東京大学循環器内科らしく「考えて医療をする」という姿勢を貫く,他書とは一線を画したポケットバイブル
Medical Practice Vol.32 No.12(2015年12月号)
書評者:坂田泰史(大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学)
本書は,循環器内科診療において必要となるエッセンスのみを抽出し,あくまでも現場で役立つことを目指したものであり,その内容を臨床現場に持ち歩けるように,ポケットに入るサイズに収めたいわゆるポケットバイブル本である.印刷は色刷りであり,key point やtipsも非常に見やすく,図表も豊富である.構成は,診療編,治療編,検査・手技編,薬剤編に分けられ,参照したいところも探しやすい.執筆は東京大学循環器内科の先生方が行っており,序文では彼らの経験を共有できると記載されている.このような本は,すでにいくつか出版されているが,本書はやはり東京大学循環器内科らしさがここかしこに溢れている点で,他書と一線を画している.
最も東大循環器内科らしさが出ている点は,病態への言及に比較的多くの枚数が割かれているところである.このようなポケットバイブル本では,枚数制限もあり,病態的理解を助ける内容は省略される傾向にあるが,本書は,重要な内容だけを取り出す形で各項目で記載されており,「考えて医療をする」という姿勢が貫かれている.例えば心不全の項では,1ページではあるが図を用いて心機能低下が神経体液性因子の活性を介して,うっ血や末梢血管抵抗の増大,リモデリングを起こしていく機序が説明されている.この分量のポケットバイブルではあまり見られないが,実際の臨床現場では,この機序を思い出せるかどうかで治療方針が異なってくる場面もある.また,肥大型心筋症の項でも,病理写真での錯綜配列がカラーで掲載されている.できれば,正常心筋配列との比較があれば,より親切であるが,重要な部分には紙面をケチらないという姿勢が良いと感じた.
今後このようなポケットバイブルはどのような方向に向かっていくのか.単なるマニュアルであれば,むしろ例えばgoogle glassのようなwearable deviceに内蔵され,音声で「胸痛の鑑別」などと言えば,いつでもどこでも参照できるようなものになっていくと思う.ただし,病態生理などは,そのようなデバイスではなく,当面は落ち着いて一人で患者さんを見つめながら参考にできる本やタブレットを必要とするであろう.本書は,そのようなニーズにも応えるために今後も改訂され,息長く若い医師の必携となってゆくことを期待したい.