胃と腸 Vol.52 No.11(2017年10月号)「書評」より

評者:浅香正博(北海道医療大学)

私が卒業したのは1972年であるが,当時からみると現在の消化器病学の進歩には本当に驚かせられる.上部消化管疾患に興味を持ってこれまで長い期間にわたって診療に従事してきたが,今日のような診療体系ができあがるなどとは考えることはできなかった.
当時の上部消化管の診断はバリウム検査が主体であり,内視鏡検査がようやく芽吹いてきたところであった.先端カメラで視野が狭く,ファイバー繊維を通して観察するため,直視で診断することは難しく,カメラで撮った写真を皆で検討し,診断をつけていた.この時代,胃の生理学的研究をするなどほとんど考えられなかった.研究テーマとしては画像診断と病理しかなかったので,科学とは無縁の世界であると半ば公然と言われていた.確かに当時,胃潰瘍にしても,いくら薬を飲ませても本当に治らなかった.3割ぐらいは外科に回さざるを得なかったのである.
ところが,その後の20年で事情は一変する.酸分泌機構が明らかになり, H2ブロッカーやPPIが開発されて胃潰瘍は治る病気になった.さらには,原因としてのピロリ菌が発見され,その除菌によって胃潰瘍は完治する病気になったのである.シメチジンを発見したBlackとピロリ菌を発見したMarshallとWarrenはそれぞれノーベル賞を受賞した.研究不毛の地と言われた上部消化管の世界から2つものノーベル賞が出たのである.
木下先生が専門編集された『食道・胃・十二指腸の診療アップデート』を読ませていただくと,この数十年間の消化器病学の進歩がよくわかる.診断が容易につくようになり,病態生理を加味した的確な治療も行えるようになってきた.本書を読んで診療に従事できる若い医師たちは幸せであると思うとともに,一つひとつの疾患の診断,治療に苦労してきた先人たちの足跡も多少は思い出してほしいと思っている.
本書は上部消化管疾患に興味のある方全員にお勧めしたい良書である.