神経免疫の領域で世界的に活躍している先生方を執筆陣としている
BRAIN and NERVE Vol.68 No.10(2016年10月号) 書評より
書評者:糸山泰人(国際医療福祉大学 副学長)
〈アクチュアル脳・神経疾患の臨床NEXT〉『免疫性神経疾患 病態と治療のすべて』を読ませていただきました。ずしっとした本書の重みが単なる病気の教科書的解説の寄せ集めではなく,実際の免疫性神経疾患の病態解明と治療の進歩の情報に満ちあふれていることが分かりました。一般に神経疾患には難病が多く,病態は不明で治療法は乏しいという印象がありますが,本書はそうした固定観念を一掃してしまった感があります。
例えば,免疫性神経疾患の代表的疾患である多発性硬化症を例にとってみますと,わが国で難病対策が始まった1970年代の本症の認識は,「病態に免疫の異常が関与しているも,再発を抑える治療はない」というものでしたが,本書ではその認識が一変していることが分かります。即ち,「多発性硬化症はその主な病態機序は明らかにされ,それに対する分子標的療法を含む各種の病態修飾薬が奏効し,再発はほぼコントロールされるようになり,今後は長期予後を改善させる個別化医療が模索されている」という認識です。本書では,多発性硬化症に限らず多くの疾患で,これに類する病態解明や治療法の進歩が示されています。
本書には幾つかの優れた特色があります。その一つは神経免疫の領域で世界的に活躍している先生方を執筆陣としていることです。本書の専門編集者の吉良潤一先生は厚労省の免疫性神経疾患調査研究班の班長を務めてこられ,執筆者の多くはその研究班を支えてこられた先生方でもあり,それぞれの分野でオリジナリティの高い研究をされています。なかでもHTLV-1関連脊髄症,視神経脊髄炎,フィッシャー症候群およびPOEMS症候群ではわが国の研究者の貢献度が高く,その内容は大変に読み応えがあります。
第二の優れた点は,日々進歩しつつある神経免疫領域の最新の情報を網羅していることです。例えば,多発性硬化症の治療は新規の病態修飾薬の開発に加え,本邦での急速なドラッグラグ解消の努力とが相候って,ほぼ毎年のように新薬の導入が行われていますが,これに対応した治療の実際や副反応などへの対処法などが漏れなく述べられています。また,近年の研究の進歩が著しく,多様な情報が含まれるサイトカイン,ケモカインそれに抗神経抗体,抗糖脂質抗体ならびに各種のモノクローナル抗体治療薬に関しても分かりやすく解説されています。
もう一つの特記すべき特徴として,本書は通常の教科書にある各論を中心とした記載内容のみではなく,免疫性神経疾患を「知る」,「測る」,「治す」という章立てにして,神経免疫の基礎,バイオマーカーの解釈,それに治療法という切り口から情報がまとめられているのは,この領域を大局的に理解するのに役立っています。是非とも免疫性神経疾患の治療に当たられる神経内科をはじめ内科,小児科,脳神経外科の先生方,それに神経免疫に興味のある研究者や学生の皆さまに読んでいただきたいと思います。