「ない項目」を探すのが難しい:現代化学が到達した乾癬に関する知識をすべて網羅
臨床皮膚科 Vol.66 No.11(2012年10月号) 書評より
評者:塩原哲夫(杏林大学教授・皮膚科学)
今,乾癬の治療が熱い.学会でも乾癬と生物学的製剤のセミナーは,いつも満員の盛況である.現在のところ,各種生物学的製剤を自由に使えるのは,大学と総合病院など一部の施設だけであることを考えると,この状況は驚くべきことである.同じ慢性炎症性疾患でありながら,いつも話題に事欠かないアトピー性皮膚炎と違って,乾癬がこのような一般的なブームの対象となったことはなかったのではあるまいか.しかし基礎研究の対象としての乾癬は古くから多くの研究者を惹きつけており,その積み重ねはアトピー性皮膚炎を大きく上回る.
そんな状況が,ここへ来て大きく変わった.それは何と言っても,Kruegerらのグループにより明らかにされたTIP DC,Th17細胞説が,単なる研究室レベルの仮説ではなく,それらの細胞の働きを抑制することが実際の治療法として極めて有用であることが明らかになったからに他ならない.アトピー性皮膚炎において,いくらセラミドやフィラグリンの異常が注目されても,それが直ちに劇的な効果を生み出す薬剤の開発にはつながらなかったことと比べて見ると良い.乾癬においては,まさに仮説が仮説でなくなったのである.
このように病態の解明と治療が見事に結びついた乾癬に,今注目が集まるのは極めて当然であろう.これほどわかりやすい病気と化した乾癬であるにもかかわらず,不思議なことに乾癬の病態と治療を一冊にまとめた本は皆無であった.確かに生物学的製剤は乾癬の治療に革命をもたらしたが,いまだに多くの皮膚科医が用いているのは旧来の外用,内服療法であり,紫外線療法である.つまり,乾癬のすべてを一冊でまとめるのなら,この伝統的な治療法と,新しい生物学的製剤による治療をうまくバランスさせなければならない.これがどちらに片寄っても,本書の価値は半減してしまう.つまり大学などで生物学的製剤を駆使している医師から,伝統的な治療のみを行っている実地医家までを満足させるような本をまとめることの困難さゆえに,そのような本がなかったのである.しかし,本書を見て,このような難問が見事に,しかもあっさりと解決されている事実に驚嘆させられた.そこに,『Visual Dermatology』などでの企画力に定評のある大槻教授の手綱さばきの素晴らしさを改めて見る思いがした.ない項目を探すのが難しいくらい,本書には現代皮膚科学が到達した乾癬に関する知識のすべてが網羅されている.
普通本書のようにすべてを網羅しようとすると著者は多くなり,項目毎のバラつきが目立ち,統一性を失うとともにハンディさをも失うことになる.編集者は完璧なものを作ろうとする意図と,手軽さを失いたくないという2つの考えの間で揺れ動くのである.本書がすべてを網羅しつつ,手軽さを失っていないのは,本シリーズ独自の箇条書きという記述法のお陰かもしれない.書く立場に立つと,本書のような記述法は,説明的な文章をよく使う筆者のような書き手は苦手なのだが,読者として見た場合には著者ごとの記述のバラつきがなくなり,通して見るときわめて読みやすいことに改めて気付かされるのである.
“乾癬の今”を一冊で知ることができ,しかもハンディにまとめられた本書を見て,値段をはるかに上回る価値があると考えるのは筆者だけではあるまい.生物学的製剤を使えない実地医家の方々には,これからの乾癬治療を学ぶのに最適の書であり,大学で生物学的製剤を使いこなしている方々には,いつも座右において知識を確認するための書として強く薦めたい.