精神医学 66巻1号(2024年1月号)「書評」より

評者:根本隆洋(東邦大学医学部精神神経医学講座・社会実装精神医学講座)

高機能デバイスに関し,私はいつも周回遅れである。携帯電話も「ガラケー」で頑張ってきたが,2~3年前にいよいよサービス終了とのことで,仕方なく「スマホ」にした。設定がよくわからず,ほぼ電話機能のみの使用であったが,最近ようやくアプリがダウンロードできるようになり「スマートフォン」になった。パソコンでも,Windows11への更新を「あとで」と先延ばししてきた。すると,ある朝,勝手に更新されていた。遅くなったり不便になったりした点も複数あるが,仕方がない。研究室のWindows8.1のデスクトップパソコンは,期日までにLANケーブルを抜くよう大学から通達があった。そして,ただの箱になった。

精神科における操作的診断基準の変遷に関わる個人的体験は,これらに似ている。格別不自由さはないのに変わっていく。新しいほうの粗を探し,用語の不慣れに眉をひそめ,拒むわけではないが古いままでもと,得心を試みる。しかし,携帯電話やパソコンのように,新しさを受け入れ馴染むしかないのである。DSM-IVがDSM-5になり,そしてICD-10がICD-11になった。DSM-5は大きく変わったが,従前的なICD-1Oの存在が現状維持の許容感を醸し出していた。しかし, DSM-5と連動するかたちでICD-11も激烈な変化を遂げた。危急反応“fight or flight”。闘争か逃走か,逃げ道が塞がれたからには,向き合い学ぶしかない。

中山書店から刊行中の「講座 精神疾患の臨床」は,ICD-11に準拠した,最新かつ現状においては唯一の精神医学大全であろう。1巻「気分症群」,2巻「統合失調症」,続いて3巻「不安または恐怖関連症群 強迫症 ストレス関連症群 パーソナリティ症」,そして4巻「身体的苦痛症群 解離症群 心身症 食行動症または摂食症群」が発刊された。

かつての「神経症圏」は,DSM-5に続きICD-11においても,疾患概念とそれに基づく診断区分に最も大きな変化がもたらされた領域である。3巻と4巻が同領域を扱うが,他になかったのかとさえ思える書名に,変化が端的に表されている。かつて「心因性」で括られていた疾患は,生物学的,疫学的研究成果などを踏まえて異種並列となり,当事者も含めた議論の中で新たな名称がつけられた。まだ頭に馴染まないかもしれないが,日本語名称の決定には,長期にわたり多くの関係者によって慎重な検討が重ねられた。その過程は本書にも記載され,改めてその尽力に敬意を表さずにはいられない。

ICD-11の簡易な一覧が各巻頭に掲載されているとなお良いと思うが,全体を通し「大全」ぶらない比較的平易な記載と豊富な図表で,TopicsやColumnも挿入される,概論とは毛色の異なる記事の面白さ。頭の「セット」を切り替え,ICD-11を受け入れそれに基づきながら,従来を捉えなおし最新の精神医学・医療を学ぶのに,中でも劇的な変化をみせる本領域を学ぶのに,頭記の2巻は絶好の書である。誰も「周回遅れ」にはさせないであろう。