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心臓血管外科手術エクセレンス 冠動脈疾患の手術

心臓血管外科手術エクセレンス 冠動脈疾患の手術 published on
胸部外科 Vol.73 No.8(2020年8月号)「書評」より

評者:北村惣一郎(循環器病研究振興財団理事長/国立循環器病研究センタ一名誉総長)

中山書店から上梓されている「心臓血管外科手術エクセレンス」シリーズ(全5巻)の第3巻『冠動脈疾患の手術』が先日発刊された.本領域屈指の外科医である夜久均・高梨秀一郎両氏を編者に,また手術画を長田信洋氏が担当され,45名に及ぶ熟達の外科医からなる執筆陣を迎えて編輯されている圧巻の書である.
心臓外科領域のみで全5巻から成る書はおそらくはじめてと思われる.中山書店といえば筆者らの世代では「新外科学大系」があった.これは『心臓の外科1~3(第19巻A,B,C)』の3巻からなり,本シリーズと同様の硬表紙の大作である.当時,「新外科学大系」の執筆者に選ばれることは誇りに思えたものである.「新外科学大系」では冠状動脈の外科は2巻目に1章4項があるのみであった.今回,冠状動脈手術に限って1冊の成書となったことは,この間に多岐にわたる大いなる発展があったことで,まさに冠状動脈バイパス術(CABG)が「不滅の手術」となったことを示すものではなかろうか.
本書の特徴は手術書であるが,世界的なエビデンスを可能な限り示し,かつビデオムービークリップを挿入し,何よりも豊富な図示による手術図鑑としているところである.図鑑としても十分楽しめる書となっている.外国では手術所見の記録はdictation形式のため図を描くことは少ない.一方,わが国の術者は図を加えることが多く,大いに伝承されるべきよき習慣と思うし,その図の描き方の参考書としても役立つ気がする.また,本書内にあるQRコードから登録するとビデオムービーをみることができる.鮮明な手術動画がみられ,図と照らし合わせ術者の言行の一致を確かめるのも楽しい.
各章の構成をみてみると,ロボット支援CABGや虚血性心筋症に対する人工左室補助装置(LVAD)まで広く取り入れられ,まさに最新書といえるものであるが,多種の新器具が活用されて心拍動下CABG(OPCAB)などの成績が向上しているので,願わくば各種デバイスを一覧する項があってもよかったかと感じる.
筆者らの世代では若い外科医は先輩の手術にできるだけ多く参加して,手技を盗めといわれてきたが,最近ではoff-the-job trainingなどの教育プログラムも充実してきており,本書の執筆陣の方々はこの面でも指導者である.若い次世代の外科医にはぜひ,本書とトレーニング実習で研鑽したうえで手術に臨んでもらいたい.本書の改訂版が次世代の外科医によって成されるころには5G-VR(バーチャルリアリティ)を用いた手術シミュレータなどが登場し,新たな項が付け加えられるであろう.
多くの患者を対象として築かれた臨床研究エビデンスを,今目の前にいる一人ひとりの患者に的確,適正に届けるには,十分な医学知識に加えて誤りの少ない手術手技の獲得が必須である.若い外科医は先輩,恩師より上手な術者になろうと努力してほしい.それは十分な基本操作の修練と基本理論の理解があれば必ず実現できるものであり,本書はその夢を叶える一助となりうると思う.

心臓血管外科手術エクセレンス 弁膜症の手術

心臓血管外科手術エクセレンス 弁膜症の手術 published on
胸部外科 Vol.72 No.2(2019年2月号)「書評」より

評者:上田裕一(奈良県立病院機構理事長)

大北裕先生と高梨秀一郎先生の巻頭の記述のとおり,まさに「ユニークで秀逸な心臓外科手術手技のテキストである」と断言できる.章立ても行き届いており,各章を担当された心臓外科医の方々の記述は細心で要点が網羅されており,経験年数を問わず多くの心臓外科医に本書を推薦したい.その根拠を以下に綴り,日常の手術や後進の指導に本書を活用していただけることを願う次第である.
筆者が1976年にはじめて購入したのはCooley先生のアトラス(今も手元にある)で,その後,ほとんどの手術アトラス,そしてKirklin/Barratt-Boyes両先生による圧巻のテキスト『Cardiac Surgery』(Saunders)は1986年の初版から2013年の最新版まですべて購入してきた.この経験から,この推薦文の冒頭の記述に加えて,本書の長田信洋先生による素晴らしいメディカル・イラストレーションには驚嘆したといっても過言ではない.所見や運針を主に,見事に描かれている.各執筆者の術中画像をもとに心臓外科医の長田先生の頭脳を介して描き出された挿画は,元写真とは何が違うのか? もちろん,21世紀の画像技術の進歩により,術中写真やビデオは超精細(ハイ・レゾリューション)画像となり,本書には綺麗な写真に加えて動画も閲覧できるようになっている.しかし高梨先生の「序」の記載のように,手術手技を伝達するにはその術式に限定した挿画は必要不可欠なのである.つまり,外科医の視点からの挿画でなければならない.心臓外科医ではないメディカル・イラストレータが忠実に術野を描いても,心臓外科医の視点に欠けるため,なんらかのアドバイスを要するのが常である[なお,唯一の例外であると筆者が思うのが,レオナルド・ダ・ヴィンチの心臓の解剖図譜(大動脈弁・僧帽弁の血流を想定した見事な線画)である].
付言すれば,読者(心臓外科医)が手術中に網膜に届いた刺激から脳でどう解釈したか,これに手術の成否がかかっているのである.その解釈が運動神経を介して手術操作として表現される.たとえば,外科医が術中に僧帽弁輪をどのように理解しているかを他人(指導者)が評価するには,手術所見を文字で正確に記述されても,術野でみえていた情報から弁輪を確実に立体的に把握したかは評価できないので,結局は図示してもらうよりほかにない.もちろん,僧帽弁輪は長田先生の挿画の二重線のようにはみえない.つまり,術中写真はリアルで素晴らしいが,外科医は手術の根幹となる解剖学的所見を描くことが必要であると強調したいのである.不要な術野の要素は削いで,手術後にはスケッチを記録し続けることである.なお,術者と助手がみた術中所見はそれぞれのヘッドカメラで撮影できるが,おそらく異なる術野像が脳で構築されているはずである.各外科医が長田先生のイラストレーションを参考に,術直後に記憶に新しい残像を描出すること,それらをもとに手術手技をお互いに確認して議論することをおすすめする.こうした確認と修練においても,本書はきわめて有用なお手本であり,情報源となるテキストである.
もう一点,各執筆者による要所を編集した動画も素晴らしい画質,画像である.運針にのみ集中せず,鑷子はどの箇所をどのように把持あるいは圧排しているかに注目していただきたい.なお,いうまでもなく術野の展開(exposure)がもっとも重要な要素であり,各術者は見事な術野を供覧されているが,この術野を展開するコツを文字で記載することはむずかしい.したがって,自施設での手術開始からすべての操作をつぶさに理解すること,さらに他施設での手術見学はたいへん貴重な経験となることを付記しておく.
最後に,本書を企画された高梨秀一郎先生と坂東興先生に敬意を表するとともに,長田信洋先生と各執筆者の先生方には賛辞を贈りたい.