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精神療法と薬物療法のほどよいブレンド

精神療法と薬物療法のほどよいブレンド published on

多くの臨床家にぜひお勧めしたい良書

精神療法 Vol.38 No.6(2012年12月号) 書評より

評者:上島国利(国際医療福祉大学)

本書の構成は「精神科治療における基本姿勢」から始まり,「薬物療法の特殊性」「薬物療法の効果を高める精神療法」「精神療法の一部としての薬物療法」「さまざまな場合への対処法」「疾患別私の薬物療法」「Q&A」から成り立っている。
まず著者自身の精神科治療の基本姿勢が三つの理論的テーゼと三つの実践的テーゼという形で明確にされ議論がすすむ。
著者は精神療法と薬物療法を臨床で併用する際には,精神病理学の深く幅広い素養と,認識論と臨床医としての価値観を堅持しながら,現実的な範囲でのほどよいブレンドを勧めている。
本書で一貫しているのは,科学的で批判的な態度に留意しながら。薬を生かして治療全体を考える著者の姿勢である。しかしその姿勢の延長上には生活者である患者の状況に常に配慮し,治療が円滑に進むよう工夫されている。それらの工夫は,異なる臨床現場で長年の経験を積んだ著者の極意であり知恵でありまた全篇を通じて感じられる患者に対する思いやり,やさしさである。
「さまざまな場合への対処法」「疾患別,私の薬物療法」「Q&A」の各章では,臨床的,現実的,実際的問題が解説されているが,薬物の効果,副作用を絶対視しないで,相対主義的な総合判断で飾らず正直に臨む立場が窺われる。それぞれが個人的にも総て納得できる解説であるが,その根底には豊富な臨床経験に裏打ちされた自信や深い洞察が秘められている。
幾つかの例をあげれば,統合失調症の慢性期の外来では,細々とした病状をたずねない「聞かないやさしさ」が必要であるという。双極性障害のうつ病相に対する抗うつ薬の投与についても,柔軟性を持ち,必要に応じては使用することも認めている。パニック障害の治療に関してもまず抗不安薬で対処し,十分な効果が得られないときにSSRIを用いるべきであるという。
総じてある程度の臨床経験を重ねたわれわれ精神科医の日常臨床について,本書にはわかり易く言語化がされており,研修医への指導書として,すぐれているのみならず,ベテラン医にとっても自己の日常臨床についての再確認そして保証の役目をしている。
かつてコンプライアンス,昨今はアドヒアランスという用語で,医師と患者が互いに相談し納得しながら薬物療法を維持することにより再発再燃を防止することの重要性が叫ばれている。私自身もアドヒアランス向上のための方策を啓発してきた。しかしながら本書においてはそれらの用語は一切登場しない。著者が,やや強制的に服薬指示遵守を強いるコンプライアンスの用語を避けているようにも思えるが,本書を通読すると,そのような用語を用いなくても,薬物療法と精神療法のほどよいブレンドにより,円滑かつ効果的に治療が進み効果的薬物療法の遂行ができることがわかる。
半世紀以上前に「心身症・心身医学」の概念が導入された際に,総ての医療者が各疾患に対して精神面からのアプローチの重要性を認識し実践することが日常的になれば,最終的には「心身医学」は消滅するといわれた。「アドヒアランス」の概念も薬物療法と精神療法のブレンドしたアプローチが一般的になることにより消滅することになりそうである。多くの臨床家にぜひお勧めしたい良書である。

DSM-5を読み解く 双極性障害および関連障害群,抑うつ障害群,睡眠-覚醒障害群

DSM-5を読み解く 双極性障害および関連障害群,抑うつ障害群,睡眠-覚醒障害群 published on

sourcebookに代わるものとして十分その役目を果たしている

臨床精神医学 Vol.44 No.8(2015年8月号) 書評より

書評者:上島国利(国際医療福祉大学)

