評者:今井康晴(元東京女子医科大学循環器小児外科教授)

坂本喜三郎先生編集の『先天性心疾患の手術』を拝見して、1975年に今野草二教授と一緒に“The Ciba Collection of Medical Illustrations”の『心臓』を和訳した時を懐かしく思い出した。この“Ciba Collection”の特徴は医師のNetterが心臓の解剖を臨床で役立つ割面として描いたもので、心臓の立体構造の理解に役立つ教科書となった。しかし先天性心疾患の手術は多岐にわたる奇形を修復するので非常に多種類の術式があり、従来、手術書としては一般的に施行される術式を網羅するのが精々であった。小児の手術の特徴として、数十年にも及ぶ長期間予後のQOLを良好に保つという困難性があり、当然のことながら術後も修復した心血管の成長が保証されなければならないという困難性もある。3kg内外の新生児が、およそ20倍の60Kgの成人に成長するに見合う修復または再建血管を作成する困難性である。

今回の企画は、第一線の経験ある心臓外科医を対象として、より高度な心臓手術をそれぞれのExpertが実際の手技をstep-by-stepに解説し、術中写真と、心臓外科医である長田信洋先生自身の経験に基づいた正確なillustrationに加え、動画を駆使したもので、素晴らしい今までにない実際に役立つ手術指導書となっている。また、良好な視野を得るための送脱血法や視野の展開法、血管吻合時の吸引などのtrickの数々、MAPCAの薄く脆い血管壁の#8-0でのangioplasty等、それぞれのExpertの経験に裏付けられた貴重な情報の集大成となっていて、手術手技の伝承に非常に有効で、従来にない教科書と言える。特に、血管形成に自家心膜や自家血管壁を使用して肺動脈形成を施行するなど、安定した体外循環技術の裏付けがあっての綿密なangioplastyが印象的である。
従来のいわゆるRastelli手術では高い頻度の再手術が不可避であった。その頻度を減らす目的でe-PTFE導管などの利用、自家心膜導管や、末梢肺動脈断端を右室に縫着するREVなど試みられてきたが、未だ問題がある。この点ではNikaidoh手術とか、山岸正明先生のHTTS法なども推奨されるべき方法であろう。また複雑心奇形では姑息手術を複数回重ねて最終の根治手術にたどり着く症例も多くみられたが、hypoplastic LVのSano手術は一度の姑息手術でFontan手術に至る優れた方法である。

いずれにせよ先天性心疾患の手術には修復する心奇形の3D imageの習得が重要であり、動画を見ると実際の手術手技が術者の視野で再現されるので、癒着の剥離や視野の展開、縫合技術などの習得の助けになり、反復して観察できることも従来の手術書には見られない利点である。
本書は手術手技の伝承に非常に有効な従来にない教科書であり、心臓手術の指導書として他に例を見ないもので、将来、英訳本の出版も期待したいところです。