どのページを開いても見るのが楽しく,各項目ともに一気に読み終えることができる
ENTONI No.150(2013年2月号) Book Reviewより
評者:土井勝美(近畿大学医学部耳鼻咽喉科教授)
「ENT臨床フロンティア」シリーズ(中山書店)は,耳鼻咽喉科の日常診療に直結する10テーマについて,それぞれの領域の第一人者の先生が,現場のニーズにきめ細かく応えることができるよう,日常診療で本当に必要な知識・技術を厳選して,より実践的で臨床医にも読みやすく理解しやすい内容に専門編集を行う新企画である.『実践的耳鼻咽喉科検査法』(専門編集:小林俊光先生),『耳鼻咽喉科の外来処置・外来小手術』(同:浦野正美先生)に続いて,この度,高橋晴雄先生(長崎大学教授)が専門編集を担当された『急性難聴の鑑別とその対処』が同シリーズ第3弾として出版された.
人のQOL維持に密接に関連する「感覚器」の障害は,耳鼻咽喉科医が取り扱うさまざまな病態の中でも極めて重要な領域の一つであり,特に聴覚は,人と人,人と社会を結びつける「言語」の表出・理解に必要不可欠な感覚系である.突然の聴覚障害(急性難聴)の発症により,人は他者との正常なコミュニケーション能力を失い,QOLの面でも精神面でも大きなハンディキャップを背負わされることになる.
ここ最近,新しい聴覚検査装置の導入,遺伝子診断やプロテオーム解析の進歩,そしてより高精度の画像診断技術の開発があり,急性難聴の診断には大きな進展が見られた.新しい診断法の開発とともに,上半規管裂隙症候群や前庭水管拡大症など新しい疾患の概念が確立され,同時に,突発性難聴,メニエール病,あるいは外リンパ瘻などの旧知の疾患の中にいくつかの異なった病態が混在していることも明らかになってきた.また,診断の進歩に歩調を合わせるように,新しい治療法の開発・導入も進められてきた.
本書では,それらの最新の知見をコラムやトピックスの形で盛り込みながら,さらに,多数の写真,図表,診断のフローチャートを散りばめることで,視覚的に美しい,心和むページが本書の大部分を占めるという,極めて印象的な装本に仕上がっている.最初から最後まで,どのページを開いても見るのが楽しく,各項目ともに一気に読み終えることができる.同時に,第一線でご活躍中の執筆陣が強調する重要ポイントは,瞬時に頭の中に入る仕組みになっている.
「急性難聴の鑑別とその対処」というテーマに沿って,まずは急性難聴の定義を明確にした上で,問診や鼓膜所見などを正確に取り,一般診療施設にある最小限の検査機器を用いて検査を行い,それらの所見を総合的に判断すれば,どこまで正確に急性難聴の診断ができるかという視点から,前半の総論部分がまとめられている.病歴と随伴症状,難聴の経過を確認し,鼓膜を詳細に観察した後,聴覚検査と画像検査を進めることになるが,検査を正しく遂行するためのコツが示され,日常診療において大いに役立つ「実践重視」の内容になっている.
中枢疾患,全身疾患,および悪性腫瘍を病態とする「危険な急性難聴」,「緊急性のある急性難聴」について触れた後,後半の各論部分では,急性難聴を呈する代表的な中耳・内耳・側頭骨疾患について,その診断と治療,内科治療と外科治療の適応,予後判定や再発防止,早期診断の重要性など,各疾患を取り扱う際に最も重要となるポイントに絞った丁寧な解説が,豊富な視党情報とともに呈示されている.病診連携や最近の医療情勢の変化にも鑑み,「インフォームドコンセントの実際」,「最適のプライマリケア」,「患者への説明用書類実例集」,「患者への説明用イラスト」などの内容が充実していることも,従来の教科書では見られなかった特筆すべき点である.「治療医学」から「予防医学」への流れを受けて,いくつかの疾患ではその予防法・再発防止法にも十分なページが割かれている.
本書は,専門編集を担当された高橋晴雄先生の斬新なコンセプトにより,学術面でも,装丁・装本のデザイン面でもこれまでに類を見ない魅力的な教科書に仕上がっていることから,耳鼻咽喉科診療の最前線でご活躍の勤務医や実地医家はもちろん,耳鼻咽喉科専門医を目指す研修医にも,明日からの日常診療の場で広く活用できものと確信している.