的な背部痛に苦しんでいる”とある.私自身も慢性的な頸部痛持ち.背もたれ付きの椅子が必要である.第4章「アブミ骨手術」では“手術の成功には技術的な卓越性よりも精神的な準備,適切な判断そして自分の限界を知ることが重要である”と.これはまさに私がアブミ骨手術のみならず,耳科手術全てに対していつも感じていることである.
  • 病態に迫った術式の解説:手術法のみならず,病態を理解することが必要な場合はその解説も述べられている.例えば第8章「真珠腫」では真珠腫の成因と成長様式に関する説明も加えられている.
  • 役立つ付録付き:第16章は付録となっている.これは患者向け教育用ハンドアウトであり,解剖や手術法に関するイラストを医師が患者さんの説明用に使えるように提供してくださっている.解剖学的用語は全て日本語訳されている.

この歴史に残る名著『耳科手術イラストレイテッド』を是非手に取ってページを繰っていただきたい.感動すること間違いなしである.特にこれから耳科医を目指す先生にとっては耳科手術の魅力を十分に伝えてくれるワクワクする一冊となろう.最後に本著の日本語訳に精力的に取り組んでくださった監訳者の欠畑誠治先生,神崎晶先生,そして他の訳者の先生方のご尽力に心から感謝申し上げます.