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臨床力をアップする漢方

臨床力をアップする漢方 published on
内科 Vol.123 No.6(2019年6月号)「Book Review」より

評者:巽浩一郎(千葉大学医学部呼吸器内科教授)

西洋医学(内科)と東洋医学のW専門医である加藤士郎先生(筑波大学附属病院臨床教授)が編集した漢方の指南書である.W専門医のWには「西洋医学と東洋医学の双方に精通している」の意味と「Wide(広い視点を有する)な視点に立てる」の意味が含まれている.
ご自身が納得できるすぐれた臨床医になりたいのであれば,Wideな視点をもつことが重要である.漢方を知ることはWideな視点をもつことに繋がる.漢方を処方するためには,患者さんの病歴聴取時のスタイルが重要であり,五感を研ぎ澄ます必要がある.また漢方の考え方を知ることで別世界が拡がるので,自分自身の人生も豊かになる.そのための指南書が本書である.
医学生時代に漢方教育はほとんど受けてこなかった世代の医師が漢方を処方している(90%の医師が漢方薬を処方した経験があるという統計もある).自分の担当している患者さんから「この漢方薬を処方していただけますか?」というパターンもかなりある.漢方薬を処方した契機はいろいろあると思われるが,自分の使っている漢方薬がどのような薬効をもっているかを少し知っておいて損はない.西洋薬は医学生時代,研修医時代の学習でその薬効などはかなり身についている.しかし,漢方薬に関して学ぶ機会はほとんどなかったはずである.
本書には内科系各診療科から外科,感覚器,産科,小児科までほぼすべての診療科がカバーされそれぞれのエキスパートが寄稿しているが,読者はご自身の専門領域における各論からどれどれと読んでみるのが一般と思われる.単行本の医学書を最初の1頁目から読み始め最後まで読み通すことはほとんどない.自分に関係する箇所から読むことになる.その読み方がお勧めである.西洋医学的病名の括りから入る.そのなかで「お薦め漢方薬3つ」が次に目に入るはずである.これは「次の一手」を知るのに重要である.自分の処方した漢方薬の効果が不十分と判断した場合に,では「次の一手は何?」になる.西洋薬でも同様であるが,「次の一手」候補をたくさんもっている方がすぐれた棋士である.
それぞれの専門医が経験した症例があげられており,クリニカルポイントでは西洋医学的観点と東洋医学的観点を混合して解説してある.双方の視点を混ぜての解説が優れているし納得しやすい.東洋医学的視点のみで記載されてしまうと感覚の世界になってしまう.西洋医学的診察法で診療に従事してきた医師にとっては,普段の日常臨床での感覚プラスアルファの視点をもつことが適切な漢方処方に繋がることを教えてくれているのが本書である.


medicina Vol.56 No.6(2019年5月号)「書評」より

評者:小林祥泰(島根大学医学部特任教授)

この本の大きな特徴は,西洋医学と東洋医学ともに実績あるW専門医が執筆していることである.東洋医学を教わっていない医師には,陰陽五行説に拘り過ぎず,科学的かつわかりやすく専門に応じた手引き書が必要である.この点でW専門医が漢方処方のコツをまず有害事象の科学的機序の解説,近年解明されてきた五苓散のアクアポリンを介した作用機序と臨床応用など,また,フレイルや誤嚥性肺炎予防に補中益気湯,半夏厚朴湯といった未病対策から説明しているのは受け入れやすい.
「漢方臨床総論」では,総合内科での有用性,高齢者のポリファーマシー対策とQOL改善,感染症での限界とともに西洋薬が効きにくい感冒後長引く咳に竹じょ温胆湯などの有用性を教えている.また,一般に漢方が使われない救急医学でも,西洋医学では障害因子を抑制,東洋医学は防御反応を促進することから,漢方薬吸収動態を考慮した含有生薬数の少ない漢方薬の短期集中投与や注腸投与など現場体験に基づいた治療法が述べられ,臨床に役立つ.
「漢方臨床各論」では,漢方の有用性が高い分野を中心に具体的に解説されている.読みやすいのは冒頭に例えば呼吸器疾患で漢方が有効な3疾患が記載され,各々についてお薦め漢方薬3つが適応の違いを付けてまず提示されていることである.例えば嚥下性肺炎では,半夏厚朴湯が第一選択だがこれは嚥下能力のみが低下している時と付記がある.次の補中益気湯はそれに加えて全身体力低下がある時といった具合である.心不全には,牛車腎気丸,木防已湯,五苓散の順に記載されているが,前二者でBNPの有意な低下の報告があるとか,五苓散がトルバプタン無効例に有効であった報告も紹介されている.文献的根拠がきちんと示されているのもこの本の特徴である.冠攣縮性狭心症に四逆散と桂枝茯苓丸が有効というのもストレス緩和と駆お血薬で納得できる.単に血管拡張薬だけよりも理にかなっている.認知症のお薦めは抑肝散,加味帰脾湯,釣藤散で,すでに臨床治験のエビデンスもある漢方薬である.全身性強皮症で西洋薬抵抗性のレイノー症状に当帰四逆加呉茱萸生姜湯が有効というのは参考になる.良性めまいの第一選択は半夏白朮天麻湯であるが筆者も同感である.女性の冷え症の機序による独自のタイプ別分類に基づく処方,さらに冷えが異常分娩を増加させ,五積散が改善するというのは驚きであった.全体を通して今までの入門書よりも具体的で使いやすいお薦めの本である.

