麻酔 Vol.70 No.1(2021年1月号)「書評」より
評者:山田芳嗣(国際医療福祉大学三田病院病院長)
今回紹介する「麻酔科医のための周術期の診療ガイドライン活用術」は《新戦略に基づく麻酔・周術期医学》シリーズ10冊目にあたる。シリーズ第1冊目「麻酔科医のための循環管理の実際」の刊行から7年を経て,本書の刊行をもって全10冊がそろいシリーズが完結した。本シリーズは“新戦略に基づく”というネーミングが表すように,コンセプトがたいへん斬新であり,今までにない構成の麻酔科学の教科書になっている。第1冊目の刊行から7年間の間に医学・医療は麻酔科領域も含めて凄まじい進歩と変容を遂げてきたが,当初計画された“新戦略”のアプローチは現在においても非常によくマッチしていると再認識できる。監修の森田 潔先生ならびに編集の川真田樹人先生,廣田和美先生,横山正尚先生の達見に深く敬服するものである。
本書の構成として,第1章は診療ガイドラインの総論であり,すでに学会やセミナーなどで何度も聞いた内容であるが,系統的な記述を理解して正確に把握することが診療ガイドラインを実臨床で適切に活用するために必要なことである。ガイドラインの限界と課題についても詳しく解説しているので確認していただきたい。第2章以降は“症例で学ぶ診療ガイドラインの実践”として,第2章は術前管理,第3章は術中管理,第4章は術後管理という単純明快な構成になっている。第2章の術前管理では,気道・呼吸評価,循環評価,薬剤(抗血栓療法,降圧薬),周術期禁煙,術前の絶飲絶食,重症患者の栄養療法になっている。第3章の項目は,血液製剤の使い方,神経ブロック,危機的出血,気道トラブル,麻酔薬,循環作動薬,予防的抗菌薬,医療安全対策,術中モニターとほぼ麻酔中の管理を網羅している。輸液療法・輸液管理は各所に分けられて記述されており,術中に独立の項目がないのは残念だが,ガイドラインのみで全体を包含して解説するのが難しいためかもしれない。第4章の術後管理では,術後痛管理,術後せん妄,日帰り麻酔への対応,敗血症への対応,早期リハビリテーションと特色のあるものになっている。どの項目の解説もガイドラインの焼き写しではなく,症例の具体的な提示になっており,ガイドラインを基盤として条件,状況,病態を考慮して診療する過程が解説されている。症例はどれも臨床で遭遇するなじみのある事例ばかりであり,自分であったらどのように対応するかが即座に想起されるものであり,自分のプランとガイドラインとの適合性を振り返るという形で自然にガイドラインの活用法を習得できる。第5章には研究倫理および終末期医療に関する指針がまとめられ,概説されているのもとても有益である。
今日の診療は麻酔においてもガイドラインに適合した診療を行わなければならない。一方で,ガイドラインの数は多く改訂も行われるので,常にキャッチアップしていくのは容易ではない。麻酔・周術期医学に関連する主要なガイドラインを網羅してその活用を実践的に解説した本書は,まさに麻酔・周術期医療にかかわる医療者の“新戦略”のアプローチとして日々の臨床で繰り返し参照する価値のある貴重な書籍である。