精神医学とその関連領域の最近の進歩を安心して学ぶ格好の教材

精神医学 Vol.54 No.9(2012年9月号) 書評より

評者:西園昌久(心理社会的精神医学研究所)

 本書の「序」によると,日々新たに加わる精神医学上の課題の解決の方向を照らしだす光(フランス語:リュミエール)の役割を果たすことを目的に刊行されてきた本シリーズも一旦,本書をもって休止されるという。従って本書はいわば,これまでの本シリーズの総括書である。題して,『精神医学の思想』。評者のような年輩の者ならずとも,日々のおのれの臨床の所為にいささかな思いをしている精神科医は手にしたいネーミングの本である。というのも精神医学は人間存在,そして社会のあいまいさ,不確かさに対応せねばならない。つまり,精神科医は本来,「考える人」であることを求められるのである。それに応ずるかのように,本書の「序」で2人の編者は連名で,“そもそも精神の自由とはどういう状態なのか,そして究極的には,人であるとはどういうことなのかなどの疑問を抱きながら,精神医学は精神を病む人びとと向きあうことになる”と記している。その謙虚さこそ精神医学を成り立たせるものであろうし,本書編集の基本的態度であろうと読みとれる。
 本書は6章21項目からなる構成である。それを紹介することは指定された字数を超えるためできないが,よくもまあこれだけのテーマを用意され,しかもそれにふさわしい執筆者を集められたものと思う。大学を辞めて10数年経つ評者には執筆者の多くの方は未知の人であるが,それぞれの内容はそれぞれの専門の立場から本書の『精神医学の思想』の趣旨にそった論述をされ,徒らに自己の立場に拘わるという論文は見あたらない。その意味で,精神医学とその関連領域の最近の進歩を安心して学ぶ格好の教材である。わが国の精神医学研究陣の健在さとその可能性をあらためて実感することができた。
 第1章には「精神医学とは何か」と題して本書の基調をなす内容が明らかにされている。その中で,精神医学は,「精神疾患に病む人の人間理解」として,脳疾患の次元からみた理解,気質・体質,パーソナリティの次元から見た理解,現象学的次元から見た理解,人間学的次元からみた理解,社会・環境の次元からみた理解よりなる「5次元的精神医学」が解説されている。DSM-Ⅲがあらわれる前までに精神科医に育った人たちには,その一部をあげれば懐かしいKraepelin, Jaspers, Schneider, Kretschmer, Rumke(uはuウムラウト), Minkowski, von Gebsattel, Binswangerなどの精神科医の名前が陸続と登場しその学説が病む人の人間理解という視点から解説されている。「人間学的次元からみた理解」の中で,はじめFreudの影響を受け,後にそこから離れて独自の現存在分析を創始したBinswangerの解説に著者の思いがこもっているように見受けられる。そのBinswangerは,彼自身の著書の中で,“聴くこと,それは精神医学における鍵技能である。Freudの影響が及ぶ前は,精神科問診は衣服やシャツの上から打聴診するに等しく,患者の本質的なことは取り残され確かめられないままであった”と記していることを紹介しておきたい。DSM-Ⅲ以降の精神科診断に対するある種の閉塞感もBinswangerの戒めに従えば時代的逆行と云えよう。『精神医学の思想』を語る時,更に論じていただきたいことは,人類社会の発展の折々の時代精神の変化が疾病構造とそれに対応する精神医学の内容に与えている影響についてである。そして,社会精神医学の理念と関連した精神科チーム医療も大切なテーマと思う。ともあれ,精神科医の必読の本である。日本精神神経学会学術総会などで論じあうのに最適のテキストである。


いくつもの教訓を得られること間違いない

臨床精神医学 Vol.41 No.8(2012年8月号) 書評より

評者:原田憲一(武田病院)

 本書は松下正明総編集によって4年前に出発した〈リュミエール〉シリーズ30巻の最終を飾る論文集である。
 本論文集の責任編集者神庭重信,松下正明両氏による序文にこの本の意図がわかりやすく述べられている。すなわち「精神医学とはどういう医学なのか」,「精神を病むとはどういうことか」,「精神医学の乱用と倫理性の問題」,「脳-心問題」そして「精神医学と人文科学」といった問題意識をもってこの本は編まれた。
 いくつか私に強い印象を与えた言説を記す。
 20世紀の精神医学を形作った現象学的,人間学的,社会学的思想は21世紀にも必要である(松下正明)。ヒトの進化にかかわる遺伝子は,別の神経活動の関連遺伝子に比べて,統合失調症とより強いつながりを持つ。今日正常性の基準の底上げが顕著で,それは過剰規範の性格を帯びる(加藤 敏)。文化結合症候群のことを考えれば精神医学概念が普遍妥当性をもっていないことがわかる(下地明友)。精神医学は反精神医学とともにあって初めて正確に機能するものである(鈴木國文)。精神医学というのは,原因不明なものや説明不可能なものこそを扱う運命にあるように見える。近年は人が経験する苦悩の多くを精神的な問題をして医療化する傾向にあり,操作的診断はその具体化を図っている(岡田幸之)。神経倫理学とは,人間の脳の治療やエンパワーメントの正邪を論じる哲学であり,すでに200年前から論じられてきた(香川知晶)。「病因指向的」な治療思想でなく,「回復指向的」な治療思想が大切だ(八木剛平)。精神分析は患者の悩む能力,悩む容量の拡大を目指しているが,決して悩みそのものを消そうとはしない(藤山直樹)。強制治療に関わるリーガルモデルを進めると脱施設化は進展したが,刑務所に収容される精神障害者が増えた。そのため米国ではパターナリズムの有用性が再評価されている(五十嵐禎人)。病名の告知や医療の必要性についての専門家の無思慮な説明が,「内なる偏見(self stigma)」(患者自身が自分の存在に対して偏見をもつこと)を高めてしまっている(藤井千代)。
 また,ロシア精神医学の,脳と高次精神機能に関する力動的理論のわかりやすい解説(鹿島晴雄)や,聴き取りに基づいた医学(narrative-based medicine)についての良い説明(野田文隆),さらに,英国の経験論哲学がその国の精神医療において「疾患単位」より「援助実践」を重視することの思想的基盤になっていることの明示(花村誠一)など,示唆の富む論文を見いだすことができる。精神医学と宗教文化の相補性のこと(島薗 進),今日の精神医学の問題点を歴史の上に跡づける論文(大塚耕太郎)や,米国精神医学会の歴史を辿った明晰な記述(黒木俊秀)など教えられるところが多い。村井俊哉,中根秀之,古茶大樹,樋口輝彦,三好功峰氏らの論文にも,それぞれに味わいがある。
 読者によって,関心の強い論文を選んで熟読するのもよし,あるいは全部を通読して精神医学の多面性に一層の目を開かされるのもよい。いくつもの教訓を得られることは間違いない。
 この本の標題「精神医学の思想」とは,精神医学を成り立たせている,あるいは隣接している諸科学,特にピアジェのいう「人間科学」の考え方(思想)を展望しようという意味だろうが(そしてそれは見事に成功しているが),それ以上に私には本書の標題が,奇しくも「ひとつの思想としての精神医学」との含意をも匂い立たせているように感じた。
 精神科医のみでなく精神医学に関心のあるすべての方々に本書を推薦する。