だから,この本は売れる!
Orthopaedics Vol.30 No.7(2017年7月号) Book Reviewより
書評者:皆川洋至(城東整形外科)
著者は整形外科医ではない.運動器を含む全ての臓器を扱う「総合医」である.日本海でクルーザー“White Stone”を乗り回す漁師であり,アワビ養殖や養鶏を自ら営む.最近,猟銃免許も取得した.そればかりではない.信号機のない島で,世界最速の電気自動車テスラを乗り回す暴走族でもある.破天荒医師はへき地診療の神髄をABCDEに集約させる(A:antenna,B:balance,C:communication,D:daily work,E:enjoy).しかし,著者には誰もが踏みとどまる常識の壁がない.東日本大震災直後,妻の裕子医師に「1カ月は帰ってこない」と言い残し,頭を刈り上げ島を飛び出した.まさにF:foolish,ジョブズ顔負けの行動力がある.
隠岐・西ノ島(島根県)の島前病院院長として20年,島民約6千人の命と生活を支えてきた.本土までフェリーで約3時間.隔離された小さな島では,専門医の常套句「うちじゃありません」が通用しない.ガラパゴス環境が生み出した本書は,徹底した解剖の知識と経験に裏付けられた「現場志向」の実用書である.運動器を専門とする整形外科医であれば,パラパラめくっただけで本書の価値を瞬時に理解できるはず,これは使える.「はい,湿布・痛み止め」でお茶を濁す外来診療に無力感を抱く医師には必読書である.手術対象にならない,しかし日常診療でありがちな愁訴を劇的に取り去る最先端手技【エコーガイド下Hydrorelease】のノウハウが満載されているからである.また,エコー時代を担う若手医師には「現場思考」の入門書にもなる.患者の訴えを解決するステップが詳細に読み取れるからである.
いまや頸・腰・肩・膝などパーツの専門家集団になりつつある整形外科.パーツの手術を数多くこなせば,簡単に「自称専門家」になれる.パーツの専門学会では,毎年新たな手術手技がトピックとなり,手術適応がないcommon diseaseには興味・関心が注がれない.医師ファーストが作り出す「専門」の世界は,裾野の狭い尖った山と光が射さない深い谷間を生み出した.専門の壁を取り除き,患者ファーストで経験を積み重ねた非整形外科医が運動器診療の谷間に火を灯したのが本書である.非常に読みやすく分かりやすい,しかも実践すれば患者さんが笑顔になる.スタッフも笑顔,そして何より本人が笑顔.まさに良い実用書とはこういうものである.買って読む価値がある.だから,この本は売れる!