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専門医のための精神科臨床リュミエール 27 精神科領域からみた心身症

専門医のための精神科臨床リュミエール 27 精神科領域からみた心身症 published on

今まさに精神医療が直面している問題の解決への糸口を提示している

精神医学 Vol.54 No.8(2012年8月号) 書評より

評者:尾崎紀夫(名古屋大学大学院医学系研究科精神医学・親と子どもの診療学分野)

心身医学に興味を持ったのは高校生の頃,池見酉次郎先生の「心療内科」(中公新書)を拝読した時に遡る。小説好きから精神分析に興味を持ち始めていた当時,「心療内科」に書かれていた内容,特に症例を中心とした臨床的な話は,大変,魅力的なものであった。両親医師(精神科医ではない)の元で育ったものの,「医学より文学」などと考えていた私に,「臨床医学は興味深い」と思わせる効果を持っていた。その結果,「精神科医か,はたまた心療内科医を目指すべきか」という迷いは生じたが,いずれにせよ,医学部に進むことは間違いのない方向と思えた。
その後,卒後研修医として各科をローテートする2年間を市中の総合病院で過ごした。その間,様々な身体疾患の経過に心理社会的な要素が関与することを目の当たりにしたが,中でも強く関心を持ったのは,腎臓移植であった。1) 免疫抑制のため使われる副腎皮質ステロイドや腎機能障害が脳に与える影響という生物学的次元の問題,2) 本邦で大半を占める生体腎移植に際し,「家族内の誰が腎臓を提供するのか」という問題を巡って生じる家族内葛藤の問題,3) 他者の腎臓が自己の腎臓として身体的にも精神的にも統合される過程が引き起こす自己と他者の問題,などなど。まさに,生物・心理・社会的な問題をはらんでおり,その後の診療,教育,研究に大きなインパクトを与える体験であった。
さて,現在,「5疾病」に精神疾患が組み入れられ,地域医療計画の策定が進みつつあるが,「身体疾患の精神医学的問題」と「精神疾患の身体的問題」を解決することが求められている。その際,必要になるのは,心身医学の目指した全人的医療,「疾患の持つ生物学的な側面だけに着目するのではなく,心理・社会面など多面的な視点で患者をとらえ,患者中心の医療を展開する」という姿勢であろう。一方,前述の問題解決へのニーズは高まっているにもかかわらず,主として取り組むべき総合病院における精神医療の担い手は不足しているのが現状である。
本書は,心身医学と精神医学の関係性について確認した上で,精神医学の立場から心身医学を捉え直し,「心身医学的なアプローチが重要な意義をもつやや広い領域」をカバーしており,今まさに精神医療が直面している問題の解決への糸口を提示している。本書を読んだ医師・医学生が,一人でも多く,総合病院における精神医療に興味を持ち,参画してくれることを願う次第である。
一点,統合失調症や双極性障害は身体疾患を併存することが多く,その治療にあたる必要も多いが,この点を踏まえた章があっても良かったかも知れない。今後の改訂に際しての願いである。

精神疾患の脳画像ケースカンファレンス

精神疾患の脳画像ケースカンファレンス published on

「診断法を改変しよう」との意志が強く感じられる

精神医学 Vol.56 No.12(2014年12月号) 書評より

書評者:尾崎紀夫(名古屋大学大学院医学系研究科精神医学・親と子どもの診療学分野)

