Skip to content

臨床区域麻酔科学書

臨床区域麻酔科学書 published on
麻酔 Vol.74 No.9(2025年9月号)「書評」より

評者:内田寛治(東京大学医学部附属病院麻酔科・痛みセンター)

区域麻酔は,全身麻酔に比して合併症のリスクを軽減し,術後の回復をより良好に導く麻酔手法である。単独でも,全身麻酔と併用しても用いられ,その臨床的有用性は高く,周術期医療における選択肢として今後さらに重視されることが予想される。また,術後鎮痛や慢性疼痛治療へとつながることから,ペインクリニック領域への橋渡し的な意義も持っている。

近年,全身麻酔は薬剤の進歩やモニタリング技術の発展により,一定の安全性と標準化が確立されている。一方,区域麻酔は,神経解剖の深い理解,超音波画像の的確な読解,ブロック技術の巧拙など,術者の裁量と熟練度が大きく問われる分野である。術式や解剖のバリエーション,患者背景の多様性に応じた判断と対応が求められるため,探究心と創造力を持った医師にとって,大きなやりがいと挑戦の余地がある。実際に,区域麻酔に取り組む麻酔科医には学術意欲の高い人材が多く,学会やハンズオンセミナーも活発に行われている。

本書『臨床区域麻酔科学書』は,一般社団法人日本麻酔科医会連合出版部による書籍としては,『臨床麻酔薬理学書』に続く2冊目の刊行物であるが,それに先立ち,同様の編集体制により出版された『臨床麻酔科学書』を含めれば,シリーズ第3作にあたる。いずれの書籍も,現場に根ざした内容と学術的水準の高さを兼ね備え,多くの読者に評価されてきた。本書もその流れを汲みつつ,区域麻酔という専門領域に焦点を当て,実践的かつ体系的にまとめられている。

執筆陣には,日本国内外で高い評価を得ている専門家が多数名を連ねており,その層の厚さには圧倒される。これだけの筆者を取りまとめ,教科書としての一貫性と完成度を保った編集主幹・廣田和美先生の見識と人脈,そして熱意に深く敬意を表したい。

構成面でも工夫が凝らされている。図表や写真に加え, Webを介した動画コンテンツも掲載され,読者は現場で即座に応用できる知識や技術を具体的に学ぶことができる。動画コンテンツは今後さらに拡充されていくことを大いに期待したい。また,各章のコラムやトピックは,読者の素朴な疑問に寄り添い,筆者の経験と知恵に触れることができる構成となっている。

特に総論では,区域麻酔の歴史的背景,神経生理,薬理学など,基礎的領域への丁寧な記述が際立っている。こうした不変の知識は,日々進化する医療現場において,判断力と応用力の拠り所となる。また,周術期チーム医療を束ねる医師には,周囲への指導教育能力が不可欠であり,その立場に堪えるためにも本書が提供する体系的な基礎知識は極めて有用である。

区域麻酔学会認定医を志す医師にとっては必携であるとともに,すべての麻酔科医にとって実践と教育を支える信頼の書として,座右に置く価値のある一冊であると確信している。

臨床麻酔薬理学書

臨床麻酔薬理学書 published on
麻酔 Vol.73 No.3(2024年3月号) 「書評」より

評者:内田寛治(東京大学大学院医学系研究科生体管理医学講座麻酔科学)

今回紹介する「臨床麻酔薬理学書」は日本麻酔科医会連合出版部が事業活動の一つとして出版部を設けて発刊する書籍の第一号である。本書の編集委員によって先に発刊された「臨床麻酔科学書」の内容をさらに掘り下げた内容となっている。

意識がある患者を,薬剤を利用して,意図的かつ一時的に手術実施が可能な状態に陥らせ,その間の全身状態を精緻に管理することを日常的に実践する医師,すなわち麻酔科医師が,正確な薬物動態学,薬力学の知識と実践経験を持って患者に向かうことは,麻酔科医のアイデンティティそのものである。

1950年,日米医学教育者協議会の来日講演で,近代医学が日本にもたらされたが,その一員として,筋弛緩薬を使用した全身麻酔を紹介したDr.Sakladは,“麻酔は臨床生理であり,臨床薬理である”と言い,麻酔は単なる手技であるとの考えであった当時の外科医を驚かせたという。第1章の冒頭にある “臨床麻酔とは「臨床薬理学/臨床麻酔薬理学を実践する臨床医学」である”との記述はまさにこの精神を受け継いだ正統な書籍であることを裏付ける。

本書では,第一部を薬理学総論として,薬物動態学・薬力学に関する考え方を,実際に臨床で使用する薬剤やモニタリングを例に挙げつつ,わかりやすく記述している。また,第二部では各論として,麻酔科医師が手術麻酔・集中治療・ペイン・緩和領域で実際に使用する薬物,すなわち全身麻酔の三要素に影響する薬剤(吸入・静脈麻酔薬,オピオイド,その他の鎮痛薬,筋弛緩薬,局所麻酔薬)に加えて,循環作動薬,抗不整脈薬,利尿薬,抗凝固薬,ステロイド,制吐薬,産科麻酔領域で子宮収縮・弛緩に使用する薬剤,マグネシウム製剤,消毒薬を取り上げ,それぞれについて総論で基本的な薬理メカニズムの解説,各論で個別の薬剤について述べている。現在の臨床麻酔に関わる薬剤をここまで網羅している成書は本書をおいてほかにない。編集主幹の森田潔先生,編集委員の川真田樹人先生,齋藤繁先生,佐和貞治先生,廣田和美先生,溝渕知司先生の慧眼に深く敬服する。

本文ではエビデンスを意識した記述が徹底されており,文献も最新のものが取り入れられている。薬物の添付文書では得てしてわかりにくい薬効薬理を,本書では図などを用いてわかりやすく記述することが意識されている。

本書の内容は,麻酔科専門研修以上の医師であれば読みやすく,通読して麻酔薬理学の知識を整理することに適しているが,索引も充実しており,使用頻度の低い薬物を使用するときに参照して,効果メカニズムを理解する際に大変重宝する構成である。

麻酔科専門医を目指す若い麻酔科医師だけでなく,ベテランの麻酔科医にとってもハンディに手にとれる場所に常備しておくことをお勧めしたい。