日本には人を対象とする研究についての包括的な法令は薬事法上の治験(医薬品・医療機器の承認申請を目的とする臨床試験)についての省令が存在するのみであり,人対象研究は省庁の告示である指針(付-5参照)により規制される.
付-1では,人を対象とする研究,生命倫理の課題と関連した法律を示す*1.
国際人権規約 自由権規約〔市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)〕
昭和54(1979)年8月4日交付 条約第6号
外務省「国際人権規約」
http://www.mofa.go.jp/Mofaj/Gaiko/kiyaku/index.html
◎第7条に「何人も,その自由な同意なしに医学的又は科学的実験を受けない」とある.
死体解剖保存法
昭和24(1949)年6月10日交付 法律第204号,同年12月10日施行
(最終改正:平成17年7月15日 法律第83号)
◎第17条・18条に,一定の制限下で,死体の全部又は一部を遺族の承諾を得て医学教育又は研究のために標本として保存できることを規定している.
http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxselect.cgi?IDX_OPT=2&H_NAME=&H_NAME_YOMI=%82%
B5&H_NO_GENGO=H&H_NO_YEAR=&H_NO_TYPE=2&H_NO_NO=&H_FILE_NAME=S24H
O204&H_RYAKU=1&H_CTG=1&H_YOMI_GUN=1&H_CTG_GUN=1
臓器の移植に関する法律
平成9(1997)年7月16日交付 法律第104号
(最終改正:平成21年7月17日 法律第83号)
◎これまで死亡した者の臓器を移植に使用できるのは本人が生存中に書面による提供意思を表示していた場合のみとされていたが,改正により,提供または拒否の意思表示のない者からも遺族の承諾により移植への使用ができるものとされた.また,親族への優先的な提供の意思を表示できるものとされた.生きている者が臓器提供する際の権利保護の規定がないこと,指針により意思表示の有効な年齢が15歳以上とされていること,施行規則により摘出臓器が移植不適合だった場合に焼却すべとされ研究利用できないこと,など議論されてきたが,今後は指針の改正で15歳未満も臓器提供できるようになる方向である.
◎参考:トランスプラント・コミュニケーション
http://www.medi-net.or.jp/tcnet/index.html
薬事法
昭和35(1960)年8月10日 法律145号
(最終改正:平成18年6月21日 法律第84号)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S35/S35HO145.html
◎医薬品・医療機器の製造販売・輸入の承認を得るための臨床試験(治験,付-2参照)に関する複数の条文がある(第14条第3項,第80条の2第1項,4及び5項).
健康保険法
大正11(1922)年4月22日 法律70号
(最終改正:平成21年7月1日 法律第65号)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/T11/T11HO070.html
◎厚生労働大臣が定める高度の医療技術を用いる療養で公的保険給付の対象とすべきか否か評価する「評価療養」(治験,先進医療,高度医療評価制度が該当する)に関する条文がある(第63条第2項第3号).
保険医療機関及び保険医療養担当規則
http://www.gunyaku.or.jp/gunyaku/bungyou/ryoutan.htm
◎特殊な医療・新しい医療,未承認の医薬品を使用する医療について,「評価療養」等として認められない限り公的保険の給付を行えないとする条文がある(第18条,第19条.いわゆる混合診療の禁止).
先進医療の概要について
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/sensiniryo/index.html
高度医療評価制度について
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/sensiniryo/kikan04.html
◎未承認医薬品医療機器を使わない場合は先進医療,使う場合は高度医療評価制度に申請し,承認が得られれば通常医療の部分に公的医療保険を使える.未承認医薬品医療機器および新規な医療技術の部分には公的医療保険は使えない.「臨床研究に関する倫理指針」を遵守して行うことが求められている.
ヒトに関するクローン技術等の規正に関する法律
平成12(2000)年12月6日交付 法律第146号
http://www.lifescience.mext.go.jp/bioethics/clone.html
◎特定の技術により作成した人の胚を胎内に移植することを禁じた法律で,「クローン人間」を生み出す可能性のある技術を厳罰により禁じることが主たる目的とされる.
◎参考:文部科学省ライフサイエンスの広場生命倫理・安全に対する取組クローン技術
個人情報の保護に関する法律
平成15年5月30日交付 法律第57号*1
(最終改正:平成15年7月16日 法律第119号)
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/kojin/index.html
上記,内閣府「個人情報の保護」より,「個人情報の保護に関するガイドラインについて」
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/kojin/gaidorainkentou.html
◎保有するカルテ5000件未満の病院は適用対象外,学術研究機関での学術研究は実質的な規定が適用除外とされるが,各種ガイドラインや研究についての指針で法律と同様の遵守義務が定められている.(付-8参照.)
医師法,医療法等については研究と関連する規定がないので言及していないが,人を対象とする医療行為を伴う研究は,特に医療上の目的ではなく身体への侵襲を伴う場合には,刑法傷害罪の構成要件阻却する要件である,(1)患者の生命・健康を維持する必要性(医学的適応性),(2)医学上認められた方法(医術的正当性・社会的相当性),(3)説明を受け理解した上での本人または代行者の同意(承諾),のすべてを満たすことが困難であるとする医事法学上の学説がある(光石忠敬.「臨床試験」に対する法と倫理.In:内藤周幸編.臨床試験:医薬品の適正評価と適正使用のために.薬事日報社2003.;武田茂樹.医学上の人体実験の適法性.日大大学院法学研究年報11号1989.;甲斐克則.被験者保護と刑法.医事刑法研究第3巻.成文堂2005.).実際には,医療行為を伴う人対象研究は,医師法・医療法の枠組みの中で実施されることで,倫理委員会の承認・医療機関の長の許可を得て容認されているのが現状である.