論文執筆者のための著作権法入門書

日本医事新報 No.4595(2012年5月19日) BOOK REVIEWより

評者:北村行夫(弁護士 / 虎ノ門総合法律事務所)

コーネル大学に留学し,現在バークレーで教員をしている友人から,「大学に入って最初にcitation=引用について徹底的に叩き込まれたのには驚いた」と聞いたことがある.学問を始める1年生に,引用の適法性や発表誌別の引用スタイルなどをしっかりと教えているというのである.学術は,先人の知恵を批判的に継承することで成り立つ.学術論文に引用が多々用いられるのもそのためである.
しかし,それは,他人の成果へのタダ乗りと踵を接している.それゆえ,他人の著作物を利用する際の適法要件を正しく理解していないと,とんでもないことになる.ことに,昨今のように著作権に関する権利意識が高まると紛争に発展することも珍しくない.
本書は『その論文は著作権侵害?』と題して,論文執筆者に著作権の基礎知識を教えている.このような本の嚆矢と言えば宮田 昇著『学術論文のための著作権Q&A』(東海大学出版会)である.これは,著作権実務のオーソリティーである宮田氏が,学者の方々からの多くの相談事例をもとに著した本であり,版を重ねている.その意味で本書は,このジャンルに一書を加えたものである.ただし,本書は著作権法全体にわたる入門書的な内容となっている.この点が,論文執筆の周辺に絞った宮田氏の著作との違いである.
第1章「著作権の基礎知識」,第2章「医学研究と著作権」,第3章「Q&A」,そして「資料」の項からなるが,内容が著作権法全体にわたるため,論文を執筆する際に最も気遣うべき引用についてはやや物足りなさを感じる.本書の引用の項は72ページから正味4ページのほか,Q6,Q9等,随所にも解説されているが,引用問題の座右の書とされている『Q&A引用・転載の実務と著作権法』(中央経済社,雪丸慎吾弁護士)が,200ページあまりで構成されていることと比較すると少ない.しかし,論文を執筆するに際し,著作権法全体を学んでおくには格好の書である.