担当医が,患者さんの状態についてご本人やご家族に説明する際,検査データや画像を示すのが一般的であるが,多くの精神疾患においては,当てはまらない。
米国国立精神保健研究所(NIMH)のDirector,Tom Insel は,DSM-5発表に際し,「従来一般的であった症状に基づく診断法は,この半世紀,他の医学領域ではすっかり置き換えられた。ところが,DSMの診断は,客観的な検査所見によらず,臨床症状に基づいてなされる状態が続いている。NIMHは診断法を改変すべく,Research Domain Criteria(RDoC)projectを開始した」と,DSM-5に対する不満を表明すると同時に,精神疾患においても検査所見により診断できることを目指すと言明している(Transforming Diagnosis : Director’s Blog April 29, 2013)。
他の精神科医療機関で「うつ病」と診断されたが,産後うつ病のご本人は納得がいかず,産婦人科医に紹介されて筆者の初診となった患者は,「検査で数値が出るわけでもないのに,どうして私がうつ病と言えるのか」と話していた。否定的な捉え方が前景に出ているうつ病の治療導入時は,関係性の構築に十分配慮しながら,うつ病と治療について説明し,治療合意に至ることが重要である。うつ病について説明する際,患者の本来とは異なる否定的な捉え方を中心におくと,ある程度本人にも受け入れられる。その上で,「脳が機能不全に陥った結果,(脳が決める)捉え方が否定的になっている」との説明を加えているが,今のところ,脳の検査所見を示すわけにはいかない。
本書,『精神疾患の脳画像ケースカンファレンス』は,CT,MRI,SPECT,PET,NIRSといった多様な脳の構造・機能画像,さらには生理検査であるEEG,MEG,ERPの基本的な特徴が詳述された上で,症例を提示して諸々の検査所見が記載されている。「ケースカンファレンス」の部分が魅力的であるからといって,読者は前半を読み飛ばすことのないようにしていただきたい。精神科医は,症例について語ること,読むことは好きだが,画像・生理検査の原理はブラックボックスのまま,という状況を熟知した編者の配慮である。さらに,現状,多数例で漸く有意差を得ることができるレベルで,DSM-5でも未だ診断基準には取り入れられていない脳画像所見が,個々の症例において検討されている点から,著者たちの「診断法を改変しよう」との意志が強く感じられる。
一方,精神科鑑別診断の手順は,「一般身体疾患による精神障害」から始めることは,「外因性精神疾患」の時代からDSM-5になった今でも変わらない。本書の症例部分の順番では,「一般身体疾患による精神障害」が最後になっている。精神科鑑別診断の手順にならい,脳画像所見が明らかなものを学び,その上で,未だ議論の途上にある精神疾患に関しても脳画像の有用性について検討する,という順にしても良かったように思う。
「医療機関からどのような説明があったか」を,統合失調症の当事者に尋ねると,「病気・病態についての説明」は44%にとどまっていた(『統合失調症の人が知っておくべきこと』NPO法人コンボ編:2013)。この説明を受ける率の低さに,「精神疾患の場合,検査データや画像を示して説明できない」ということも関係しているのではないだろうか。
脳画像所見が,「病気・病態についての説明」に使える時代になるべく,著者諸兄の一層のご努力を期待したい。

精神科医のためのケースレポート・医療文書の書き方 実例集

精神科医のためのケースレポート・医療文書の書き方 実例集 published on

医局に必ず揃えたい1冊!

日本精神科病院協会雑誌 30巻 10号(2011年10月)書評より

評者:吉永陽子(長谷川病院 院長)

読んで字のごとし。第1章は日本精神神経学会専門医,精神保健指定医資格を目指しているのであれば,一押しである。筆者はよき先輩に恵まれたおかげで,こういったガイドブックを読まずして幸いにも試験に合格できた。合格後にこういった本が医局に置いてあり,「なあんだこのようなものがあるのだな」と目を通してみたが,しごく簡便で,本を読んだという保証・お守りにはなるかなという印象であった。しかし,本書は,本格的であり,丁寧な指導が行き届いている。これは,もっと早く出版してほしかったと思う。しかし,指導する立場に立ったいま,その意味でもおおいに参考になった。

第2章以降は,精神科医として働くうえで医療文書作成が必要となった場合は,必携の書である。実用書としてすべてが網羅されている。これがあれば,今後の仕事が能率的に進むに違いない。

そして本書には単なるHow to本を超えた醍醐味がある。まず,執筆者一覧をごらんあれ。そうそうたるメンバーが並ぶ。単著で何冊も出版なさっている方々ばかりである。歌舞伎で言えば,襲名披露の口上や年始の顔見世興行のような,きらびやかな華やかさがある。それだけでも読みたい気持ちになる。いまさらながら,筆者ごときが恐れ多くも書評を書いてよかったのだろうかと気が付いた。

