臨場感あふれる漢方医学の入門書であり専門書の内容を持つ医学書
ENTONI No.181(2015年6月号) Book Reviewより
書評者:峯田周幸(浜松医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科)
現在では漢方医学の授業がすべての大学でおこなわれており,漢方医学に違和感をもつ医師はほとんどいないと思われる.また今までに処方をしたことがないという医師もいないであろう.漢方薬が特集される雑誌はいくらでもあるし,勉強しようと思えば教科書はいくらでもある.しかし決め手となる成書といわれるものはない.漢方薬の処方にあたって,身体所見の把握とそれに基づく実際の処方内容(西洋医学との関連において)を簡潔に述べているものは極めて少ない.耳鼻咽喉科に限れば皆無であろう.
どうも治りが悪く,他に方法がないし,副作用もなさそうだから漢方薬でも出して終わろうか,そんなことを考えている先生はいませんか? 漢方薬も奥深くエビデンスのある薬であるとは思っていても,何をいつ処方すればいいのか,患者になんて言えばいいのか,そんなことで悩んでいる先生はいませんか? そうした先生方に本書は必携の教科書である.
第1章は「耳鼻咽喉科で漢方薬を使用するにあたって」で,簡潔に漢方の基本と使用するに当たって患者を前にした対応まで述べられている.付録に資料集もあり,漢方薬使用にあたって虚一実,陰一陽のとらえ方が述べられ,漢方薬の基礎を学ぶことができる.是非この章を読まれてから次の各疾患の実例を見ていただきたい.同じ症状であっても患者の状態により,異なる処方をする根拠とその漢方薬の種類を知ることができる.「効きが悪いとき何を考えるか」このようなテーマを真正面から取り扱ったものが今までにあったであろうか.
第2章では19疾患と処方に注意すべき子供・老化・合併症を持つ患者などへの実際の処方例とそのポイントが述べられている.外来診療中に必ず経験する19疾患(病態)であり,すべての耳鼻咽喉科医にとって必ず役立つ内容である.各項では,まずその項にでる漢方薬がすべて羅列されていて,疾患と漢方薬との関連がインプットされる.そしてはじめに疾患の簡単な総説があり,現在の標準的な治療法が述べられる.西洋医学を中心にした従来の治療のエッセンスが詰まっている.次に薬物療法のフローチャートが示され,漢方薬のしめる位置やどの段階で使用するのか,どういった漢方薬を使うのか述べられている.専門家が長年蓄積したデータがないと示されにくいものであるが,簡潔に示されていて,初心者にとっては至れり尽くせりなものとなっている.そして実際の処方例が提示されるが,ここでも従来とは異なって,同じ症状であっても患者の状態や訴えによって処方をどのように変更するか,極めて具体的に示されている.漢方薬には副作用はないと思いやすいが,そうではないことが次のテーマで述べられる.それは副作用症状の羅列ではなく,その予防法や対処法も記載されている.ここまで理解して初めて,自信をもって漢方薬に限らず全ての処方ができるものであろう.最後がインフォームド・コンセント(IC)になっている.特に漢方薬の処方にあたって,どのようにICを得るか,そこまで丁寧に説明されている成書を私は知らない.
本書は専門家によりわかりやすく簡潔に,しかもエビデンスをもって書かれている.患者を前にして書いているような臨場感あふれる漢方医学の入門書であり,かつ専門書の内容を持つ医学書である.一人でも多くの耳鼻咽喉科医の手許においていただき通読されれば,必ず外来診療の助けとなると,自信を持ってお勧めできる本である.付録の漢方薬資料集も一読をおすすめしたい.