奇妙にして,稀有なる本
小児科診療 Vol.76 No.12(2013年12月号) 書評より
書評者:岩田健太郎(神戸大学医学部教授)
本書は一見,実に奇妙な本である.でも,得心した.本書は「小児医学」のテキストではなく,「小児医療学」のテキストなのだ.
たとえば,地域や行政とのかかわりかたを論じる教科書は稀有である.しかし,予防接種の公費負担を勝ち取るためのノウハウは,小児科医としてはぜひ教えてほしいところだろう.子育て関連支援法についてだって学びたい.現代小児の周辺にある衣食住の現実(レトルト食品の売上とか)も知りたい.小児慢性疾患患者の成人医療へのトランジションも切実な問題だ.本書にはこうした現場の切実な問題が(たぶん)すべて網羅されている.
自分たちが有効活用されるためには,家庭での小児のケアが重要になる.小児が発熱したとき,どのように家庭でケアできるのか.ふつうのテキストは医療が何を提供するのかを語る.本書は医療が提供しなくてもよい条件を検討する.
あるいは,時間外診療のありかた,電話のかけかた.いずれも現場における切実な問題で,どれも(ふつうの)教科書には書いていない.学校でも教えてくれない.保護者に電話で「大丈夫でしょうか」と言われたとき,どう答えるか.「ご心配だったら,受診してください」は通俗的な回答だ(ぼくもよくそう言っていた)が,相手の欲するのはそういうことではない.では,どう答えればよいのか.それは本書の103ページに書いてある.
とくに感心したのは,「他科協働」というセクションを設けていることだ.眼科との,耳鼻科との,歯科との,整形外科との協働のありかた.実に必要なスキルだが,Nelsonにはこういうセクションはないし(18版),Rakelの家庭医学にもない(8版).他科との協働はスローガンとしてはよく聞かれる.本書ほど具体性をもってそれを示した教科書をぼくは他に知らない.
本書はおそらく,きわめて厳しい環境下で歯を食いしばる小児科医たちの切実な魂の結実である.教科書を読んで感動することは,まずない.でも,本書には心が震えた.