精神医学 Vol.66 No.11(2024年11月号)「書評」より
評者:堀井茂男(公益財団法人慈圭会慈圭病院名誉理事長)
シリーズ〈講座 精神疾患の臨床〉8『物質使用症又は嗜癖行動症群 性別不合』が出版された。本書は,20余年ぶりに新しいICD-11に準拠し,最新の知見と臨床上必要な疾患を中心に構成されており,ICD-10からの変化やDSM-5との関係も必要に応じて解説されている。総じて,これまでの断片的な情報が具体化されており,実地臨床への配慮もなされ,たいへん興味深い編集となっている。
本書は,いわゆる依存または嗜好に関係する物質使用症又は嗜癖行動症群(disorders due to substance use or addictive behaviours)とそれに関連する衝動制御症群(impulse control disorders)およびパラフィリア症群(paraphilic disorders)を取り上げており,別に性別不合(gender incongruence)も収載している。物質使用症又は嗜癖行動症群のICD-10からの最大の変化はこの群に嗜癖行動症が加わったことで,例えば「病的賭博」はICD-11では「ギャンブル行動症」と名称が変わり,この症群に分類され,「ゲーム行動症」は新規にこの症群に分類された。なお,「ゲーム行動症」は日本や韓国で多くみられ,本書編集の樋口進氏のWHOでの活躍により疾患となったものであることは特筆しておきたい。
また,物質使用群の変更点としては「有害な使用エピソード」のような新しいカテゴリーが収載され,本人が示す症状だけでなく,他者への健康面での害も診断対象になったり,診断要件が簡素化されていたりすることも注目される。この物質使用症群の各論は日常臨床で遭遇する可能性の大きい物質が選択されているのも読者にとってはありがたい。
衝動制御症群では,放火症,窃盗症,間欠爆発症,強迫的性行動症,その他が具体的に示されている。パラフィリア症は,非定型的な性的興奮のパターンが特徴的かつ強烈であることを特徴とする疾患(性嗜好障害)で,フェティシズム等が削除され,露出症,窃視症,小児性愛症,窃触症,その他が論じられている。
性別不合は,他の章とは性質を異にしており,性のあり方に関する診断概念であり,その特徴は実感する性別と割り当てられた性との間の著しい持続的な不一致である。多様な性のあり方を含み,ホルモン治療や手術など精神科の枠を超えた治療が求められたり,さまざまな日常生活や社会制度が抱える問題に抵触したりすることもある。本書では,これらの症例についても解説されている。
本書は,最初に述べたように,ICD-11に則り,疾患の総説から各々の病態,診断,そして治療等について最新の知見をもとに,しかも臨床的な視点を忘れず,私たち実地医師にとって大変ありがたい編集になっている。大冊ではあるが,大いに利用のしがいのある構成になっているので,各自あるいは各施設に備えておきたい講座本であると思われる。