次に症例が面白い。しばしば本の体裁を整えるために創作された症例があり,できレースのようで胡散くさいことがあるが,ここに登場する症例は,臨床に即して実践的である。いくつかは治療のヒントにもなった。治療を書類作成という角度から見直してみることの大切さに気が付いた。日ごろの不勉強を改め精進し,“実るほど頭を垂れる稲穂かな”のようにありたい。


医療文書を書く際の基本姿勢から懇切丁寧な各論を掲載 さまざまな場面を想定した実例を網羅

精神医学 53巻 11号(2011年11月号) 書評より

評者:尾崎紀夫(名古屋大学大学院医学系研究科精神医学)

精神科医は医療文書を書く機会が多く、さまざまな医療文書が書けるようになると、何となく一人前になったような気がしてくる。ところが、医療文書の書き方についてトレーニングを受けたかというと、その記憶がない。また、「書き方」を教えてくれる書物も、昔はなかったように思う。

ローテート研修医時代、先輩医師から「紹介状を書いておくように」と言われ、カルテに挟んである紹介状を参考に、「見よう見まね」で書き始めた。精神科研修を始め、初診に陪席して紹介状の実例をいくつか目の当たりにし、「精神科医による紹介状の書き方」を学び始めた。さらに、診断書も、先輩精神科医の診断書をまねることが修行であった。

自分が初診担当医になり紹介状を読んで方針を考えたり、提出された診断書を参考に復職の判断をする立場になると、「この紹介状は、当方に何を求めているのか不明瞭だ」「この診断名は果たして妥当か」などと思うようになった。一方、「人の振り見てわが振り直したか?」と問われると、無反省に医療文書作成を「日常業務」としてこなしているのが現状であった。

そんな折、本書を目にした。何より、文書作成への基本姿勢が徹底している。たとえば、紹介状について、「筆者の医師としての人格なり、力量が常に測られることなのである。あだやおろそかに紹介状は書けない(鈴木二郎先生)」。診断書に関して、「文書の出だしはすべからく『いつも御世話になっております』と書き始めている。(中略) 精神科医全体を代表して、今までのすべてのご迷惑をお詫びするという口調のほうが、良い連携を生む。(中略) そして『ご不明な点があれば、いつでもお問い合わせ下さい』と保障し、文書を締めくくって署名する(一瀬邦弘先生)」。

当方も襟を正し、先達の方々から医療文書の書き方をご教示いただける書物である。基本姿勢の呈示とともに、懇切丁寧な各論があり、さまざまな場面を想定した医療文書が網羅されている。加えて、専門医・認定医のケースレポートも、多数の例を用いて、解説されている。

「本書が修業時代にあれば、どんなによかったろう」と思った筆者の提案で、当科医局用に2冊購入を決めた。今後の教育に活用する予定である。

さて、本書中の診断名はICDとDSMが混在しているが、精神科関連の公的文書がICDを基本としているため、ICDも残さざるを得ない点はあろう。一方、精神医学の診断体系として世界的に一般化しているのはDSMである。本書の「診断書に関する基本姿勢」の項目で、「精神症状を連ねるより、いつも使っているDSM-IV-TRの第5軸を用いた方が良い(一瀬邦弘先生)」と、紹介されているGAFは精神科病棟の入院基本料算定の根拠としても使われ始めた。精神科診断体系がICDとDSMのダブルスタンダードであるわが国の現状は、何かと混乱のもとである。たとえば、本書中、「専門医・認定医のケースレポート」では「情緒不安定性パーソナリティ障害」だが、紹介状では「境界性パーソナリティ障害」となっている。精神科医以外には、「情緒不安定性パーソナリティ障害」と言われても何を指すのかわからないのではないだろうか? さらに、DSMで採用されている多軸診断の概念が、ICDには欠如しているため、わが国では十分浸透していない。

将来的に、精神科の公的文書でDSMが採用され、専門医・認定医のケースレポートもDSMに基づいて書くことになり、本書改訂版ではDSMに統一され、「DSMの使い方に習熟した精神科医」が増えることを期待している。