今まさに精神医療が直面している問題の解決への糸口を提示している

精神医学 Vol.54 No.8(2012年8月号) 書評より

評者:尾崎紀夫(名古屋大学大学院医学系研究科精神医学・親と子どもの診療学分野)

心身医学に興味を持ったのは高校生の頃,池見酉次郎先生の「心療内科」(中公新書)を拝読した時に遡る。小説好きから精神分析に興味を持ち始めていた当時,「心療内科」に書かれていた内容,特に症例を中心とした臨床的な話は,大変,魅力的なものであった。両親医師(精神科医ではない)の元で育ったものの,「医学より文学」などと考えていた私に,「臨床医学は興味深い」と思わせる効果を持っていた。その結果,「精神科医か,はたまた心療内科医を目指すべきか」という迷いは生じたが,いずれにせよ,医学部に進むことは間違いのない方向と思えた。
その後,卒後研修医として各科をローテートする2年間を市中の総合病院で過ごした。その間,様々な身体疾患の経過に心理社会的な要素が関与することを目の当たりにしたが,中でも強く関心を持ったのは,腎臓移植であった。1) 免疫抑制のため使われる副腎皮質ステロイドや腎機能障害が脳に与える影響という生物学的次元の問題,2) 本邦で大半を占める生体腎移植に際し,「家族内の誰が腎臓を提供するのか」という問題を巡って生じる家族内葛藤の問題,3) 他者の腎臓が自己の腎臓として身体的にも精神的にも統合される過程が引き起こす自己と他者の問題,などなど。まさに,生物・心理・社会的な問題をはらんでおり,その後の診療,教育,研究に大きなインパクトを与える体験であった。
さて,現在,「5疾病」に精神疾患が組み入れられ,地域医療計画の策定が進みつつあるが,「身体疾患の精神医学的問題」と「精神疾患の身体的問題」を解決することが求められている。その際,必要になるのは,心身医学の目指した全人的医療,「疾患の持つ生物学的な側面だけに着目するのではなく,心理・社会面など多面的な視点で患者をとらえ,患者中心の医療を展開する」という姿勢であろう。一方,前述の問題解決へのニーズは高まっているにもかかわらず,主として取り組むべき総合病院における精神医療の担い手は不足しているのが現状である。
本書は,心身医学と精神医学の関係性について確認した上で,精神医学の立場から心身医学を捉え直し,「心身医学的なアプローチが重要な意義をもつやや広い領域」をカバーしており,今まさに精神医療が直面している問題の解決への糸口を提示している。本書を読んだ医師・医学生が,一人でも多く,総合病院における精神医療に興味を持ち,参画してくれることを願う次第である。
一点,統合失調症や双極性障害は身体疾患を併存することが多く,その治療にあたる必要も多いが,この点を踏まえた章があっても良かったかも知れない。今後の改訂に際しての願いである。