麻酔 67巻1号(2018年1月号)「書評」より
評者:外 須美夫(九州大学)
周術期のさまざまな危険や危機や合併症から患者さんを守り,安全を確保するのがわたしたち麻酔科医の使命である。麻酔科医の仕事は,周術期の安全確保であり,安全確保のための危機管理であるといっても過言ではない。本書「麻酔科医のための周術期危機管理と合併症への対応」は,そのような麻酔科医に必須の危機管理に特化して作られたテキストブックである。
周術期の医療安全を死亡率という物差しで計ると,この数十年間に医療安全は格段に進んだといえるであろう。例えば,外科手術を受ける患者さんが周術期に死亡する確率は,1954年は75人に1人であったが, 2002年には500人に1人に減少している。同様に,麻酔に関連して死亡する確率も1,560人に1人から13,000人に1人へと大幅に減少している(ASA Newsletter,2007.10)。しかし同時に,安全に対する意識もこの間に大きく変化した。医療が進歩するとともに,医療への過度の期待と安全神話,そしてときに過剰ともいえる責任追及の社会的風潮が形成されていった。テクノロジーやエンジニアリングの進歩とともに安全対策にもさまざまな発展が見られるものの,先端医療,高回転医療,効率化医療が推進される現場では,潜在的リスクも広がっていく。特に周術期医療では,次々と新たな予期しないリスクが生まれている。周術期ほど危機管理が継続的かつ徹底的に求められる医療現場はほかにないであろう。
麻酔科医は外科的なリスクから患者さんを防御しようとして麻酔をする。しかし,麻酔自体もまたリスクを持っている。麻酔は意識を奪い,呼吸を止め,循環を乱れさせる。神経軸に針を刺し,麻痺させる。麻酔科医は侵襲から身体を守るために麻酔というリスクを新たに加えなければならない。麻酔単独で見れば,麻酔行為のリスク-ベネフィットは常にリスクに傾いている。麻酔のベネフィットは外科医療のリスクから患者さんを守るというベネフィットの形をとっているので,患者さんは麻酔に対しては絶対的安全を期待しがちである。ベネフィットが生まれないのなら,リスクを生んではならないというように。だから麻酔のリスクとしての麻酔合併症,偶発症を極力抑えなければならない。
本書は,周術期の安全対策と危機管理,そして麻酔の合併症を多面的にとらえ,詳細かつ網羅的に解説している。本書の前半では,安全を確保するための基本的な考え方,安全へのアプローチ,インフォームド・コンセント,消毒・滅菌に加えて,医薬品や医療機器の安全管理や医療事故対応について解説されており,後半では,術中・術後および麻酔の合併症や偶発症に焦点を当てて概要と対策が述べられている。
周術期の危険予知・危機管理に特化した本書は,麻酔科医にとって基本的で本質的な危機管理について集中的に教えてくれる本である。本書を読み込むことにより,周術期の医療安全の担い手としての麻酔科医に求められるレジリエンスを養うことができるであろう。