「診断法を改変しよう」との意志が強く感じられる
精神医学 Vol.56 No.12(2014年12月号) 書評より
書評者:尾崎紀夫(名古屋大学大学院医学系研究科精神医学・親と子どもの診療学分野)
担当医が,患者さんの状態についてご本人やご家族に説明する際,検査データや画像を示すのが一般的であるが,多くの精神疾患においては,当てはまらない。
米国国立精神保健研究所(NIMH)のDirector,Tom Insel は,DSM-5発表に際し,「従来一般的であった症状に基づく診断法は,この半世紀,他の医学領域ではすっかり置き換えられた。ところが,DSMの診断は,客観的な検査所見によらず,臨床症状に基づいてなされる状態が続いている。NIMHは診断法を改変すべく,Research Domain Criteria(RDoC)projectを開始した」と,DSM-5に対する不満を表明すると同時に,精神疾患においても検査所見により診断できることを目指すと言明している(Transforming Diagnosis : Director’s Blog April 29, 2013)。
他の精神科医療機関で「うつ病」と診断されたが,産後うつ病のご本人は納得がいかず,産婦人科医に紹介されて筆者の初診となった患者は,「検査で数値が出るわけでもないのに,どうして私がうつ病と言えるのか」と話していた。否定的な捉え方が前景に出ているうつ病の治療導入時は,関係性の構築に十分配慮しながら,うつ病と治療について説明し,治療合意に至ることが重要である。うつ病について説明する際,患者の本来とは異なる否定的な捉え方を中心におくと,ある程度本人にも受け入れられる。その上で,「脳が機能不全に陥った結果,(脳が決める)捉え方が否定的になっている」との説明を加えているが,今のところ,脳の検査所見を示すわけにはいかない。
本書,『精神疾患の脳画像ケースカンファレンス』は,CT,MRI,SPECT,PET,NIRSといった多様な脳の構造・機能画像,さらには生理検査であるEEG,MEG,ERPの基本的な特徴が詳述された上で,症例を提示して諸々の検査所見が記載されている。「ケースカンファレンス」の部分が魅力的であるからといって,読者は前半を読み飛ばすことのないようにしていただきたい。精神科医は,症例について語ること,読むことは好きだが,画像・生理検査の原理はブラックボックスのまま,という状況を熟知した編者の配慮である。さらに,現状,多数例で漸く有意差を得ることができるレベルで,DSM-5でも未だ診断基準には取り入れられていない脳画像所見が,個々の症例において検討されている点から,著者たちの「診断法を改変しよう」との意志が強く感じられる。
一方,精神科鑑別診断の手順は,「一般身体疾患による精神障害」から始めることは,「外因性精神疾患」の時代からDSM-5になった今でも変わらない。本書の症例部分の順番では,「一般身体疾患による精神障害」が最後になっている。精神科鑑別診断の手順にならい,脳画像所見が明らかなものを学び,その上で,未だ議論の途上にある精神疾患に関しても脳画像の有用性について検討する,という順にしても良かったように思う。
「医療機関からどのような説明があったか」を,統合失調症の当事者に尋ねると,「病気・病態についての説明」は44%にとどまっていた(『統合失調症の人が知っておくべきこと』NPO法人コンボ編:2013)。この説明を受ける率の低さに,「精神疾患の場合,検査データや画像を示して説明できない」ということも関係しているのではないだろうか。
脳画像所見が,「病気・病態についての説明」に使える時代になるべく,著者諸兄の一層のご努力を期待したい。