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自閉スペクトラム症の臨床

自閉スペクトラム症の臨床 published on
小児の精神と神経 63巻4号(2024年1月号)「書評」より

評者:原 仁(小児療育相談センター)

本書は栗田広先生の遺作である.栗田先生は一般書を多く執筆される,高名な「専門家」ではなかった.学研肌で,主たる研究論文はほぼすべて英文,依頼される講演も,学会でのそれもあまり好まれなかった.名前は知っていても先生の業績はあまり知らないという方々も多いかもしれない.

タイトルを見ればお分かりのように,自閉スペクトラム症(以下,Autism Spectrum Disorder;ASDと略),その中でも乳幼児期のASDの臨床が栗田先生の専門である.最初にして最後,ASDに向き合う,多くの後輩臨床家に伝えたいと栗田先生が願って執筆された包括的なASD臨床の解説書を紹介する.

「はじめに」で明記されているが,栗田先生は本書を,ASDは実質的に広汎性発達障害(以下,Pervasive Developmental Disorder;PDDと略)と同じ,という考えに基づいて執筆されている.評者は栗田先生の診断学へのこだわり,精密でかつ隅々まで気配る診断例を多く知っている.その立場からすると意外に思う.DSM-5-TR(2022)を一読すればお分かりのように,米国精神医学会が新たに提案したASDの診断基準は,それまでのPDDの考え方よりもかなり厳密にASDを定義しているのだ.確かに診断基準は明確になり,診断しやすくなった.しかし,評者の第一印象は,このASDの診断基準が主流になれば,Asperger症候群やその他のPDDと診断していた事例はASDから除外されるぞ,という危惧だった.異論がないわけではないが,少なくとも移行期の現在は栗田先生の理解に賛同しておこう.

長らくASDの臨床,それも乳幼児期の診断に心血を注いでこられた栗田先生の真骨頂は,第1章から第4章までの,歴史的診断概念の推移を踏まえ,かつご自身の研究成果に基づいての解説にある.小児自閉症,アスペルガー症候群,特定不能の広汎性発達障害/非定型自閉症をどのように診断分類するのか,その具体的な道筋が示されている.第4章では小児期崩壊性障害にも言及されている.栗田先生はこの障害の専門家として世界に知られた方であるが,障害の独立性の否定も止むなし,PDDの一部と見なす,という時代の流れを淡々と受け入れているように思う.

第5章以降は,病因・病態,療育,行動障害,併発する精神神経学的疾患,医学的検査,障害福祉サービス,福祉・医療的対応に関わる手当に関する診断書など,経過と予後,と続く.これらの記述はどうしても時代的制約は免れない.今読む方々,それも療育機関で働かれている,あるいは働きたいと思っている専門職にとっては現状を理解するには役立つだろう.特に療育センターで働き始めたばかりの若い医師に一読を勧めたい.

書評だけでは言い尽くせぬ部分も多い.栗田先生が創設者の一人であり,長らく理事長を務められた日本乳幼児医学・心理学会の機関紙に栗田広先生の追悼記念号(第32巻1号)が企画され刊行される予定となっている.栗田先生の業績や人となりに,興味を持たれた方々は,学会ホームページから情報を得ることができるので,併せてこの追悼記念号を入手されてお読みいただければ幸いである.

データで読み解く発達障害

データで読み解く発達障害 published on

必ずしもエビデンスは得られていないが保護者からの質問の多い補充代替療法についての項目や,そうした回答に役立つコラムも充実している

小児の精神と神経 Vol.56 No.3(2016年10月号) 書評より

書評者:山崎知克(浜松市子どものこころの診療所)

発達障害はさまざまな疾患を包括しており,その概念は歴史的に見ても大きな変革を遂げているため,専門家はそれに適応しようと近視眼的になってしまいやすいのではないだろうか.そうしたなかで,本書は発達障害の臨床と研究の連続性を意識した包括性をコンセプトにup to dateな知見と従来の基本的事項がそれぞれの第一人者により執筆された良書である.構成は「発達障害を理解する」,「社会的対応」,「治療と療育の原則」の3章からなっている.
「発達障害を理解する」では,そのはじめの項目でDSM-IV-TR(2000)から数えて13年ぶりの改定となったDSM-5(2013)について,特に広汎性発達障害から自閉スペクトラム症への診断基準の変化と,その重症度水準の変更についてわかりやすく述べられている.また,ASD,ADHD,LD,Tourette障害,発達性協調運動障害,選択性緘黙,表出性言語遅滞のそれぞれの項目において,診断,疫学と家族歴,遺伝子研究,自然経過と成人移行,必要な検査,治療と療育について見開き1頁とコンパクトにまとめられており,さらに臨床上必要となる主な検査,二次障害への対応,診断告知についてもバランスのよい解説がなされている.「社会的対応」では,発達障害者に対する行政的支援と教育的配慮(障害児保育と加配,就学相談,就学時健康診断,就学猶予,特別支援教育,通級指導教室など)について専門家が知っておかなければならない制度についての記載がわかりやすい.「治療と療育の原則」では医学モデルとの対比による生活モデルの重要性における説明につづき,乳幼児健診における療育では診断よりも先に対応が必要であること,家族支援の必要性が総論的に記載され,かかりつけ医による発達障害診断,薬物療法と注意点など臨床家にとって必要な心構えが述べられている.
さらに本書では,必ずしもエビデンスは得られていないが保護者からの質問の多い補充代替療法についての項目や,そうした回答に役立つコラムも充実している.特に入門者にとっては発達障害における臨床と研究の範囲を把握するのに優れており,また中堅以上の専門家にとっても知識の整理や簡潔な説明を求められた際にとても役立つと思われるため,ぜひご一読をお薦めしたい.