明日から,いや今日から役に立つ

JOHNS Vol.32 No.6(2016年6月号) 書評より

書評者:大森孝一(京都大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科)

耳鼻咽喉科・頭頸部外科の取り扱う領域は,耳,鼻副鼻腔,口腔,咽頭,喉頭,気管,食道,頭頸部と幅広く,それぞれ病態や治療手技は異なっている。耳鼻咽喉科医はこれらの領域に幅広くかつ高いレベルで対応する必要があるが,そう簡単ではない。本書は,佐藤公則先生が久留米大学病院で手術されていたころの経験を原点として,大分市で有床診療所として開業されてきた約23年間の手術治療のうち,主に局所麻酔で実施できるオフィスサージャリーについてまとめたものである。日常臨床で蓄積された智恵と技術がぎっしりつまっている。市中病院で行うような手術や処置を診療所で実現しておられ,カバーする疾患の多さに驚く。各項目では手術のポイントを最初にあげて,術中写真や手術シェーマをふんだんに使って理解を助けている。医療機器や記録装置などについて具体的に記述されているので,新たに始める読者にわかりやすい。内視鏡写真,CTだけでなく病理写真が豊富に載っていて,学術的な深みを感じる。
佐藤先生は術者にとって何百例,何千例の手術の中の1例であっても,患者にとっては一生に一度の手術であり,オフィスサージャリーに固執することなく,患者,医師,医療機関に適した手術の適応と限界を設定するべきであると書かれている。患者一人ひとりを考えて真剣に治療方針を決定されている臨床態度が伺える。また,佐藤先生は喉頭科学の基礎研究を継続しておられ,その成果が毎年のように海外一流医学誌に掲載されている。基礎研究への情熱と同時に,本書のような実践的な著書を出されることに舌を巻くと同時にただただ尊敬の念を感じている。耳鼻咽喉科疾患を幅広くカバーして質の高い医療を提供するスーパー開業医はもう出てこないかもしれないが,臨床や研究に対する態度を少しでも若い医師に見習って欲しい。
本書は,市中病院で手術治療を行っておられる医師に有用であることは間違いないが,診療所でもできる内容を満載している。将来の耳鼻咽喉科開業医像の1つを示しており,一部でも参考にしてオフィスサージャリーを実践していただければ,より専門力の高い開業医として評価されると思われる。日常臨床で標準的な手術手技を確認する際や難しい病態で手術に工夫が必要な際に,それぞれの項目を見ていただきたい。きっと明日から,いや今日から役に立つと確信している。