精神医学 60巻5号(2018年5月号)「書評」より

評者:山末英典(浜松医科大学精神医学講座教授)

近年はインターネットやメディア報道などを通じて発達障害についての啓蒙が進み,一般の精神科外来を発達障害の疑いで受診するケースが明らかに増えてきている。つまり,発達障害の診療について実用的な情報を求めている精神科医が増えている状況にある。しかし一方で,こうした要請に対する情報供給の状況はどうだろうか? 一般向けの啓発本は多く出版されるようになってきているが,臨床家向けに必要な専門的知識を体系的にまとめた情報というのは,きわめて得にくい状況になっている。また一方で,発達障害については,脳科学の研究対象としても,世界中の第一線の研究者からの関心が集まってきており,最近10年ほどの間に基礎から臨床まで膨大な量の研究知見が蓄積され,専門家から見ても到底把握しきれない状況になっている。
そうした中,本書は,最新の学問的な知見や社会状況に基づいて,症候学や教育支援や社会制度から心理学的評価や脳科学まで網羅している。また,ライフサイクルの観点からみても,乳幼児期から老年期まで網羅しており,非常にユニークかつバランスの良い構成になっている。つまり,学問的でありながら,また一方で大変に実践的で具体的な内容にもなっている。臨床研究で用いられることも多い,診断や臨床評価のための国際的で標準的なツールについてもかなり網羅的に紹介されていて,さらには入手方法に至るまで記載されており,驚くほどに有用である。
そして,執筆陣についても,各方面の専門家で構成されており,大変バランスの良い布陣であることに感銘を受けた。編集の内山先生や編集協力の宇野先生と峰矢先生に敬意を評したい。本書の執筆陣には,一致した見解が得られているとは言い難い持論を述べるような向きはなく,多くの専門家が納得して信頼のできる内容になっている。さらに,国際的にも通用する内容が掲載されているという点からも,さまざまな立場の,あるいはさまざまな職種の方に,安心してお勧めすることができる貴重な書である。発達障害を診ることの多い児童思春期を専門とした精神科医や小児科医や心理士や教育職や福祉職だけでなく,成人を中心に診る一般の精神科医や医療職にとってこそ,非常に有用な書であるとも思われる。また,近年は発達障害を標的とした動物実験などの基礎研究を行う研究者も多いが,そうした向きにも,症例提示なども含まれるため,大いに参考になると思われる良書であり,自信を持っておすすめしたい。