評者:巽 浩一郎(千葉大学医学部 呼吸器内科)
現在の保険診療では保険病名から診断をつけて,その診断名に沿った薬物療法をする.こうした医療は自宅のパソコンに向かって症状を話せば処方箋を入手できるといったAI診断などの実装化,医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の導入に親和性がある.さて,呼吸器内科を含む内科を標榜している医療機関には冬季,相当数の急性感染症の患者が来院する.インフルエンザである場合は抗インフルエンザ薬,細菌感染症が疑われる場合は抗菌薬,診断名に沿った薬を処方する.「風邪をひいたみたいなので何かお薬をください」とお願いされることも頻繁にあるが,「かぜ症候群」には治療薬がないので,処方は対症療法となる.著者が丁寧に取り上げているこの「かぜ症候群」には漢方治療では多様な選択肢があり,漢方治療のおもしろさ,奥深さを知っていただくにはとても良い例と思う.
著者は本書冒頭で「漢方薬は基本的に病名ではなく,いくつかの症状,体質,体力などの要素を組み合わせた証という概念を基本として投与する.この証の概念の理解が難しいため投与すべき漢方薬がなかなかひとつに絞り難いことがある.」と述べている.漢方治療に慣れていない読者に向け,第1章『漢方治療総論』では「かぜ症候群」を例に漢方の考え方,望診・聞診・問診・切診,舌診・脈診・腹診といった診察法を用い漢方薬を選択する,医師の判断の流れをわかりやすく伝えてくれている.そこをしっかり読むと漢方治療の基本がわかり,第2章『漢方治療各論』で疾患別に具体的な処方が学べ,第3章では漢方薬の構成生薬,効能・効果,使用目標=証の解説でその理解が深まる.もちろん西洋医学的治療を否定するものではなく,併用例が多数紹介されており,「+漢方薬」の効果にも説得力がある.本書を手引きに漢方治療を実践できるようになるという仕掛けである.
漢方治療は,全人的医療(心身一如の治療),全身の調和を図る医療,診断即治療の医療である.西洋医学的治療では診断に関係のない徴候は主診断からみると捨てることになる(併存症としては扱うかもしれないが).漢方治療では,可能な限りの徴候を拾って病態診断に結びつける.生体を有機体として統合的に認識する.病気でなく病人を診る.AIに簡単にとって変えられない医療のおもしろさと奥深さがある.
この本を手に取った時点で,先生は漢方治療に理解と興味を持っているはず.この本を手掛かりに,もう一歩漢方の世界に踏み込んで欲しい.きっと別の世界観が見えてくるだろう.