フリーソフトRを使ったらくらく医療統計解析入門

フリーソフトRを使ったらくらく医療統計解析入門 published on

『フリーソフトRを使ったらくらく医療統計解析入門』書評

島根大学特任教授 小林祥泰

この度、医療統計に苦労している医療関係者にとって画期的な本が出版された。とくに私のような初代Macintoshの卓越した性能に惚れ込んで以来の生粋のMACユーザーにとって、とても使いやすかった「StatView」が販売中止になり、使い慣れないソフトで苦労していた者には朗報である。
私は「脳卒中データバンク」の統計を、最初の2回までは例数も16,000例までだったので「StatView」を使って自分で解析し著者に提供していたが、4万例以上のデータは「StatView」では扱えず、医療統計の専門家である大櫛陽一先生にSPSSでの解析をお願いしてきた。だから、高価な統計ソフトを使うまでもない比較的少数のデータを扱う、しかも統計が得意ではない研究者にとって、この本はきっと役に立つと思われる。なぜなら、医療統計の基本が実践的なデータの例題を見ながら分かりやすく説明されているからであり、WindowsのみならずMACでも、本格的な統計解析が「無料で」行えるからである。
大櫛先生は、これまで多くの地域コホート研究で膨大なreal worldの医療関係データを解析してこられ、『コレステロールと中性脂肪で薬は飲むな』といった過激な本で学会に挑戦し続けている。その裏付けには医療に特化した正確な統計解析が必要であり、その観点から本書では、まずデータの内容や分布の吟味を行い、その上で統計解析法を選んでいく手順を示されている。
即ち、まずデータを表またはグラフにしてみる。データ入力ミスのチェックにもなる―余談だが、統計で恐いのは入力ミスである。私も脳卒中データバンクの解析でデータクリーニングに膨大な手間を費やした―。その上で何を比較するのかを検討し、色々な影響因子を加味した多変量解析などを、実際のデータを使って具体的に示しながら「R」による解析を進めている。ROC曲線が複数の検査の優劣の比較には適しているが、有病率が高い専門外来(有病率=50%)以外では不適切なことなども指摘されている。大腸癌と生活習慣の関係を見た多重ロジスティック回帰分析やライフスタイルと糖尿病発症のCox比例ハザード回帰分析、患者が病院を選ぶ因子をみる因子分析、生存率を比較するKaplan-Meier法など、ほとんどの医療統計に対応しており、この本で取り上げられた豊富な例題を実行していくことで、これらの統計の基本を一から学ぶことができるのである。
ところで中山書店のホームページにアップされたRスクリプトなどはWindows用だったので、ダウンロードしてもMACでは文字化けしてそのままでは使えず、一苦労であった。しかしこの点はすぐに改善され、中山書店でMAC用の解説とRスクリプト、事例データを作成し、ホームページのサポートサイトにアップされたので、いまやMACでもスムーズに使える環境となった。プログラミングの初心者でも、本書にある解析ならRスクリプトをそのまま使って、読み込むデータファイル名を自分のデータファイル名に変更すれば、同じ解析が可能である。
従来は英語版の「R」を初心者が使うことは至難の業であったが、この本によって「R」を使いこなせる道が開けたことと、医療統計学の意味を理解して自己の解析に応用できるようになることの意義はたいへん大きい。