てんかんも分子生物学の言葉で説明される時代が到来したと実感

BRAIN and NERVE Vol.64 No.10(2012年10月号) 書評より

評者:葛原茂樹(鈴鹿医療科学大学教授)

 てんかんは,わが国において患者数が約100万人と推定されている頻度の高い疾患であるにもかかわらず,医学分野では比較的地味な存在であった。ところが,近年,自動車運転中のてんかん発作による交通事故発生を契機に,にわかに大きな社会的関心を集めるようになった。事故の大部分は怠薬による発作であり,きちんと服薬すれば発作の大部分はコントロール可能という成績が示されているので,最新最適のてんかん診療を学び実践することは,患者と社会に対する医師の社会的責任でもある。このような要請に正面から応えることができる指南書として,このたび中山書店から『てんかんテキスト New Version』が刊行された。
 本書読了後の第一印象は,てんかんも分子生物学の言葉で説明される時代が到来した,という実感である。従来のてんかん学は,臨床病型に基づく分類と脳波検査を軸とした現象論的記述が主であったのに対して,本書ではニューロンの異常興奮病態と治療薬の作用機序の分子生物学的基盤が詳述されている。総論で,古典的てんかん概念の紹介に続いて,一挙にイオンチャンネルと受容体の分子病態学と分子遺伝学が展開し,焦点性てんかん病巣の病理学の記述が,カラーの顕微鏡写真付きで現れるのも新鮮である。
 臨床診断では,高齢期発症てんかんの増加と非痙攣性発作が多いという指摘が注目される。検査は,古典的脳波所見に加えて,外科的治療を念頭に,てんかん原性域(epileptogenic zone)同定に必要な諸検査(硬膜下電極,脳磁図,PETとSPECT,最新のMRI,近赤外線スペクトロスコピィなど)の検査目的・所見・長所・限界が解説され,臨床的初発症状域,脳波上の発作起始域,形態画像の構造異常病変との関係の解説も明快である。治療についてはガイドラインをベースに,古典的薬物と新規薬の作用機序から臨床適用までが解説され,社会生活で問題になる妊娠や運転,生活支援についても具体的に紹介されている。
 各項は10頁以内にまとめられ,明快なカラーの図表がふんだんに配置されているので,テンポよく読み進むことができる。ベテランにも初心者にも,是非一読を勧めたい1冊である。