本書は「DSM-5を読み解く」シリーズの第3巻であり,I双極性障害および関連障害群,II抑うつ障害群,III睡眠一覚醒障害群の3部により構成されている。
本書の目的は,さまざまな批判をあびながら世界の精神医学界を席巻しているDSM診断体系の成り立ちを伝統的な精神医学の歴史を俯瞰しつつ解説し,それらがDSM-5の成立や今後のよりよい応用に寄与することである。 DSM-IVについては,「The DSM IV Sourcebook」に,改訂作業でどのような論文が参照され,いかなる議論がなされたか記載されているが,DSM-5については,そのような書籍は今のところ発刊されていない。この状況下にあっては,本書は,sourcebookに代わるものとして十分その役目を果たしていると思われる。
まず注目されるのは,従来DSM-III以降われわれが慣れ親しんだ感情障害,気分障害の呼称がなくなり,それらに包括されていた単極性うつ病,双極性障害が分離されて別個に章立てされたという点である。クレペリンにより体系化された躁うつ病が,レオンハルトにより単極性障害と双極性障害に分離されたが,これらはあくまで気分障害の枠内の分離であった。ところがDSM-5では,「双極性障害および関連障害群」は,「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」と「抑うつ障害群」の章との間に位置づけられて2つの群の間の橋渡しをする位置にあるとされた。症候論,家族歴,遺伝的観点などが考慮された結果であろうが,DSM-IIへの回帰との指摘もあり,今後この章立ての妥当性についての議論がなされるものと思われる。

I双極性障害および関連障害群
双極性障害概念の拡大に伴う過小診断から過剰診断が危惧されたのが,ここ数年の傾向であったが,DSM-5では,小児期に重篤な気分調整障害を呈する障害が「重篤気分調節症」として抑うつ障害群に加えられた。また双極性エピソードの罹病回数の短縮もなされなかったことは過剰診断抑制策の1つとして考えられる。
また臨床では診断基準どおりの症例は極めて稀であった混合性エピソードは廃止され,「混合性の特徴を件う」という特定用語を用いることになっている。特定用語の活用は病状のより精緻な特徴を明らかにするためにDSM-5の随所で用いられるべきと思われる。

II抑うつ障害群
新たに加わった障害は,重篤気分調節症,持続性抑うつ障害(気分変調症),月経前不快気分障害でありそれぞれ歴史と導入の理由が記載されている。
DSM-IVの抑うつエピソードの診断基準から死別反応除外基準が削除され,死別後でも2週間の持続で診断可能となった。この除外基準の削除に関しては多くの批判があり,今後も論争が続くことも予想される。

III睡眠―覚醒障害群
ナルコレプシーの診断基準で髄液中オレキシン値,終夜睡眠ポリグラフ検査所見,MSLTの客観的検査データが基準の1つとなっているが,他の障害に先がけて生物学的マーカーが採用されたことは画期的なことであり,他の障害も次第に生物学的基準が明らかになっていくことと思われる。

以上DSM-5を読み解くという観点からの論点のいくつかについて紹介した。
DSM-IVまでのDSM体系分類は症状の羅列やその組み合わせから一定数以上の項目を満たす症候群を分離した操作的診断基準であり,病態に迫る生物学的知見がほとんど含まれていないという批判を受け続けてきた。そのような課題を克服するべくDSM-5は集積された臨床論文に基づいて,症候論から病因・病態論を取り入れようとする試みは常になされているが,現在の精神障害の生物学的研究はその域には達しておらず,一部を除いては成功していない。
将来的には,進歩の著しい脳機能画像,脳生理学,認知機能,遺伝要因などの生物学的知見が,症候学的知見と合わせることにより,より洗練されたDSMになりうるものと思われる。
総編集の神庭亜信教授の意図した「伝統的な精神医学が精神疾患をどのように概念化してきたか,DSMやICDの診断体系にどのような影響を与えたのか,DSM-5では何が変わり,何が変わらなかったのか,それはどうしてなのか」等々の課題に関して各筆者が現時点での到達点を記述しており比較的短い期間に読み込み,考察した結果に敬意を表したい。わが国の臨床でのDSM-5の使用経験の積み重ねが更なる発展に結びつくことを期待したい。
なおその使用に関しては,DSMの持つ功罪を吟味し,可能性やその限界については常に念頭に置く謙虚で慎重な態度が望まれる。
DSM-5の活用者が十分な精神病理学を身につけ,患者の呈する症状を懇切丁寧に分析し,適切な診断治療に結びつける素養を涵養することが何より重要といえよう。